第2話「アメノウズメ、神界初のストリッパーになる」


 ──なんかさぁ、私って、いつまで寝てていいの?


 高天原の片隅にひっそりと構えられた、天然岩戸製の超防音個室──そう、ここが私の聖域。

というか、マイルーム。


 布団は厚さ三重の雲素材。包まれると重力すら感じなくなる最高の逸品。

 クッションは銀河団を模した超反発ボール。抱えると宇宙に包まれる気分になれる。

 そして手には、干し柿とカリカリ梅──これさえあれば、私は無限に生きていける。


「このまま、宇宙と融合して消えてもいいかもしれない……」


 寝返りをうつと、ふわっと布団が波打った。もう三日はこの状態だ。背中と一体化してきた気がする。


 世間では「太陽神が岩戸に引きこもった」とかで、世界が闇に包まれてるらしいけど。

うん、知ってる。ていうか、私のせいなんだよね。うすうす、気づいてる。


「でもさ……出たら、また仕事なんでしょ……?」


──それはちょっと、無理。


 この岩戸、断熱性、防音性、セキュリティ完璧。

 誰にも干渉されずに寝れるし、文句も言われない。

 もはやこれは、殻にこもるカメの気持ちに共感しすぎて涙出そうなレベル。


「カメ、尊いな……」


 私が布団と一体化して思索を巡らせている間──

 外では、例の騒がしい神々が、とんでもない作戦を決行していたらしい。




 神々が集う高天原の会議場は、今や空前の混乱に包まれていた。

 空気は緊迫し、モワッとしており、鼻息が荒い。いや、マジで誰か落ち着け。


「いかん……アマテラス様は、出てこない……!!」


「このままでは、我らの推し活が……っ!!」


「神界SNSの急上昇ランキング、ついに“焚き火”が一位になりました!」


 神々の中には、日の出のない日々に心を病み始めた者も出始めていた。

もはやこれは国家の危機──いや、信仰の危機……いや、推し不在の危機!


そんな中、静かに立ち上がる影がひとつ。


「……アメノウズメ!」


 神々の視線が一斉に集まる。

スポットライトが当たると、そこには、ゴージャスでセクシーな衣装に身を包んだ踊り子神、アメノウズメ。


「やっほー☆ 準備は万端よ? どうせまた『踊りで釣ってくれ』ってんでしょ?」


「さすが早い……話が早い!!」


 彼女が手を振るたび、周囲の神が拍手と歓声をあげた。


「さっそくだけど、今回の作戦名は──《天岩戸ディスコ化計画》だ!!」


 オモイカネがドヤ顔でホワイトボードを指す。

 そこには、かわいらしいイラストで今回の作戦内容が描かれていた。


「まずは、アメノウズメが天岩戸の前でダンスを踊る。バックミュージックは風神、雷神に任せることにした。私も全力で場を盛り上げよう。そして、その音楽に興味を持たれたアマテラス様が岩戸の扉を開いた瞬間に引っ張り出すと言う算段だ。」


「……本気でやるんだな」


「当たり前だ!!神々の叡智、今ここに集うッ!」


 神々の叡智?が今動き出そうとしていた。 


 そして始まる、怒涛のステージ設営。

山を削って作る特設舞台、川から引いた水を使った神技ミスト。

 太鼓に三味線、なぜかミラーボール。誰が仕込んだのかスモークマシンまで。


 神力を惜しみなく注いで完成したのは、神がっかっている程、的外れな大舞台。


 いや、これ絶対に自分たちが楽しみたいだけでしょ……


「これで勝つる!!」


 しかし、神々の顔はギラついていた。

もはやそれは、信仰の域を超えて、推し活の執念だった。



岩戸の中──


 ──あれ?

なんかさっきから、リズムが……外、うるさくない?


「チャンチャカチャンチャカ、チャンチャンチャン~……」


 音漏れが妙にダンサブルなんだけど。

寝返りをうちつつ、私は布団の中で耳をすませる。


──これはもしや、ウズメの……踊りイベント……?


 恐る恐る、岩戸の隙間をちょっとだけ開ける。


その瞬間、目に飛び込んできたのは──


「アマテラァァァァス!!」


 サイリウムを全力で振るオモイカネ。ポンポン持ってダンスする雷神。

なぜかDJブースに立つ風神。神々が、誰より必死に盛り上がっていた。


 その中央で、ウズメが全力で腰を振っている。


「推しィィィィ!!」

「神界に光をぉぉ!!」


……うん。

何これ。ほんと、なにこのノリ。


私は、そっと岩戸を閉じた。さらに鍵をかけるのだった。



「……無理。あれ、恥ずかしすぎて出られない」


 やばい。あれで出ていったら、黒歴史になる未来しか見えない。こんなので出たなんて古事記に記されたくない。

でも──でもさ。


ちょっとだけ、笑っちゃったんだよね。


「……まぁ、頑張ってるのは、伝わったけどさ……」


私は布団に顔をうずめた。

まだ出たくない。でも、神々の熱気だけは、確かに届いてきた。


──誰かが私のために本気でアホをやってくれるって、なんか悪くないかも。



神の寄合所


「……失敗、か」


神々の誰かがぽつりと呟く。

その中で、アメノウズメだけが不敵に笑っていた。


「いいえ。確実に揺れてる。次で、落とすわよ」


「次って……どうするつもりなんだ……?」


「尊厳よ。アマテラス様の“尊厳”をくすぐる演出。それを入れれば、あの岩戸は……開く!」


 神々の目がまた、ギラリと光った。


 ほんとに大丈夫なのかこの神々……

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