Track 02.一次審査

第2話 イントゥ・ザ・スタジオ

「うわ~すっげえ!」


 サイモンが声を上げる。ピエールとスリムも目を輝かせていた。


 ドラムセットが4台、スタジオの中に設置されていた。壮観だ。ギタリストの俺でも心が動く。


「左から2番目のが俺のだ。他は好きにセッティングしてくれ」


 ボジオは豪快に笑った。

 俺はただただ圧倒されていた。これが岩本ボジオ家の私設スタジオだというのだ。

「私設」と言うから、てっきりプレハブのようなものを想像していたのだが、普通に建物だ。ちょっと大きめの平屋だ。


 中は小学校の音楽室くらいの広さがあった。ライブハウスとして使うなら200人キャパくらいはあるだろうか。俺の実家より全然広い。


 ボジオがピカピカのハイエースを運転して迎えに来た時から薄々感じていたが、こいつの家はめちゃめちゃ金持ちだ。なんといっても医学部だもんな。ちなみに、スタジオの真横には、「岩本」の表札がついた三階建てのでっかい家が建っていた。


 ドラム4人はそれぞれセッティングを始めていた。各々、ドラムの高さや角度を変えたり、チューニングをしたり、私物を設置したりしていた。


 ドラム4台は、内向きに弧を描くように配置されていた。左から順に、サイモン、ボジオ、ピエール、スリムだ。ドラムに囲まれるような位置に俺がいる。

 実際にステージに立つとしてもこの配置になるのだろうか……未だにイメージは湧かない。


 俺はスタジオ備え付けのキャビネット(ギターアンプのスピーカー部分)の上に、自前のアンプヘッド(コントロール部分)を置いて電源を入れる。内部の真空管が淡く青い光を放つ。


 このスタジオはドラムだけではなく、ギターアンプとベースアンプまである。ただのドラム練習場ではなく、本当に「スタジオ」のようだ。PAシステムも完備している。ライブも、やろうと思ったら出来るくらい設備が整っている。


 エフェクターボードをセッティングしながら、周囲を見回す。

 前々から思ってはいたが、ドラムはギタリスト以上に個性が見た目に出る。


 まず俺の目を引いたのはボジオだ。ドラムの数が多過ぎるのだ。存在自体からものすごい圧力を感じる。

 スタジオに置いてあるような一般的なドラムセットは、1バス・2タム・3シンバルの構成が多いが、ボジオのドラムセットは2バス・10タム・7シンバルだ。異様に多い。スタンドとドラムが立ち並ぶ様は、まるで要塞だ。拳銃くらいなら跳ね返せるかもしれない。


「……さすが"ボジオ"だね」

「だろう?」


 ピエールは「ボジオ」にアクセントを置いて言った。ボジオはニヤリと笑う。

 ドラマー的には面白い会話らしいが、俺にはこのノリはよくわからない。


 サイモンは、コンガやウインドチャイムやカウベルといった、よくわからない打楽器っぽいものがたくさん並んでいた。名前を知らない楽器もたくさんある。なんか軟派だ。ドラムまでチャラいのか。

 チャラい割には、セッティングにはかなりこだわりがあるようだ。タムの一つ一つ、シンバルの一つ一つを、試奏しながらミリ単位で角度を変えていた。

 ……どうやら左利きらしい。ハイハットを左手で叩いていたからだ。

 右手は手のひらを上に向ける握り方でスティックを持っていた。昨日少し勉強したからわかる。あれは「レギュラーグリップ」で、ジャズのドラマーがよくやる持ち方らしい。


 ピエールはスタンダードなドラムセットだ。ピエールは身長がかなり高いので、全ての打面を高くしているが、ドラム自体はほとんど最初にあったそのままを使っているようだ。

 ただひとつ、ハイハットの横に、よくわからないタブレットのような機械を置いているのが気になる。PAに繋いでいるということは、電子ドラムのような物なのだろうか?


 スリムは、バスドラムとスネアとライドシンバルしか置いてない。他は全部はずしてしまっていた……え? あの3つしか使わないの?

 本当にあれで演奏出来るのだろうか……あれ、スリムどこ行った?


「このアンプ青く光ってかっこいいっすね!」

「わああああああ!」


 心臓が破裂するかと思った。後ろにスリムがいた。


「あ……すみません……」

「……いや、大丈夫だ」


 びっくりはしたが、自分の機材を褒められて悪い気はしなかった。この「ヒュースアンドケトナー」のアンプを買うために、かなりの人数の渋沢先生が犠牲になったからな。


 アンプが温まってきたので、スタンバイのスイッチを入れる。


 コードとスケールを軽く鳴らして音を確かめる。随分と音の回りが良いスタジオだ。

 ボリュームとイコライジングを調整するが……ドラム4人相手ってどうしたら良いものなんだろうか……


 引き続き試奏と調整を繰り返す。ふとスリムが呆けたような顔でこちらを見ているのに気がつく。


「……どうした?」

「やっぱり玄クン上手いっすね! 自分、このバンドに入って本当に良かったです!」

「そ、その感想はまだ早いんじゃないか?」


 そうは言ったが、上手いと言われるとどうしても嬉しくなる。俺はニヤついてるのを悟られないように、かがんで足元のエフェクターを調節するフリをする。


 俺が一通り調整が終わって周囲を見渡すと、ドラム陣もセッティングが終わっていたようだ。


 銃声のような音が響く。ピエールだ。鋭いスネアの音が突き刺してくる。


 続いて、きらびやかな旋律が聞こえた。サイモンがドラムセット全体の音を確認するように叩いていた。たくさん楽器があるだけあって、音色がカラフルだ。ピエールに比べると柔らかくて表情が豊かな打音だ。


 力強いビートはスリムだ。え? 3つしか鳴らすところ無いのにあんなに表情豊かな音を出せるの?


 そして大砲の連射のような音がした。ボジオが激しく両手・両足を動かしていた。


 俺は心臓が高鳴っていた。畏怖。それが今の感情に一番近いかもしれない。

 俺は背中に汗がじわりと滲むのを感じた。


 ……こいつら、4人とも上手くね?


 なんか逆に申し訳なくなってきた。こんな上手いドラムが、しかも4人も、俺が一人占めする格好になっている。不安が少しずつ、心の下の方から湧いてくる。失望されないかな、大丈夫かな?


「リーダー!」


 ボジオの声に俺ははっとする。


「今日はとりあえず適当な曲でセッションしてみないか?」

「……そうだな」


 そもそも、まだ4人全員ともバンドに所属するかなんて決まっていないんだ。まだ1回目だ。気負ってもしょうがない。


 さて、何の曲にしようか。全員が知っていて、なおかつ全員の個性が出るような曲。

 ……よし、アレにしよう。


 俺は世界中の人間が知っているあのリフを弾いた。

 ボジオがにやりとする。


「『BURN』か!」


 そうだ。バンドキッズなら誰もが一度は弾いたことがあるであろう、ディープ・パープルの名曲だ。

 さあ、自己紹介といこうじゃないか。


 ドラム全員が、3発叩いてシンバルを鳴らした。

 音が、反発しあっていた。ドラム4台に同時に音をぶつけられる。体がバラバラになるかと思うほどの音圧だ。

 これから始まるのはセッションじゃない。バトルだ。予感がした。


 曲の本筋に突入する。

 全員の音が、宙空で火花を散らした。

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