第五章:時間と別れ

第20話 あの人のときは泣かないのに(アレンの揺れ)



 「前いた孤児院の人のときは、泣かなかったのに……」


 レイがぽつりとこぼしたその一言に、僕の心がざわめいた。


 リクトがかんしゃくを起こして床に座り込んだとき、なだめようとした僕に向けられた、あまりに無防備な“比較”。


 「アレンはやさしいけど……なんか、ちがう」


 それは、否定ではなかった。


 でも、心の奥に小さなトゲのように刺さった。


 


 ■ ■ ■


 僕は、怒鳴らない。

 叩かない。

 決して、威圧で黙らせたりしない。


 “そういう大人にならない”と、前世で誓ったからだ。


 でも、それは時に子どもたちにとって、「なんでも許してくれる人」に見えるのかもしれない。


 


 ■ ■ ■


 「アレンはやさしいから泣いても平気」


 「わがまま言っても怒らないし」


 ——そんな言葉が、感謝ではなく“甘えの免罪符”として語られることもある。


 その度に僕は、“やさしさ”が信頼を育むのか、それとも線を曖昧にするのかを考える。


 


 ■ ■ ■


 ある日、ユイカがそっと言った。


 「前のところでは、怒られたらすぐ終わるの。理屈はないけど、怒られたらもうおしまいって安心できた」


 彼女にとって、「怒りが短く終わる」ことが、“わかりやすい関係”だったのだろう。


 僕のように、感情を見せまいと丁寧に距離を測る関わりは、逆に**“不安定”**に見えたのかもしれない。


 


 ■ ■ ■


 それでも、僕を名前で呼んでくれる子がいる。


 「アレン、今日もいる?」と朝に聞いてくれる子がいる。


 やさしさが揺れやすいとしても、僕は僕のままで向き合いたい。


 


——モノローグ(アレン)——

 僕のやさしさは、時に“くどく”て、“遠回り”かもしれない。


 でも、それでも——子どもたちが泣いても、怒っても、また会いたいと思える場所でありたい。


 他の誰かのやり方と比べられても、それでも僕にできることがあると信じている。


 正しさじゃない、継続する温かさで、彼らに寄り添っていたい。

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