〜小さな僕から〜 ⑧

その日の朝はほんとうに何の異変もなかった。

いつものように食堂で朝食を済まし、時間になって中学校に向かう。

その日課の中で最初の異変は学校に着く頃に起こった。

(なんか気持ちが悪い⋯)

ただ友達もいなく、先生との関係性も皆無なので朝のホームルームの間ずっとバレないように心の中でもがいていた。

もし友達がいれば気安く相談し保健室に行っていただろうが、そんなことはできない。

小学校のどん底から這い上がるためには、吐きそうだなんて土台言えないのだ。

ホームルームをクリアし国語の授業が始まった。

先生は教科書の最初のページをめくって、色んな絵の話をしていた。

“僕”は波のように押し寄せてくる吐き気と戦っていたがついにその時は来てしまった。


「きゃーーーー!!!」


隣の女子が突如絶叫を上げた。

“僕”は盛大に机に吐き出していた。

滴る汚物は小さな机から溢れ出し、床に水溜りを作っていた。

“僕”は頭が真っ白になり、教室から飛び出した。

(とにかく洗わないと)

教室の隣にあるトイレに駆け込み、入り口にある洗面所で制服と口周りを洗った。

(終わった。もう全て終わった。今から3年間“僕”はいじめられ、友達もできず、最底辺の生活を送るのか⋯)

涙が止まらず、もう何を洗っているのか分からないくらい全てを洗い流していた。

「大丈夫?」

突如聞こえた声に、蛇口を止めて振り返った。

それは“あなた”の声だった。

“あなた”は小さく両手を口元に寄せて、表情は強張って見えた。

(動揺しているんだ。そうだよね⋯)

“僕”は改めて自分がしてしまったことの罪深さを痛感していた。

だがそんな感情を上回ったのは、廊下の窓から差し込む朝の光を小さな背に一身に受けた“あなた”が、今まで見たどんな物よりも美しく“僕”の瞳に映ったことだった。

“僕”と同じ小学校だったがもちろん一言も話したこともない“あなた”。

“醜”と“美”を見事に対比した今の2人に、“僕”は完全に思考が停止していた。

何も答えられない“僕”に続けて

「ハンカチいる?使っていいよ」と“あなた”はポケットからハンカチを取り出して“僕”に差し出した。

受け取ろうと手を伸ばしたところで、

「いや、早く教室に戻った方がいいよ。“僕”と同じと思われるから」と言って“僕”はトイレを出て“あなた”の横を通り過ぎた。

輝かしい学生生活を送るであろう“あなた”の汚点になるかもしれないという思いから、情けない言葉をかけるしかなかった。

“あなた”はどれだけの勇気を振り絞って“僕”を追ってきたのか。

そんな“あなた”になぜお礼が言えないのか。

“僕”は階段を降りながら後悔と絶望に打ちひしがれ再度大粒の涙を流した。

「明日も学校に来てね!」

と上から聞こえたが、もう“僕”の心は完全に砕けていた。

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