第49話

 そんな場所は存在しない。

 どこかでそう思った。多分それは、どこに行っても、僕とセシルの二人はセレスの邪魔になるからだ。

 ならば何故セレスは僕を作ったのだろう。そんな疑念が、疑問が僕の脳内を埋め尽くす。

 そんな状態で転移魔法を唱えたものだから、僕は転移に失敗していた。


「シャル様!」


 セシルが大声を上げる。僕はハッとしてセリスの剣を素手で受け止めた。

 手から流れ出る血。それを見たセシルは慌ててセリスを蹴り飛ばし、僕の傷を見た。


「しっかりしてください!」


「大丈夫。これくらい別に……」


「傷のことではありません!」


 つまり、ぼーっとしていた僕にしっかりしろと言うことだ。

 僕はセシルを真っ直ぐに見つめて頷くと、立ち上がり、セリスの方を向いた。


「僕が……何のために生まれたのかは知らない。でも、少なくとも君達に傷付けられるためじゃないってのはわかる」


「シャル……どうして姉上の邪魔をする」


「邪魔? 僕はそんなつもりないよ。そもそも、僕が旅をして、世界の異常をどうにかしろって言ったのはセレスじゃないか」


 僕はそう言った。ある意味、自分の中での答え探しみたいなものだった。

 そう、セレスが僕に命じた下界の平定。それをセレスは邪魔な行為と見做した。

 正直、僕の中で全く腑に落ちないし、筋が通っていない。

 だが、セリスやかつてのセレスの仲間たちはセレスに従い、僕の元を去った。

 リゼもルティスの意志がそうさせているのだろう。


「シャル、私はシャルと一緒にいたい。だから、セレス様に従って……」


「だから従っているじゃないか! エクセサリアを元に戻すことだって、セレスだって望んだことだ!」


 リゼに対して僕は強く言う。


「姉上はそんな事を望んでいない」


 セリスは冷ややかな声でそう言うと、僕の元に素早く移動した。


「セリス……」


「姉上が望むのはこの世界の掌握だ」


「掌握……そうか。全くセリスは昔から変わらないな。そうやってボロを出す。だから、セレスから信用されていないんだ」


 僕はセリスを蹴り飛ばすと、セシルの手を取り転移をした。


「うお! シャルじゃねえか!」


「ごめんリュート。いきなりで。あ、こちらは西の神様のセシル」


「ど、どうも」


「神様……そ、そうか……」


「ん? この気配は……」


 セシルは何かに勘付いた。リュートをマジマジと見つめ、そして匂いを嗅ぐ。


「す、すまねえ、昨日は風呂に入りそびれて……に、臭うか?」


「いえ、あなたはジェダの居場所を知っているのですか? あなたから僅かにジェダの気配が……」


 セシルはそうリュートに訊ねると、思い出したように、僕の手を見た。


「そういえば、シャル様の手……傷が治っていますね」


「うん、治癒魔法は自動起動させるようにしてるからね」


「シャルは……また強くなったのか?」


「まあ創造神だからね。無限の魔力でどうにかなるんだよ。治癒魔法の自動起動なんて、一般人がやったらすぐに魔力が涸れてしまうよ」


「あはは……確かにな」


 苦笑いを浮かべるリュートは、玉座に座ると、溜息を吐いた後、セシルを一瞥しそして視線を床に落とした。


「ジェダ……冥界の神。俺は会ったことはねぇが、かつての魔王達は、彼から力を得たと言われている」


「魔王の存在は私も知っていました。しかし、肝心のジェダの様子が分からず、今どうしているのか知りませんか?」


「すまない。俺も、魔王から力を注いだだけで、ジェダ様には会ってねぇんだ」


 リュートは申し訳なさそうにそう言うと、立ち上がった後、数歩歩いてから僕らに背を向けた。


「恐らくこの魔王城の地下。そこに冥界の更に向こう側の門がある、とされている」


「されている?」


 僕は首を傾げてリュートに訊ね返した。


「ああ。誰も知らない。謂わば禁忌だ。存在を知ってしまえば好奇心でそこに行きたくなるし、弄りたくなる。それ以上触れるべきではないものに触れると、何が起こるか分からねぇ……」


「確かにそうだけど……大事な場所なら、ちゃんと管理するべきじゃ……」


 僕がそう言うと、リュートは軽く笑いながら「違いねぇ」と言う。


「俺はそう思うが、過去の魔王達はその上に魔王城を作ることで、異常に察知できるようにしたらしい。蓋をしておけば中身が溢れそうなら感じ取れるだろ?」


「それも一理あるけど、現状管理しているとは言い難いよね?」


「そうだが、それ以上はダメな気がするんだ。開けると何が起こるか分からねぇ。そこに何があるのか……」


 僕は溜息を吐き、それを合図にし話を変えることにした。


「リュート、僕らがここに来た理由だけど、セレスティアが暴走しているんだ。それで、彼女はかつての仲間達を使って、反乱分子を排除している。もちろん、僕も反乱分子らしい」


「まじか……リゼは?」


「リゼも……リゼは、かつてのセレスの仲間だったバハムートの魂が生まれ変わったんだ。それで彼女もあちら側にいる」


 リュートは溜息を吐く。それが何度目かは僕は数えていなかったが、かなりの数だ。


「わかった。でも、俺達にはどうすることもできねぇ。シャルの力に頼るしか……」


「もちろん。それが僕の使命だもん」


 そうだ。僕はこれでいいんだ。

 そう思った僕は、腰に携えたライトブリンガーの柄に手を置いた。


「セレスの妹のセリスと、それからリゼにも襲われた」


「そうか……」


「まあ、僕一人でどうにかなるけど……仲間全員で来られたら……。それに、リゼ相手には下手ことできないから」


「俺達は気にするな。気に入らないやつはぶん殴れ」


「わかった。次、リゼに会ったら容赦しないよ」


 僕はそう言うと、セシルの方を見てニコリと笑って見せた。

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