第3話 セッション!
弾丸が飛び交っていた。
4台のドラムセットから放たれる音の弾丸が、スタジオの中を乱れ飛んでいた。
そこに調和は無かった。衝突、あるいは乱闘。全員、好き勝手に音を鳴らしていた。
俺は一歩引いてそれを眺めていた。
主導権を握っているのはボジオだ。得意ジャンルのヘビーメタルということもあるのか、すごくやりやすそうに叩いている。
ツーバスや10台のタムを縦横無尽に使って、空間を音で埋め尽くしている。
驚くべきは正確性だ。あれだけ沢山のドラムを連打しているのに、リズムが全然ブレていない。機械的というわけではない。そのタイミングタイミングで、常にベストの音を出している。音だけ聞かされて「プロが叩いてる」と言われたら信じるかもしれない。こんな怪物が同じ大学の中に埋もれていたのか。
一番自由に叩いているのは、サイモンだ。時折、ウッドブロックやカウベルといった、メタルじゃ絶対使わない楽器を使ったりして、全体の緊張感をあえて崩すようなことをしている。
しかしながら、こいつも上手い。全体に心地よいうねりを生んでいるのは、サイモンの抑揚だろう。同じフレーズでも全然「表情」が違って聞こえる。
一方、攻撃的なのはピエールだ。かなり以外だった。打音のひとつひとつが攻撃的で、しかも手数が多い。さながら機関銃だ。低血圧な見た目からは想像できないほど、独善的で挑戦的な、そんな音をしている。
スリムも負けていない。他の3人とは違い、立ちながら叩くというスタイルだ。そんな叩き方をしたら、足でペダルを踏んで鳴らすバスドラムの音が弱くなりそうなものだが、全然音圧が負けていない。
叩く箇所がスネア・バスドラム・ライドシンバルの3つしかないが、存在感がある。ロックンロールが好きという割には、攻撃一辺倒ではなく、他のドラムをいなすような、それでいて跳ね返すような叩き方をしている。ううむ、スネアひとつだけであんなに違う音色が出せるのか。聴いてみるかロカビリー。
サビ前の一瞬の
俺はギターのヘッドを振り上げる。全体を見回す。ついてこい。ヘッドを振り下ろす。爆発。スタジオの中央で炎が上がる。俺達だけに見える紫の炎だ。
全員が笑っていた。俺の顔もきっと同じだろう。音だけでわかる。このぶつかり合いを楽しんでいる。
ドラムの勢いが引いていく。間もなくギターソロだ。全員がこちらを見ていた。試そうとしているのか。良いだろう。見せつけてやる。俺はペダルを踏む。ギターの音がオーバードライブでブーストされる。
序盤は原曲のフレーズを忠実に弾く。「やるじゃん」と言った感じのサイモンの表情が目の端に映る。何度も何度も何度も練習したギターソロだ。目を閉じたって弾ける。だが、本番はここからだ。
俺はエフェクターを踏む。音色が変わる。全員が驚愕の顔で俺を見ていた。
ギターアンプからはオルガンの音が出ていた。ギター・シンセサイザーだ。まさにジョン・ロードが奏でるあのオルガンの音が流れていた。ボジオと目が合うと互いに口元が緩んだ。さあ聴いてくれ、これが俺の
「最高のセッションだったな!」
ボジオが大口を開けて笑っていた。
「自分、バンドでちゃんと演奏するの初めてだったんですけど、超楽しかったです!」
「へえ、スリムってそんな感じしなかったけどね。場馴れしてるっつーか」
サイモンがハイハットのペダルを踏みながら言う。
「バーとかでセッションはしたことあるんですけど、こうやってドラム4人とギター1人でやるのは初めてっす!」
ドラム4人なんて俺だって初めてだ。他の3人だってそうだろう。
なんか視線を感じるな……と思ったら、ピエールがこちらをじっと見ていた。獲物を見張る肉食獣みたいだな……
「ど、どうしたピエール?」
スパンスパンと、シンバルを2回鳴らした。な、なんだ、なんの威嚇だ?
「小川くん、もう1曲やろーよ」
と言ったのはサイモンだ。ボジオとスリムも表情に同じセリフが浮かんでいた。
やってやろうじゃないの。
俺はFのパワーコードから、B♭のパワーコードを弾く。
ピエールの口角がぴくりと上がるのが見えた。
「Smells like teen spirits」だ。俺は高揚のままにコードを掻き鳴らす。
眼の前から、4つの音の砲弾が飛んできた。
俺はギターの音をディストーションサウンドに切り替えてそれを迎え撃った。
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