第10話 キライって、ほんとは……(アヤネ)



 「アレンのこと、キライだから!」


 唐突に投げつけられたその言葉に、僕は思わず足を止めた。


 食事の後片付けをしていたときだった。

 アヤネは、皿を持ったまま、ぷいと顔を背け、拗ねたような口調で言った。


 「そっか。じゃあ今日はおかわりなしだな」


 「……それはキライだけど、これは別!」


 思わず笑ってしまいそうになるのを、必死にこらえた。


 


 ■ ■ ■


 アヤネは七歳。

 このアルカナの家に来てからまだ三ヶ月ほどだが、すでに全員の名前と好みを覚えている。


 快活で、表情がころころ変わる子。


 だけど、不思議と“僕の前だけ”は、いつも刺々しい態度を取る。


 「アレン、あっち行ってよ!」

 「どうせアヤネのことなんて、見てないんでしょ!」


 でも、言葉とは裏腹に、常に僕の居場所を目で追っている。


 


 ■ ■ ■


 ある日、僕が他の子と読書をしていたときだった。


 アヤネは遠くから僕をじっと見ていた。

 やがて近づいてきて、ぐいっと僕の袖を引いた。


 「なんであの子ばっかり話してるの?」


 「読書が好きなんだって。アヤネは絵を描いてたから、じゃましないほうがいいかと思って」


 「……でも、アヤネはアレンとしゃべりたかったのに」


 僕は彼女の顔を見て、ようやく気づいた。


 この子は、「好き」が言えないのだ。


 “嫌い”という言葉でしか、自分の寂しさを表現できない。


 


 ■ ■ ■


 数日後、アヤネが別の子とけんかをして泣いていた。


 僕が近づこうとすると、彼女は叫んだ。


 「アレン、こないで! あっち行って!」


 でも、その目は——泣きながらも僕を探していた。


 「わかった。そばには行かない。でも、ここにいるから」


 そう言って、少し離れた場所に腰を下ろした。


 しばらくして、アヤネがとことこと歩いてきて、僕の隣にちょこんと座った。


 「……アヤネ、ほんとはアレンのこと、キライじゃない」


 「うん、知ってた」


 「……でも、好きって言うの、なんか恥ずかしいじゃん……」


 「じゃあ、たまにキライって言ってもいい。その代わり、ちゃんとそばにはいるから」


 アヤネはうつむいて、恥ずかしそうに笑った。


 


 ■ ■ ■


 夜。月明かりが廊下に伸びる頃、僕はアヤネの描いた絵をそっと眺めていた。


 そこには、大きな木の下で、手をつないで笑う二人が描かれていた。


 ——片方の人物の髪の色は、明らかに僕だ。


 


——モノローグ(アレン)——

 子どもの「キライ」は、ときに「見てほしい」の裏返し。


 アヤネの言葉に傷つきそうになった日もあったけど、その裏の声に耳を澄ませたとき、ようやく届いた。


 大人は、正面の言葉だけで判断してはいけない。


 彼女がようやく見せた“素直”が、こんなにもまぶしくて、嬉しかった。

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