第13話 まちがえても、大丈夫(ナツキ)



 「ごめんなさい……ナツキ、まちがえました……」


 昼下がりの作業部屋で、ナツキが肩を震わせていた。

 手に握りしめていたのは、他の子の名前が書かれた画用紙。


 それは、誰かの完成しかけていた絵の一枚だった。


 「これ、自分のだと思って……すぐ描いちゃって……ほんとに、ごめんなさい……怒らないで……」


 その姿に、僕はすぐにしゃがみ込んだ。


 「ナツキ、大丈夫だよ。描きかけだったけど、描いたのがナツキなら、きっときれいに仕上がると思うよ」


 「……でも……」


 「ちゃんと気づけたこと、謝れたこと、それだけで十分だよ」


 ナツキはその場で、少しの間じっとしていた。


 そして、ようやく目を上げて、小さくうなずいた。


 


 ■ ■ ■


 ナツキは昔から、「まちがえること」を極端に恐れていた。


 布を落としただけでも「すみません」と謝り、

 誰かが困っていると「ナツキのせいかも……」とつぶやく。


 彼女は、失敗よりも、“怒られること”のほうが怖かった。


 そして、“怒られること”の先にある、誰かの失望を何より恐れていた。


 


 ■ ■ ■


 ある日、僕はナツキと花壇の手入れをしていたとき、ふと思い立って聞いた。


 「ナツキ、自分で“大丈夫”って思えたこと、ある?」


 「……ないかも。だって、いつも、誰かが“よし”って言ってくれないと不安で……」


 「じゃあ、今日だけ“ナツキがよしって思ったらよし”にしてみようか」


 ナツキは驚いたように僕を見つめた。


 そしてしばらく考え、花の苗を植え終えたあと、ぽつりとつぶやいた。


 「……うん。たぶん、これで……いいと思う」


 その一言が、彼女にとってどれほどの一歩だったか。


 僕には、それが痛いほど伝わった。


 


 ■ ■ ■


 その日の帰り道、ナツキは笑ってこう言った。


 「今日、ナツキ、ちょっとだけ自分のこと、だいじに思えた気がする」


 僕は何も言わず、そっとその背中を見送った。


 


——モノローグ(アレン)——

 「まちがえても、大丈夫」——その言葉は、大人にとっては軽いかもしれない。


 でも、ナツキのような子にとって、それは世界のルールがひっくり返るほどの衝撃だ。


 誰かに許されるより、自分で「よし」と思えること。


 その感覚を、ゆっくり育てていけたなら——


 きっと、彼女の心は、もっと自由になっていけるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る