第17話 線を引くということ(アヤネ)
「ねえアレン、男の“○○○”って、どういう意味?」
突然、アヤネがみんなの前で言い出した。
ちょうど昼食が終わって、食器を片づけている最中のことだった。
周りの子たちは一瞬静まり返り、次の瞬間、くすくす笑い始める。
大真面目な顔で尋ねるアヤネと、その言葉に過剰に反応する周囲の子どもたち。
僕は一呼吸だけおいて、落ち着いた声で答えた。
「アヤネ、それは、ここでみんなの前で話すことじゃないよ」
アヤネはきょとんとしながらも、少しだけ困ったように首を傾げた。
■ ■ ■
僕は彼女をそっと縁側へ連れていき、向き合って話すことにした。
「なんでその言葉、言いたくなったの?」
「昨日、町の子が言ってて、すごく笑ってたの。だからアレンにも言ったら、面白いかなって」
「そっか。でもね、そういう言葉には“笑える空気”と“笑えない空気”があるんだ」
「うーん……むずかしい」
アヤネは唇を尖らせながら、でも真剣に考えていた。
■ ■ ■
この孤児院には、当然ながらさまざまな背景の子がいる。
親に放置されていた子、過干渉に縛られていた子、そして、早すぎる現実を見てきた子。
アヤネもまた、外から強い刺激を受けて育ってきた子だ。
「聞いたことを言いたくなる気持ち」は自然なもの。
でも、それをどこで、誰の前で話すか——そこには、ちゃんと“大人が教えるべき境界線”がある。
■ ■ ■
「じゃあさ、アレン。もし、また聞きたいことがあったら、こっそり言ってもいい?」
「もちろん。ただし、みんなの前じゃなくて、ここで、ふたりきりのときね」
アヤネはちょっと笑って、指切りをしてきた。
「じゃあ、今度は“へんな呪文”じゃないのにするね」
——モノローグ(アレン)——
子どもが投げてくる言葉の裏には、「知りたい」がある。
大人がそれを笑って流すか、真剣に受け止めるかで、その後の信頼はまるで変わってくる。
僕は、“なんでも許す大人”ではいたくない。
でも、“何を聞いても大丈夫な相手”ではありたい。
線を引くことは、拒絶じゃない。
それは、「ここが安全だよ」と伝えるための印なんだ。
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