第3話 喫茶 七夕

その後の、喫茶 七夕たなばたである。

スピカの両親が経営する喫茶店。


今流行りの古民家風とか、ミッドセンチュリー風のカフェとは違う、昔ながらのおもむきの喫茶店。


カウンターでは水槽に金魚が泳ぎ、お客さんのお土産のこけしやヒグマの木彫りが飾られていた。


スピカの父が厨房で腕を振るい、母親がコーヒーやドリンクを用意し、注文を取る。


「・・・うーん、ギャラクシー焼きナポリタン・・・マーズアタックハンバーグ定食・・・あー、この和風きのこベーコンマーキューリーカルボナーラ焼きうどんもうまそうだなあ・・・。わ、すごいな!スイーツ系も充実してますね!」


青年は独特なネーミングセンスのメニュー表を眺めながら、あれもいいこれもいいと楽しそうに悩んでいる。


青年、彼は佐藤忍というらしい。


スピカは彼の商用車にそのまま乗っけられて、自宅まで送り届けられた。


事の顛末てんまつを聞いた両親は驚き、そして大いに感謝を述べて、喫茶店で何でも好きなものを食べて行ってと忍青年を引き留めたのだ。


「お若いから2つくらいペロリと食べれるわよねー。・・・はい、スピカちゃんは先に、大好きなジュピタージュピタークリームソーダねっ」


母が嬉しそうに、緑色のソーダを差し出した。


「・・・うん。ただの、メロンクリームソーダね・・・」

「ええー?ジュピタージュピターよぉー?」


尚も母は念を押したが、どの辺が木星ジュピターなのだかこっちが教えて欲しい。


「決めました!やっぱり、マーズアタックハンバーグ定食と、ムーンサルコウホットケーキにします!飲み物は、ヴィーナスレモンスカッシュで!」

「はぁい!・・・パパーぁ、マスター?マーズアタックハンバーグ定食と、ムーンサルコウホットケーキ、ヴィーナスレモンスカッシュお願いしまーす」


母が厨房の父にそう声をかけると、大きな声で復唱が返って来た。


「はいよ!マーズアタックハンバーグ定食と、ムーンサルコウホットケーキ!ヴィーナスレモンスカッシュ!」


営業中、注文が入るたびにこのくだりが永遠に続くのだ。


・・・疲れる。


スピカは手元のメロンソーダをすすった。


「でも良かったわー。すぐに来てくださって。脱げちゃったのが、誰もいない時で良かったわねっ。本当にありがとうございますー」


母が何度も忍にお礼を言った。


「・・・ねぇ、お母さん、でも、これって、15歳までって決まってるなら、どうして次のサイズ用意してくれなかったの?・・・そしたら・・・自分で脱げちゃう前に交換できるのに・・・」


まあ、信じたかどうかは怪しいけれど。


「ああ、これね。一回着ると、自分で脱げないのよ。年齢って目安だし、成長って個人差あるしね」

「・・・は?え?」

「大丈夫ですよ。今着てらっしゃるのはあくまでも代替品ですから。改めてセミオーダーでお届けしますので・・・」


忍がそう言って、ヴィーナスレモンスカッシュの沈んでいる赤いさくらんぼを嬉しそうに口に放り投げた。


「・・・じゃあ・・・ちゃんとしたの着たら、あと15年、脱げないってこと・・・?」

「原則では。まあ、いきなり太ったって痩せたって、丈夫な素材ですから、伸びるし、たるみません。でも例えば、それでも大きく裂傷したとかですねえ、そんな場合はもうお取り替えですね」

「そうねぇ。修理より交換の方がねぇ」


お取り替えに、交換、だなんて。

まるで壊れた家電みたいに。


スピカはため息をついた。

15年後なんて、想像もつかないけれど。


またあのバナナの皮が剥けるように自分は脱皮してしまうのか。

しかも、いつかは分からないと。


あのグリッター感のあるハワイアンブルーの皮膚を思い出し、スピカは自分の腕をそっと撫でた。


「・・・お母さんは・・・?」

「うん?ママは、31歳から45歳対応だから、あとしばらく大丈夫」

「じゃ、無くて。お母さんは本体、どんな色なの?」


信じ難いが、やはりもうこうなったら本当だったのだ。

自分も、そして、やはり両親も宇宙人だ。


ここで、宇宙人が喫茶店をやっている!


自分は青かったけど、母の本体もやっぱり青いのだろうか。

こういうのってやっぱり遺伝なの?


空気が急に張り詰めて、母は持っていたトレイを放り投げ、忍がレモンスカッシュを吹き出し、厨房では父がケチャップを取り落としたようで慌てていた。


「・・・え・・・な、何?!」


忍が、吹き出したレモンスカッシュでビッチャビチャになったテーブルを台拭きで拭きながら、口を開いた。


「・・・お、お母様・・・立ち入った話になりますが、あの・・・、こういった・・・ご教育の方は・・・?」

「・・・あの、ごめんなさい・・・。なるだけ地球人に馴染むようにって、私も夫も・・・意識的に教えないで来たものだから・・・」


なるほど、と忍が頷いた。


一体何だよ、とスピカは困惑していた。


「・・・スピ・・・、鈴木さん。私が教えるのはいささ僭越せんえつではあるのですが。・・・実は、弊社は、そういった教育活動もしているものですから。・・・ああ、遅くなりましたが・・・」


忍は名刺を取り出し、見せた。


「・・・株式会社トゥインクル・トゥインクル商事。・・・外商・教育指導部長 佐藤忍・・・??・・・何この会社名・・・何売ってんだかよくわかんないじゃない・・・」

「商事会社なんですから、鉛筆売ったって、ダイヤモンド売ったって、地球人の皮売ったっていいんですよ。・・・いいですか、鈴木さん。他人に、本体の色や形状を尋ねると言うのは・・・地球人で言うところの、変態に相当します」


思い詰めた顔で忍がそう言った。


「ええ?あんなのがァ?」

「・・・あんなの・・・って・・・。・・・あなたね・・・いいですか。例えば男性型に本体の様子を聞いておいて、ふーん、そんななのォ、つまんないのォ、みたいな対応したら、その彼は自信を無くして、メンタルがボッキリ折れて、翌日から申し訳ない気持ちでいっぱいになって人生持ち崩しますよ?」


父親は、恐ろしい話をしている・・・と厨房で頷いていた。


しかし、スピカには全く響くわけもなく。


「・・・何それ。バカみたい」


スピカが肩を竦めて嗤ったのに、母親がショックを受けたように涙ぐんだ。


まるで不良娘が補導されて、反社会的な言動をしたかのように。


「・・・スピカちゃん、これは、大事な事なのよ・・・」

「そうですよ・・・例えば、先ほどあなたがお母様に聞いた事は・・・奥さん、今どんなパンツ履いてんの?と聞いたよりも恥ずかしいことなんですよ?」


きゃあ、と母が悲鳴を上げると、父親が厨房からフライパンを持ったまま血相を変えて飛び出して来た。


「・・・き、君は、私の妻になんて事を・・・!?」

「・・・いや、ご主人、た、例えばの話ですよ・・・」

「た、例えば・・・例えでも、やめてくれたまえ・・・!」

「・・・あなた、私はいいのよ・・・」

「いや、奥さん。私じゃなくて、そもそも変質的な発言したのはおたくの娘さんですよ・・・?」


スピカはカチンと来て名刺を掴んで、忍に投げつけた。


「・・・アンタ、大体、何なわけ?どんなつもりで私に説教しようってのよ!人の事、変態だの変質者だの!」


スピカ、十六歳。

思春期、反抗期、怖いもの無しのお年頃である。


忍は、名刺をキャッチすると、裏返して、ずいっと押し出した。


「・・・何な訳、なんのつもりと言われれば。・・・私の本名は、佐藤・γガンマ星・ナシラ・忍と言います」


「はぁ?」


スピカは眉を寄せたが、両親は驚いたように顔を見合わせて、改めて忍を見て、悲し気に首を振った。

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