第8話 才能(カズマ)



 「できた……落ちないよ、アレン。これ、見て」


 静かな声に振り返ると、カズマが積み木を見上げていた。

 それはもう“積み木”というにはあまりに精巧で、美しい構造だった。


 左右非対称の多重構造。

 重心を見事に捉え、風が吹いても倒れないような配置。


 「……これ、一人で組んだのか?」


 「うん。ここに空気が通る道も作った」


 僕は思わず、言葉を失った。


 カズマの周囲にはいつも“落ち着きのなさ”がつきまとっていた。

 注意してもどこか上の空、話しかけても耳に届いていないかのような反応。


 でも今、目の前の彼は一点をじっと見つめ、指先に全神経を集中させていた。


 


 ■ ■ ■


 カズマは、重めの神経過敏の症状を抱えている。


 光や音、肌触りにとても敏感で、少しの刺激にも疲れてしまうことがある。

 そのため、朝から機嫌が悪かったり、急に騒ぎ出したりする日も少なくなかった。


 また、特定のことに異常な集中を見せる一方で、日常のルールや人の気持ちを汲み取ることが苦手だった。


 医師の判断では「神経系のバランスが不安定」と言われた。

 僕はそれを、**“才能と生きづらさが同居している”**と理解していた。


 


 ■ ■ ■


 ある日、僕が彼に何を作っているのか尋ねると、カズマはさらっと答えた。


 「これ、魔獣がぶつかっても壊れない塔。魔力衝撃も分散できる構造にしてある」


 「……それって、自分で考えたの?」


 「うん。こうしたら、壊れにくいって、頭の中で見えた」


 彼は「感じる」のではなく、**“視えている”**のだ。


 脳内で構造を組み立て、それを再現している。

 まるで設計士か魔法工学士のような完成度だった。


 


 ■ ■ ■


 だが、彼の才能は、ときに他の大人たちに正しく理解されなかった。


 「集中しない」「協調性がない」「言うことを聞かない」


 そういった“表面”だけを見て、カズマを問題児扱いする者もいた。


 けれど僕は知っている。

 彼の“ズレた集中”の先にあるのは、誰よりも深くて、誰にも真似できない“可能性”なのだと。


 


 ■ ■ ■


 その日の夕方、カズマは一人で作業台に向かい、紙を折っていた。


 「何してるの?」


 「……翼。魔導船の、安定用の」


 「船を作るの?」


 「ううん、まだ無理。でも、形だけでも考えておきたい」


 彼の手元には、たくさんの失敗作の紙が重なっていた。


 でも、その中にある一枚だけが、見事に滑らかな線で折られていた。


 


——モノローグ(アレン)——

 “普通”から外れた集中は、ときに“才能”の始まりでもある。


 カズマの目は、見えないものを捉えている。


 僕たち大人が、その視線を止めないように。

 その興味を押し潰さないように。

 

 そっと背中を支えられる存在でいたいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る