第4話





 パーティー会場は実行委員の学生達が期限ギリギリまで案を出し合って色々と考えに考えた末に、野外に特設ステージを組んで夕方から司会進行係を付けて行う事になった。

 それまでは軽音サークルとか演劇サークルとかが出し物で使ってる。


 校舎から出たあと、やけに艶っぽいフランケンシュタインの高遠と、包帯ぐるぐる巻で取り敢えずマミーか?っていう有様の恭君。犬耳としっぽとブカブカの首輪をつけた狼男(他称)の俺が会場までハロウィンで浮ついた空気の中を重たい足取りでのったりと歩いていく。

 ところどころに学生達で作ったオーナメントが飾り付けられて、ハロウィン独自のおどろおどろしさとポップさが入り交じった不思議な感覚が見慣れたキャンパスを彩ってる。

 そこを男三人で歩いてるわけだ。しかも、仮装これで。

「……何度目だ?」

「五回目かな」

高遠 すげぇな」

「河野君も初町君居なかったら多分凄かったんじゃないの?」

「あ?」

「河野君に寄ってくる奴の前に当たり前に割り込むし、職員だからダメだって言いながら笑顔で威圧するし。しかも声掛けてきた奴が男の時なんて更にお前なに話しかけようとしてんだ感が半端ねぇじゃん」

「当たり前でしょう?」

「まぁね」

 当たり前じゃねーよ。

 声を掛けられたいわけじゃねぇけど、やっと古参の大学関係者以外は俺達の事を噂程度にしか知らない世代になってるのに蒸し返すんじゃねぇって話だ。


 ハロウィンパーティーではカップルや友達二人で参加する企画があって、それが今回の一番の目玉で呼び物だ。学生とか若い奴等が好きそうなやつ。

 参加者一同の前で告白してみたりだの、普段は言えない本音だのを言うっていうろくでもねぇやつな。

 そこで審査じゃねーけど、拍手を一定数以上貰うと景品が出る。一位は投票制だったか……興味ねぇからな。投票結果かなんかで一位に選ばれたら景品が豪華なもんになるとか言ってたけど、恭君が許可してんなら俺は別に関わらなくていいかと気にしてなかった。

 それで、相手を探してるって口実でのナンパが多いらしい。行き過ぎた奴の迷惑行為の報告も上がってきてっから、来年ももしやるならその辺は事前登録制にでもしねぇとダメだな。

 そんなの恭君からしたら予想の範疇はんちゅうだっただろうに、なんで許可したんだ?行動心理学のサンプルでも欲しがられたのかと流しはしたけど……。

 世界で一番幸せそうだと言われるクアッカスマイルは、俺にとって世界で一番邪悪な笑顔だっつーのを忘れていたなんて俺もとことん詰めが甘い。

 この後直ぐにそれを思い知らされる羽目になる。いや、自分がそうなるとは流石さすがの恭君も思わなかったのかも知れないから、ただのおマヌケということになるか?


「あ、椎名と来宮」

 高遠の呟きに思考を中断して姿を探す。

 居た。

「おやまぁ、これはまた微笑ましいね」

「あー、キノにしては珍しいな」

 ハロウィンの飾り付けの小型オーナメントの他にもSNS用の写真を撮れるように大型のオーナメントを設置してある。美術系のサークルが力を入れて作ったそれはどれも好評で、昼には長蛇の列をなしていた。

 それの前でキノと椎名ちゃんが写真を撮ってる。

 キノってそういうのに興味あるタイプじゃねーし、なんなら小バカにするタイプだと思ってたけど椎名ちゃんが相手となったら違うらしい。

 人間変われば変わるもんだな。

「折角だし俺達も写真撮っておく?」

「男三人でか?」

「何で俺をカウントに入れてんの?撮るなら二人で撮ってよ」

「断る!」

 高遠が心底迷惑そうな顔で肩を竦めてふるふると首を横に振った。

 校内で情け容赦無いクソワラビーにくっつかれるのを警戒した俺は間に高遠を挟んで歩いているわけだけど、高遠の立場からしたら迷惑以外の何物でもない。

 さっきの助け舟から、今に至るまでこの迷惑に黙って耐えてくれてた事に感謝こそすれ怒るなんて出来ねぇ。

「河野君、撮ろっか」

「こーとーわーるー!」

 今度は助けてくれる気は無いらしい。この位なら自力でどうにかしろって事らしいけど、俺は何でか昔からこのクソワラビーから逃げ切れた覚えがぇ。

 腕をガシッと掴まれて、抵抗虚しくズルズルと引っ張られていく俺に同情の眼差しを向けながら軽く手を振ってきやがった。

 何が悲しくて犬耳と首輪を付けて写真に収まらなきゃならねぇんだって文句も、恭君はいつもの事くらいに聞き流す。恭君だってマミーとは?って感じの包帯をお情けで巻いているだけの格好だしな。ハロウィン感は薄めかもしれねぇけど、それが逆に痛々しいんだよ。


「おや。河野さん」

 俺に気がついたキノが心底意外そうな顔をした。

 キノのビックリ顔なんて中々お目にかかれねぇやつだな。それにドラキュラの衣装が思ったよりよく似合ってる。マントの下が本物のダークスーツだから帽子やマントの安っぽさがかなり軽減されてるんだな。

 キノの驚きも最もだとは思う。俺は企画に乗っかってくタイプでは無いし、そもそも興味が無い事柄は完全に無視をするタイプだ。今回は恭君のサポートや仮装は仕事の範疇はんちゅうだからやったけど、それだって最低限自分の研究の邪魔をしない範囲でしかやってねぇ。

 毎年最低限の役割以外は学祭に手を出す事もねぇ。

「ハイハイハーイ!俺撮ったげる!」

「ありがとう。これに撮ってね。あ、連写機能でお願いします。連写はここを押すと出来るから」

「うんうん。任しといて!」

 椎名ちゃん……それは俺にとっては善意じゃねぇからな。

 すっごく良い笑顔で手を挙げた椎名ちゃんに恭君がスマートフォンを手渡して使い方を教え出す。その隙になんとか逃げようとしたけど、そこはやっぱり恭君も俺の行動パターンなんて分かりきってる。ガッツリ掴まれてる手が抜けねぇ。


 最後の救いを求めてキノを見つめてはみたけどな。

「あんたら……一応聞きますけど、ハロウィンてご存知ですよね?」

「もちろん知ってるよ!トリック・オア・トリートのやつでしょ?」

「西洋のお祭りで……」

「そういうことじゃねぇんですけどね」

「うん?お菓子かイタズラじゃないの?」

「一種のお祭りでしょう?」

「あぁもぅいいです。河野さん、すみませんが諦めて下さい」

 キノ、諦めるな!

 そもそもの話、椎名ちゃんはハロウィンは普通にお祭り騒ぎだと思ってるだろうし、恭君は知識として知っている上でそれを日本流のお祭りイベントとして昇華しょうかさせちまってるからそんな根本の話をしたところでバカ騒ぎすればいいんでしょ?くらいの反応しか返ってこねーぞ。

 椎名ちゃんは良いとして恭君の事は一応は理詰めで説得しようとトライしてくれたっぽいけど、取っ掛りの部分で諦められた。

 キノは昔から恭君案件には深く関わらないスタンスを貫いてるからこれ以上の助けは期待出来そうにねぇな。そう悟った俺は何とか恭君の手を解こうとして、無駄だった。

 当たり前に、当然のように、圧倒的に、容赦なく、無駄だった。


 絶望感満載の俺を引きって、恭君は巨大なカボチャとポップなほうきやら黒猫やらが配置されたオーナメントの前まで連行した。

 公開処刑だ、こんなのは!

 つーかいい加減手ぇ離せや!

「じゃ、撮るよ〜!」

「お願いしまーす」

「……いっその事殺してくれ……」

 連写な。

 なるほど?

 このクソワラビー、連写撮影を指定したのはそういう事か。

 最初こそ仏頂面ぶっちょうづらの俺の横でクアッカスマイルで写ってたはずだけど、パッ!と素早く頬を寄せたり目尻にキスをしてきたりした。

 反射的に一発殴ったけど、仕上がった写真はそういうコンセプトで撮られたようになっていてそれがまた腹が立つ。

 何が一番腹が立つって……。

「よく撮れてんじゃない?河野さん、キスされた時なんか嬉しそうですし」

「ねー!ほっぺ真っ赤だし、叩いてるの照れ隠しっぽくってなんか可愛いもんね」

 キノと椎名ちゃんの感想だ。


 満足そうな恭君のケツをまた怒りに任せて蹴り上げたけど、今回もやっぱり甘んじてケツを蹴らせた恭君はそのまま呻きながら崩れ落ちていった。


 怒りの収まらない俺とケツを押さえてなんだか嬉しそうな恭君を横目に、高遠が椎名ちゃんに向かってひらひらと手のひらを振る。

「椎名達も撮るなら俺撮るよ?」

「は?」

「ありがと~!じゃあコレね」

「は?高遠?」

「ほら、もう一回行ってこい」

 俺が恭君のケツを蹴り上げてこの怒りをどう収めたもんかと思案している間にキノも同じ目に遭わされてたのに気が付いて、ほんの少しだけ溜飲りゅういんが下がった気がした俺は悪いやつなのかもしれない。

 キノには悪いけど助けてやるには気が付くのが遅かった。





 

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