清掃実務への要求
余が主務としている清掃の話に戻る。
週に2回清掃、そのうちの1回は、リネン一式を替える。一式とは通例、敷きシート、布団カバー、枕カバーである。
ホテルなどと違って利用者の生活歴を尊重するという建前から、敷布団、掛布団、枕のいずれも、利用者毎にサイズは異なる。その人の生活習慣によっては、敷布団の上に大量の物品が置かれている。
そのようなとき。以前は能う限り物品をベッド上に戻していたが、最近は置時計のような生活に必要なもの以外は戻していない。これについて明示の指示はないが、物品は増えても余の勤務時間数は同じなので。如何ともならない。
法的に考えれば生活の必要を越えた品まで支援する根拠も、そのための原資も介護にはないと思われる。
利用者の生活習慣によっては部屋(ことにベッド上)に物品が多いこともあり、清掃の工程数は増える。
また、ADLが低下してトイレが汚れたり、身体介護の担当者がパット交換などを行って埃が出ることが多くなれば。工程数としては同じようでも、作業時間は増えざるを得ない。
一般論として、同じ量の部品が居室にあって同程度に汚れていれば、作業者の技量と支給された用具の性能に余程の差がない限りには、清掃には同程度の時間と労力を要する。
利用者がいかに尊厳高い人であろうと、作業者の給与が貴重なる介護保険から拠出されていようと、それらは実作業とは独立した論点であると余は主張する。
ところで余が役職者に、このような事情を報告したことは幾たびもある。これは余の職務上の義務たるのみではなく、我々労働者自身の職場環境防衛、ひいては健康と尊厳の保持のためでもあったと信ずる。
だが。必ずしも論理的な回答は得られなかった。
「誰でも年を取る」として、面談のフィードバックなる、実質的意味を為さないが丁重なる文書を交付された話は書いた。
介護施設は利用者優先である、利用者が若い頃は自由に動けたが誰しも年を取るなどと。
清掃実務、すなわち限られた労力と時間を以て物理的に清潔にする作業とは何等関係しない回答を見て余は激怒したが。
他の役職者の回答も、臨機応変や工夫云々という抽象的な言辞が多かった。
役職者や組合に訊いても何も改善しない話は後にも書く。ここでは、余の清掃業務に対する、勤務先からの要求について。
実際に週2回の定期清掃のモップを執るのは余一人である(汚染したときの臨時清掃は余の出勤しない日も誰かが行うが、定期清掃がそれによって免ぜられない)が。
定期清掃に指示を出すのは。本社、支店、施設、そして運営懇談会である。
①本社からは、清掃の時間数を1回15分。リネン一式交換も15分で、合計45分×室数で、フロアの清掃を了えるのを目標にせよとの伝達があった。
②支店からは標準防護策、すなわち利用者の体液は全て感染者の体液に擬して清掃せよとの伝達。これは大仰のようだが社会通念上は当然である。
③現場からは、転倒リスクを減らすため洗剤を節約すること、利用者がベッド上に置いた物品は元の位置に戻すことを指示された。
④運営懇談会(施設役職者、利用者家族、その他関係者の会合。施設の最高機関とされる)からは、特定の場所にゴミが溜まらないように、との指示。
例えば部屋の隅、ベッドの部品などの埃は、部屋全体の容積に比して衛生的意義は小さくとも美観上は重要な問題である。
清掃作業を機械の作用に擬すると、出力が余しかないのに制御が四系統もあるようなもの。実際のところ、これらの要求を全て満たすのは不可能である。
否、よしや可能であったとして。何故に余がそれを行うのか?
単位時間あたりの作業量を。本社、支店、施設、運営懇談会が、組合との協議も経ずに増やすことに正当性はないと余は考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます