眠剤
眠剤の一般論は措く。不明瞭な形で眠剤を用いる例は多いが、ここでは余の記憶する挿話を挙げる。
ひとつは、眠剤を入れたスポーツドリンクのコップを、余が看護師から預かったことである。
本人が服むのを拒否したが看護師は何かで忙しかった。詳細は失念したが。
余は看護師に「私は介護報酬で雇われているがよろしいのですか?」と確認した。看護師はそれで良いと言った。
余は利用者に、
(利用者の姓)さん。(眠剤の名)が入った(スポーツドリンクの商品名)をお持ちしました
と言った。
スポーツドリンクの銘柄以外は憶えてもいない。そのスポーツドリンクは日常の業務に用いるが、個別局面での利用者や眠剤の何を何年も容易に思い出せない。賃金さえ出れば同じである。
ところで。看護師と、一部の古参スタッフは激怒した。余が巧みに眠剤入りのスポーツドリンクを飲ませると期待していたようである。
施設長は、余が看護師に確認したので問題ないと言った。そもそも、その利用者が飲むのを拒否したたけで、業務は何も進んでいないから。それどころではなかった。
もっと深刻な例としては、利用者家族が本人の財布を危惧したとき、スタッフの誰かが回収を思いついたことであった。
直接に策を立てた看護師は眠剤を用いる時刻を早めて財布の回収を容易にしようとした。
しかし財布というもの、通例として現金が入っている。恣にその占有を得れば不法領得の意思ありとされ得る。
その手段として定刻より早く眠剤を用いることは、昏酔強盗罪ではないか?
しかしながら。その看護師を現行犯逮捕するという、最も簡明強力な手段を余は採れなかった。
ひとつには、看護師が用意したのはスタンガンやガムテープのようなものではなく、日常業務に用いる眠剤であること。
いまひとつは、余の医療法知識が十分ではなかった。
六法全書が手元になく、ネット環境も良好ではないとき。
看護師に、そのような権限が「ない」ということを、確信することができなかった。
余は看護師に尋ねた。
「私は医療のことはわかりませんが、構成要件としては昏酔強盗です。法的根拠、違法性阻却事由はありますか?」
その看護師は法的根拠という語は解したが、構成要件や違法性阻却事由は解らなかった。
話をしても無駄だと思ったので、事務所に内線を入れた。
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