第3話 魔法使いの店


カンッ! カンッ!


「クロム~、そろそろ起きて~!」


「あ~、もう少し寝かせてくれ~」


 僕は仮眠用のベッドで寝ているクロムを起こすため、台所にある小さい鍋をすりこぎ棒で打ち鳴らす。


 だが、クロムは小さく唸りながら枕で耳を塞いでしまい、起き上がる様子はない。


「テオ達がもうすぐお店に来るよ~、クロムもあの子たちのために昨日も頑張ってたんでしょ?」



 村に住んでいる子供の中でも年長者であるリリー達は、少し前から大人たちと一緒に仕事をしている。


 その仕事ぶりを見ていた村長や村の大人達が、そろそろ本格的に仕事を任せても大丈夫だろうと判断したので、僕とクロムがその仕事道具を用意する事になっていた。


 クロムが夜遅くまで起きて仕事をしていたのも、今日が初仕事となる子供たちの仕事道具を入念に確認していたからだ。



「う~ん、わかってる……zzz」


「どうしよう、困ったなぁ」


 僕もクロムの気持ちと苦労を知っているからこそ、起こすべきだと判断したが、あまり乱暴な方法で無理やり起こすのは抵抗がある。


 だが同時に、自分たちで用意した仕事道具を直接受け渡して、子供たちの喜ぶ顔をちゃんと見て欲しいとも思う。


「仕方ない。覚悟を決めるか」


 僕は枕で隠れているクロムの顔に近づき、両手に魔力を纏わせてある魔法を発動する。


「悪いけど、起きてもらうよ」


 僕は最後の警告として声を掛けると、クロムの顔へ覆いかぶさるように手を伸ばす。


 そして、魔法で生み出された黒い霧を纏う両手で、クロムの顔にそっと触れる。


「zzz——っ!!?」


「えっ、うわっ!?」


 ところが、僕の手がクロムの顔に触れる直前、急に目を開けたクロムが僕の両手首を素早く掴み、ベッドの上へ僕を転がすように引っ張った。


 ドン! ズシィ!


「痛っつ、ぐえっ!!」


 ものすごい音と衝撃が部屋中に響き渡り、僕はクロムにベッドの上で組み伏せられ、そのまま身動きが取れない様に圧し掛かられてしまった。



「はぁ、はぁ……えっ、ユウ?」


 冒険者として荒事は慣れている方だが、細身な魔法使いの僕では、普段から鍛冶仕事や村の手伝いで力仕事をしている獅子獣人のクロムに筋力で勝てるはずもなく、僕は抵抗すらできないまま拘束されて、クロムに腕を捻りあげられてしまった。


「いたい、いたい! 目が覚めてるなら放して!!」


「わ、悪い! なんか急に危ねぇ感じがして、つい……」


 クロムは直ぐに手を放してくれたが、捻りあげられた腕にはまだ激痛が走っている。


 僕は涙目になりながらクロムへ訴え掛けると、寝起きで頭が回っていなかったクロムも慌てて拘束を緩めた。


 バンッ!! カラン、コロン! 


 その時、まだ開店していない店のドアが乱暴に開かれた音が響き、来客を知らせるドアベルが鳴り響く。


「えっ?」


ドン、ドン、ドン!!


 そして、ドアベルが鳴り止むよりも早く、誰かが階段を勢いよく駆け上がってくる音と振動が伝わって来た。


「な、なんだ?」


 ダンッ、ズサー!


 階段を蹴るように飛び上がり、大きな足音と共に颯爽と僕たちの目の前に現れたのは、胸元が開けたベストを羽織り、ゆったりしたズボンに腰巻きをした。金色の毛並みを持つ狐獣人の男性だった。


「大丈夫かお前らっ! ものすげぇ音が聞こえたが、何が……何やってんだお前ら?」


 雷のような激しい音と共に現れた狐獣人は、焦った様子で心配そうに僕らへ話しかけて来たが、その声は僕たちの状況を見て次第に小さくなる。


 そして、狐獣人が眉をひそめると、その言葉はだんだん冷たく重たい声になっていく。


「えっ、ヴぁ、ヴァル兄?」

「ヴァルトさん! なんで、ここに!?」


「いやいや、それよりもクロム。——てめぇ、ユウに何してんだ?」


 突然現れたヴァル兄に、僕たちは驚いて固まってしまったが、ヴァル兄は僕たちの方へ静かに歩み寄り、ベッドでうつ伏せに倒れていた僕を見た後、その真上で覆いかぶさるような体制だったクロムの肩に、そっと手を乗せた。


 ヴァル兄は狐獣人にしては体が大きい方で、身長も獅子獣人のクロムと同じくらいある。


 そして、ヴァル兄は村の自警団の団長を務めている格闘家であり、接近戦ならば村で一番強い。



「いだだだだだだだだ――――!!! すみません! すみません!!」


 ヴァル兄は手早くクロムから僕を開放すると、クロムに組み付き華麗に関節技を決める。


「いーや、許さないな。オレの大事な弟分のユウが、寝坊助なお前を起こしてやったのに、起きないどころか、力任せに組み伏せていう事を聞かせようなんて、万死に値する!!」


「だから、誤解ですってぇ――――!!!」


 僕はすぐに事情を説明したのだが、ヴァル兄はクロムを締め上げるのを止めず、むしろ力を強めている様だ。


 


「ヴァル兄、そのくらいで許してあげて、魔法で起こそうとした僕にも非はあるから」

「いや、駄目だ。お前のことは親父さん達に頼まれてるからなぁ。こんな危険な奴、罰も与えずに野放しにする気はねぇ!」


「すみませんっ! ほんとうにっ! あがっ、ゆるしてくださぁあああーーっ!!」


 僕が説得してもヴァル兄はクロムを締め上げる力を緩めず、寝起きで頭の回っていないクロムは、碌に抵抗もできないまま、少しずつ締め上げられていく。


「ねぇ、お願いだからさ、今日はこの辺で許してあげて! リリー達もお店に来るし、ヴァル兄もそのためにお店まで来たんでしょう?」


「ああ、そうだ。だが、こいつの悪行を見逃す理由にはならねぇなぁ~」


 僕が子供達の話題を振るとヴァル兄の力が僅かに緩んだが、まだクロムを開放するには理由が足りないようだ。


「あががががっ~~~!!」


「それじゃあ、あのさっ——」


 僕はヴァル兄に近づき、耳元に手をかざして囁いた。


「ヴァル兄のお願い、1つ聞くからさ、放してあげて、お願い」


 ピタッ!


 散々迷ったが、目の前で締め上げられて、白目をむき始めているクロムを救うためには、なりふり構っている場合ではない。


 その言葉を聞いたヴァル兄は耳をぴくぴくと動かし、嬉しそうに尻尾を揺らすと、クロムの拘束を緩める。


「ほぉ~、何でも聞いてくれるのか?」


 ヴァル兄は正面から僕の顔を見て意地悪そうに笑い、僕は目を逸らしながら渋々頷く。


「……ぼくに、出来る事なら」

「よ~し、良いだろう。クロム、次からは気をつけろよ!」


「——は、い。ごほっ、ごほっ!」


 ヴァル兄は先程までの冷たい表情から一変して、急に機嫌が良くなり、あっさりとクロムを開放した。


「んじゃ、俺は下で待ってるから、準備が出来たら降りて来いよ」


 ヴァル兄は朝食が用意されたテーブルに気づくと、そう言って階段を下りて行き、残された僕とクロムは同時に安堵のため息をこぼした。


「はぁ、色々とごめんね」

「いや、俺の方こそ、悪かった」


 お互いに謝罪した後、2人して苦笑しながら体を動かし、用意していた朝食を食べ始める。


「そろそろ、子供達が到着する頃だね。着替え終わったら準備しておいて」

「わかった。すぐに行く」


 朝食を済ませると、クロムはすぐさま作業着に着替えて店にある工房へと向かい、僕は店にある来客用のソファーに腰掛けるヴァル兄と一緒に、子供たちへ渡す仕事道具の整理に取り掛かった。






  魔法を取り扱う店は大きく分けて2種類ある。


 1つは武器や防具、魔法道具など、物に魔法を込めた道具を売っている店。


 もう1つは、水薬や解毒薬など、魔法で作り出した薬を扱う店である。


 小さな村でもどちらかの店があれば、立ち寄る人が増える程に需要が高く、冒険者や旅行者が立ち寄る場所では、宿屋と同じくらい必要とされている店だ。


 フロックス村には、ユーラスが店長を務める【夜空の星屑】と、村人のエルフが店長を勤める【聖樹の雫】という薬屋がある。


 2つのお店は近くに建てられているので、村人たちは買い物をする時、挨拶も兼ねて用が無くても両方の店に顔を出すことが多い。


 フロックス村の村人達はどちらの店も良く利用しているので、店の常連でもある宿舎の子供たちは、旅館から迷うことなく4人で店の近くまでたどり着いていた。


「早くユウ兄たちの店に行こうぜ!」


 先頭を歩いていたテオはお店が見えてくると、少し足早になり私達にそう言ってくる。


「駄目だよ。先にアイナさんのお店に行かないと。お使い頼まれたでしょ」

「あっ、そっか。そうだった」


 私がそう言うと、テオは誤魔化すように笑いながら頬を掻いた。


 どうやら、本当にお使いの内容を忘れていたらしい。



 ユミトさんから頼まれたお使いの1つは、村にある薬屋【聖樹の雫】に届け物をする事。


 その薬屋は、大きな樹木の中に建てられたお店で、巨大な木に扉と窓が取り付けられたシンプルな作りだが、今も成長を続ける巨大な木に守られた魔法の家でもある。


 「それじゃさっそく、おはようございます!!」


 私とテオが話している隙に、フェイがいつの間にか薬屋の入り口に立っており、勢いよく扉を開けると大きな声で挨拶をして、一足早く中に入ってしまった。


「あっ、待てよー!!」


 テオは慌ててフェイの後を追いかけ、私とシュニはその場に残されてしまう。


「はぁ~~」


 好き勝手に動く二人の行動には慣れているつもりだったが、こう何度も繰り返されると流石に疲れる。


 私は、特に我慢するわけでもなく、その場で深いため息をつく。


「リリーおねぇちゃん……元気出して、わたしたちも早く行こう!」

「シュニだけだよぉ~、私の言うことを聞いてくれるのは~」


 私は、ふわふわなウサギ獣人のシュニをそっと抱きしめて、心の疲れを癒す為にその柔らかい毛並みを堪能する。


「ありがとう、ちょっと元気出た!」

「えへへ、それなら良かった」


 私がお礼を言って頭を撫でると、シュニは嬉しそうに笑いながら私の手を握り、2人で薬屋の中へと入って行った。


 店の中は様々な色の液体が入った、いろんな形をした瓶が棚に沢山並んでおり、カウンターには薬草と薬を調合するための道具が置かれていた。


 しかし、店の主である店長の姿が見えず、テオとフェイの2人は勝手にカウンターの奥にあるドアを開けて、店の奥まで家主を探し回っていた。


「ちょっと、2人とも! そんなことしちゃ駄目だよ!!」


「だって、だれも居ねぇんだもん。ちゃんと声はかけたぜ?」

「何度も読んだけど、返事なかったし。アイナ姉、2階にいるのかな?」


 私は慌てて2人を注意したが、テオとフェイもお店には何度も来ているので、普段と様子が違う薬屋に困惑していたのだろう。


 普段なら、カウンターか奥にある調合部屋に、薬屋の店長であるエルフの女性が居るはずなのだが、今日はその姿が見えない。


「でも、そんな勝手に……シュニ?」


 私がテオとフェイを止めようと前に出ると、シュニに服の裾を掴まれ、咄嗟に振り返った。


「……リリーおねぇちゃん、あそこ」


 シュニが指さしたのは、先ほど私たちが入って来た。薬屋の出入り口である扉だった。


「ドアがどうしっ……えっ?」


 シュニが指さした場所を見ても何もない、普通の扉だったが、私は何か違和感を覚え、注意深く扉の周りを観察する。


「……っ、何これ!?」


 すると、扉の側には大きな半透明の靄が掛かっていた。


「ふふふっ、見つかっちゃった」


 私とシュニが扉の方を凝視していると、誰もいないはずなのに正面から声が聞こえ、半透明だった靄がぐにゃりと歪むと、その中から声の主が姿を現した。


「ふふ、よく気が付いたね」


 扉の側に現れたのは、長い金髪に緑と白の綺麗なローブを着たエルフの女性だった。


「アイナ姉ちゃん! 隠れてたの、いつから!」

「どうやって隠れてたの!?」


 彼女が私たちの探していた薬屋の店長、アイナリンドさんである。


 私達は、アイナさんが何もない所から突然現れたことに驚きつつも、彼女が店に居たことにみんな安心していた。


「最初からいたわよ、シュニには見破られちゃったけどね」


「もう、びっくりしたじゃんか」

「全然気づかなかった~どうしてすぐに教えてくれなかったの?」


 アイナさんは楽しそうに微笑んでいるが、隠れているアイナさんを見つけられなかったテオとフェイは少し不満そうに文句を言っている。


「でもすげぇ! どんな魔法?」

「<不可視インビジブル>ってやつ?」


「そうね。でも、私達の魔法は、それだけじゃないの」


 見たことのない魔法に興奮しているテオとフェイがアイナさんに詰め寄ると、音もなく姿を現した黒い竜人の女性が2人の背後から肩にそっと手を置いて話しかけた。


「うわぁあああ! サラ姉も居たの!?」

「ビックリした~」


「うふふ、面白い姿が見れたわね。アイナと新しい魔法の実験をしていたんだけど、折角だから皆にも見せてあげようと思ったの」


 テオとフェイの背後に現れたのは、動きやすさを重視したタンクトップにショートパンツを着た。セアラと言う名前の黒竜人の女性で、村の自警団の副団長を務めている。


 サラ姉とアイナ姉は、服装も性格も真逆だが、同じ長命の種族で年齢が近いからか趣味が合うらしく、仲良く話している姿は本当の姉妹の様だ。


 ただ、2人は新しい魔法の開発が好きすぎて、今の様に村人たちを相手に新作魔法の実験と称して、悪戯する事がある。


 今までも何度か村人相手に新作魔法の実験をしていたらしく、ユウ兄やクロムさんが良く被害にあっていたらしい。


 ただ、村長に「やり過ぎは禁止じゃ」と注意されてから、大人しくなったそうだ。


「やっぱり、驚いてくれる方が楽しくていいわね。村長とユウはすぐ気づいちゃうし、ヴァルトとクロムは怒ると面倒だし」

「まぁ、見破ってくれないと村の安全を守る自警団としては困るんですけどね」


 しかし、2人に反省している様子はない。おそらく、上手く隠れながら魔法の実験を続けていたのだろう。



「そろそろシュニとリリーにも見破られちゃうかしら?」

「まぁまぁ、それはあとで考えるとして。みんな用事があって来たんでしょう?」


 サラ姉とアイナ姉は魔法の悪戯が成功して満足そうに笑い、私達に要件を訪ねる。


「そうだった。これをユミトさんがアイナさんに渡してって」


 私がユミトさんから預かっていたメモと袋を鞄から取り出して、アイナさんに渡すとセアラさんとアイナさんはくすくすと笑いだした。


「リリーも皆みたいに、ユミトや私達の事“お姉ちゃん”って、呼んでくれても良いのよ?」

「その方が呼びやすいんじゃない?」


「そ、それは……ちょっと」


 私は顔が熱くなり、2人の視線に耐えられず目を逸らした。


「ふふ、リリーは4人の中ではお姉ちゃんだからね。真面目に頑張ってるのよね~」

「でも、私達にとってリリーは可愛い妹同然なんだから、偶には甘えても良いのよ?」


「……は、はい」


 アイナさんが私の頭を撫で、セアラさんが言い聞かせるように私の耳元で囁く。


 私はその姿をフェイ達に見られているのが恥ずかしくて、体から火が出ているかと思った。


「え~と、メモの薬と材料は用意できているから、私達もユウのお店に行きましょうか」


 アイナさんは私から受けっとった袋の中身とメモの確認を終えると、セアラさんと目を合わせて微笑みながらそう言った。


「おねぇちゃん達も一緒に来るの?」

「そうね。その方が楽しそうだし、一緒に行くわ!」


 シュニが嬉しそうに2人へ尋ねるとセアラさんは少し考えた後、笑顔で了承してくれた。


「よし、今度は俺が一番乗りだ!」

「あっ、ずるい! 待てー!」


 話がまとまると、テオは一番に店から飛び出し、フェイがその後を慌てて追いかけていく。


「うっ……」


 シュニも一緒に行こうとしたが、扉の前で私たちの方へと振り返り、2人を追いかけるのをじっと我慢している。


「リリーも一緒に行ってあげて」

「私達も直ぐに向かうから」


「あっ、はい。ありがとうございます。行こう、シュニ」

「はい!」


 私とシュニは、アイナさんとセアラさんにお辞儀をしてお店を出ると、手を繋いでユウ兄の居るお店へと向かった。



「元気いっぱいね。そんなに嬉しいのかしら」

「そりゃあ、そうでしょう。あんなに訓練して、やっと許可が出たんだから。気合が入るのは、誰でも一緒でしょ」


「それもそうね。さぁ、私達も必要な物を持ったら、ユウのお店に行きましょう」


 子供たちを見送った後、私達はユミトや村長に頼まれていた薬と道具を持って店を出ると、休憩中と書かれた看板を扉の前に掛けて、ゆっくりとユーラスのお店に向かうのだった。

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