第18話 しぬって、いくらかかるの?(ユイカ)



 「アレン、“しぬ”ってさ、いくらかかるの?」


 その言葉は、まるで風のように、何の前触れもなく僕の背中に届いた。


 洗い物をしていた手が一瞬止まる。


 振り返ると、ユイカが窓辺に座り、ぼんやりと外を眺めていた。

 声に感情はなく、ただ情報の一つを確認するような響きだった。


 


 ■ ■ ■


 ユイカは十一歳。

 この家の中でも、もっとも“大人びた子”だった。


 話す内容はいつも冷静で、言葉の選び方もまるで書物から抜き出してきたように洗練されている。


 両親は貴族のような家柄で、育ての親も学問や礼儀に厳しい人だったという。

 あらゆる「正しさ」と「優秀さ」に囲まれて育った。


 でも、そんな彼女が、今ここにいる。


 


 ■ ■ ■


 「ねぇ、ユイカ。なんでそのこと、気になったの?」


 僕は静かに尋ねた。


 ユイカはすぐには答えなかった。


 でも、やがてぽつりとつぶやいた。


 「……ただ、最近、何しても楽しくないなって思っただけ」


 彼女の声は静かで、でも確かに“生きること”に疲れた誰かの声だった。


 


 ■ ■ ■


 ユイカの一日は、日が昇る前から始まり、学問、礼儀作法、記憶術、刺繍、薬草学……

 遊びという概念など存在しないような日々。


 誰よりも知識はあったかもしれない。

 でも、彼女の心は、置き去りにされてきた。


 


 ■ ■ ■


 僕は少し考えてから、あえてこう聞いた。


 「今日、なにかちょっとだけ楽しかったこと、あった?」


 ユイカは眉をひそめた。


 「……楽しかったこと?」


 「うん。ほんの少しでも、思い出せそうなこと」


 しばらく考えたあと、彼女は小さく笑った。


 「昼の“ふくれ菓子”の粉、思いっきり吹き飛ばしちゃって……アヤネに怒られた」


 「それは……なかなか派手だったね」


 ユイカは、ふふっと本当に笑った。

 その笑顔は、どんな学問よりも、彼女の“今”を教えてくれた。


 


——モノローグ(アレン)——

 「しにたい」って言葉の裏には、たいてい「生きるのがしんどい」が隠れている。


 そしてその“しんどさ”は、誰にも言えないほど小さくて、でも確かに心をすり減らす。


 僕は“答え”を持っているわけじゃない。


 でも、“一緒に思い出せる時間”なら作れるかもしれない。


 今日の笑顔が、彼女の明日につながる橋になりますように。

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