50話〜59話

第50話

 ジェダについて、セシルから話を聞いた後、僕は魔界を少し散策することにした。

 以前いた時は、城の中でずっと剣の稽古をしたり、肉体強化などをやっていたので、外を出歩くことはしていなかった。

 見上げた空には雲のような漆黒の闇が広がり、だが決して暗いわけではない。まるで月がいくつかあるような、だが光源がどこにあるのかわからない。

 そう、それは木漏れ日のようだった。

 歩いた先にあった祠。かつてここが冥界と呼ばれていた頃、ここがジェダの住まいだったらしい。


「ジェダは亡くなってしまったのでしょうか」


「うわ! セシル、ついて来てたの?」


 僕は驚いて体を飛び上がらせると、それを見て笑いを堪えられなくなったセシルは腹を抱えていた。


「そんなに笑わなくてもいいでしょ」


「すみません。普段が澄ました感じですので、意外と女の子らしいんだなと」


「女の子……か。そんなこと久しぶりに言われたかも。一人称が僕だし、それに……強いからね」


 僕はそう言うと、祠に入った。


「ほう……」


「年月の経過を感じますね……」


「というか、天界から観測してたんじゃないの? 冥界は流石に観測できなかったり?」


 僕がそう言うと、セシルは頷いた。

 そして他にあった朽ちたティーカップを手に取ると、懐かしむように笑みを浮かべた。


「もしかしたら、天上からならわかりませんがね」


「つまり、セレスなら見れていたはずだ、と?」


「そうですが、そうではないと言うか……姉上は眠っていましたからね」


 家の中を探索し、僕らは魔界の奥へと進んでいく。

 ジェダの手掛かりは見つかりそうもない。僕とセシルはかつての冥界の扉付近まで深く入り込んでいた。


「ここまで何もないか。厳しいかもね」


「ですが、我々はジェダを探しに来たわけではないでしょう?」


「確かに。セレスから逃げてきたんだった。追手は……来てないよね?」


「そうみたいですね」


 僕らが安心してそう話しをしていると、冥界の扉はゆっくりと、その口を開いた。


「な、何!」


 驚いた僕は声を上げた。すると、扉の向こうからひょっこりと顔を覗かせる人物がいた。


「えっと……セシルさん?」


 女性はぽかんとした様子でセシルの名を呼んだ。それはまるで、寝起きのような雰囲気だった。


「お久しぶりですね。エリゼさん。なるほど、ジェダの元で眠っていたのですね」


「ええ……そちらは?」


「シャルロッテです。色々あるんですが、セレスの新しい写し身です」


 エリゼは頭を抱えて溜息を吐いた。


「あの子はまた……ややこしいことしているのね」


「ええ……更にまたややこしいことになっているんです」


「そうなのね。立ち話も何だから、入って」


 冥界の扉をまるで我が家の玄関扉のように言うエリゼ。

 僕とセシルは恐る恐る中へ踏み入った。


「冥界の扉なんて言われているけど、普通に家の扉なんだよね」


「本当だ……」


「兄上、久しぶりですね」


 ジェダが奥から顔を出し、セシルにそう言うと、セシルは少し潤ませた目で彼を見つめていた。


「その……なんだ。なかなか冥界に来ることができなくて……」


「いいよ。兄さんも最上神として忙しかったんだろう? 仕方ないよ」


 優しい笑みを浮かべたジェダはそう言うと、椅子に座った。


「にしても、気付かぬうちに魔界と呼ばれるようになっていたとは……」


 僕が色々と話をした後、ジェダはまるで他人事のように言うと、エリゼが淹れてくれたお茶を飲んでいた。

 エリゼはまるで夫人のようで、使用人のようで、簡単に言えば良きパートナーのようだった。


「丁度、エリゼが目を覚ましたんだ。彼女は僕の元で眠っていたからね」


「屋敷じゃなかったんだ。皆は屋敷で眠ってて、エクセサリアが海に沈んで散り散りになったみたいだけど」


「エクセサリアが沈んだって、どういうことなの?」


「僕も調べているんだけどね。なんとなく、嫌な予感がしてる」


「嫌な予感?」


 エリゼは僕の言葉に首を傾げて食いつく。

 僕は少し呼吸を整えるように息を吐いて、吸った。


「セレスの仕業……かもしれない」


 僕の言葉を聞いてエリゼはもちろん、ジェダも驚いた様子だった。


「僕がセレスの写し身だから、よく分かるんだけど、退屈しのぎ。ただそれだけの為だ」


「そんな……でも、あそこにはセレナも、それにエクセサリアの王家だって……」


「セレナは流石にもう亡くなっていたよ。でも……うん、かつて自分が愛した国を……ね」


 僕の言葉の歯切れの悪さに、セシルが何か気づく。

 彼は僕の背中を擦ると、僕の顔を覗き込んだ。


「大丈夫……少し頭痛がするだけだから」


 僕はそう言うと、一つ息を吐いた。

 僕に襲い掛かっていたのは、知らない記憶。それはエクセサリアが沈みゆく光景だった。


「世界が変わる瞬間、それをセレスは見たかったんじゃないかな」


「だからってそんな……」


 エリゼは言葉を失っていた。しかし、ジェダは僕らがここに来た理由を訊ねる。


「二人はどうしてここへ?」


「そこなんだ。セレスが暴走している。僕らを邪魔者扱いし、さっきもセリスに襲われたんだ」


「あー、セリスって洗脳に掛かりやすいたちだから……」


 エリゼが呆れたように言うと、セシルは僕に感謝の言葉を述べる。


「危ないところでした。私が行きているのも、シャル様のおかげです」


「シャル……様?」


 エリゼは首を傾げたが、僕は一応創造神の一員であることを告げると、ジェダと二人でまた驚いていた。

 二人は咳払いをしてから僕を見遣った。

 僕は二人に背を向けると、セシルを二人に預け、転移魔法を使った。


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