薬師見習いの恋

またたびやま銀猫

プロローグ

プロローグ


 森の緑はすすけ始め、色づいた葉を風に揺らす木々も見える。空気は澄んで心地よく、空は爽快に晴れていた。

 木漏れ日がまだらに降り注ぐ中、マリーベル・フェスタは下生えが茂る中にしゃがみ込んで草を引っこ抜く。

 ただの草ではない。薬として使えるものを選んで摘み取っているのだ。


 横にあるかごにはすでにイチイやナツメ、イヌバラの赤い実が入っている。そこへ今摘み取ったタンポポを入れた。

「けっこう採れたかな」

 皮手袋を脱いで額の汗を拭い、マリーベルは呟く。


 夏まではハーブがよく採れるが、秋には枯れ始める。今のうちにたくさん採って冬に備えたいところだった。

 爽やかな風が彼女の黒髪を撫でて過ぎ去り、宵闇のような紺色の瞳が森を見渡してから失望にかげる。


銀蓮草ぎんれんそうは今日も見つけられないけど」

 こぼれた呟きは風に消える。

 見渡す森は夏よりも彩りが豊富だ。茶色の幹から伸びる枝に茂る緑、赤や黄色の葉、実った果実に季節の移り変わりを感じる。


「あれさえあればきっとロニーは……」

 そう思うのに、どれだけ色があろうとも銀色の花弁を付けた草などまったく見当たらない。


 ガサッと音がして、マリーベルははっとそちらを見る。

 とっさに腰のポーチに手をやるが、小さなナイフが入っているのみだ。自分にはそれで獣を撃退することなどできない。

 狼や熊、魔獣なら、早く逃げなくてはならない。

 かごの取っ手を掴み、立ち上がったときだった。


 茂みから馬を引いた三人の人が現れた。

 ほっとすると同時に首をかしげる。

 装飾が少なくても高そうだとわかる服に身を包むのは見慣れない人たちだった。そのうちのひとりはどう見ても女性――それもとびきりの美女なのに、男性のかっこうをしている。


 お供らしき男性ふたりは武人のようで、剣を腰に下げていた。

 三人の連れている馬もまたこのあたりでは見たことのない立派な体躯をしており、その鞍も上等そうだった。


 ここはラネティル王国の端に位置するティエム領ナスタール村。彼らはこんな田舎に不釣り合いな上流の人間たちに見える。


 女性はマリーベルを見ると、すまないが、と声をかけた。

「このあたりにロナルシオ・レンタード・エルシュネルはいるか。ロニーと名乗っているかもしれない」

 告げられた名に、マリーベルは顔を青ざめさせた。

 彼女はきっとロニーを連れ戻しに来たのだ、そう思ったから。

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