第15話

あれから訓練場へ通いつめて早2日。

息付く暇もなくランク戦当日が来てしまったんだが。

まあ通いつめたとか言って、特に急成長した感じは全くないけどな…。


そんな今も脱退の危機に晒されている俺は、顔を引きつらせたまま、出来上がったという専用の戦闘服に袖を通した。

8番隊の戦闘服は夜目立た無いよう黒とか紺とかが貴重になるらしく、俺も例に違わず紺色のMA-1ぽいジャケットとそれに合った緩めのカーゴパンツが用意されていた。

知逢の服よりも全体的に動きやすそうな…言うなればストリートダンサーのようなデザインだ。

更には俺の跳躍の能力を活かす為、特に靴には強いこだわりがあるとかなんとか……。


「うん、まあ良い感じかな。」


そう呟いた、傍らで工具を持ちながら衣装の隅々まで念入りに確認しているのは、製作者である2つ歳上の8番隊オッドルーク、柊木 朗ひいらぎ ろうだ。

漆黒のサラサラ髪に透き通った肌な上、めっちゃ美形。

何だか俳優さんとかに居そうな出で立ちである。


ろうはさっきから俺の踵あたり……つまり例の"こだわりの靴"をすんごいガチャガチャいじっていた。


そこに一体何が入ってるのだろうか……。


まぁ…とは言えども、やっぱり専用の衣装という響きは俺の心を高ぶらせ、不安しかないランク戦にも少しばかり気合いが入るというものだ。


なんて、大人しくされるがままになっていると、


「おぉ!中々いいじゃん!!」


突然バタリと騒がしい音を立てながら扉を開け、知逢ちかがずかずかと入ってきた。

騒がしいが彼は、ここ2日ほぼ付きっきりで訓練に付き合ってくれた恩人である。

かなりスパルタ…と言うか実践あるのみって感じだったが、知逢のお陰で能力のコントロールが大分しやすくなったし、戦いの動き方も分かってきた。

まあ、データの記録はそう簡単には変わってくれないようで、俺は依然としてランク外なんだけどさ。


……でも、そういえば衣装制作の為、朗に俺のデータを見せた時、


『その人が持ってる能力の使い勝手も考えて推測されてるから、データにのってる推定順位は合ってない事の方が多いよ。』


と言われたので、まだ希望は捨てなくても良いかもしれん。


理紅りくのにも何か付いてる?」


知逢が朗と同じように俺の踵あたりにしゃがんだ。

……だからそこで一体何が起きてんだ。


「それは本番でのお楽しみ。理紅君が能力使ったら分かるよ。」


何か仕組んであるって事でしょうか。

そんなこと初耳な俺は、ちょっと恐怖する。

もしかして、バズーカ砲とか出ちゃったりするタイプの服じゃないよな?


「え〜ケチ〜〜それじゃ俺、理紅と当たらなきゃ分からないじゃん。」


俺の気持ちを他所に、知逢は口をとがらせた。

こいつはいつも俺の気も知らず、楽しそうだ。


すると、コンコンと今度はちゃんと部屋のノック音が聞こえてくる。

朗では無く、何故か知逢がどうぞ〜と返事をすると、香深かふかが顔を覗かせた。


「そろそろ時間だけど…大丈夫そうかな?」


もう出なきゃいけない時間がきたようで、香深がそう言って持っていたカバンをチラつかせた。

ついに来たか…と、俺の中をドキドキと緊張が走る。

香深が現れた事に嬉しそうにした知逢が「香深〜〜」としっぽを振った犬のように駆け寄っていった。

すると、後ろでガチャガチャしていた朗がようやく立ち上がり、


「出来たよ、理紅君。」


とこちらへ顔を向け、ニコリと微笑んだ。


そんな爽やかな笑顔を向けられたら、つい惚れ惚れしてしまうが。


惚けたまま俺が「ありがとうございます……」とお礼を口にすれば、朗の言葉を聞いた香深からもどれどれと興味を向けられた。


「ふふ、理紅によく似合ってるね。」


と香深も穏やかにそう笑ったので、なんだか俺はちょっと照れつつポリポリと頬をかく。

一部始終を見ていた知逢が、くるりと俺の前へやって来て肩をガシッと掴んだ。


「じゃあこれ着て任務する為にも、ランク内目指して頑張らなきゃだね!!」


おっとそうだった、俺窮地に立ってたんだった。


「うっ……おう、ガンバル。」


知逢の爆弾に、俺の忘れかけてた緊張感が急いで踵を返す。

急に片言になった俺に構わず、知逢はぐっと親指を立ててみせた。

こいつ、他人事だと思って…。


「まぁそう固く構えないで。ランク外になっても一応精査が入るから、そう簡単には脱退にならないと思うし…。折角今日は初めてのランク戦だもん!楽しんで。」


カチコチになる俺に香深が激励の言葉をくれ、何とかうんと頷いておく。


「行こうか、遅れちゃうよ。」


朗の掛け声で俺に笑顔を向けてくれていた香深が、ハッと我に返る。


「そうだった、衣装登録の時間が無くなっちゃう!」


慌ててコンパクトな鞄を肩にかけた香深と対象に、朗が淡々とごっそり荷物を背負い出す。

それを見た俺は、


「あ!!やべ、鞄上だ!」


と、自分の荷物を持ってきておかなかった事を後悔しながら、慌てて自室へと飛び出した。

「転ばないようにね〜」とこちらを気遣う香深の声が聞こえた。


△ ▼ △ ▼


ガチャ。


階段を駆け上がり、戻ってきた自室はさっきまでの賑やかな雰囲気とは打って変わって、しんと静かだ。

更には1階から微かに聞こえてくる話し声が、余計にこの部屋の静けさを誇張していて、それが何だかとても物悲しかった。


なるべく音が立たないよう、俺はそろそろと荷物を取る。

その時にふと二段ベッドへ目を向ければ、呼吸に合わせて穏やかに上下する掛け布団が目に入った。




──ひの君は、今日も寝ているのだろうか。




そう思いながらベッドを眺めるが、寝息すら聞こえないそこから返事は来ない。

最初の任務を一緒にやってからというもの、彼が自発的に活動している所をまだ見た事がない。

唯一起きてくるのは、飛鳥あすかさんに言われている夕飯の時のみ。

その時だって殆ど何かを腹に入れるだけ、といったように食べ終わればすぐに部屋へ帰って行ってしまう。

知逢曰く、


『え?氷緑ひのり君?ん〜……お金にならない活動以外殆どサボってるし、今まで誰かと仲良くしてるのなんて見た事ないなぁ〜。皆オッドルークだって事も知らないんじゃない?あ!でも、たまに居るゴシップ好き達からは実は凄い強いんじゃないか〜とか噂されてるみたい。けど、俺からしてみたら戦いもしないで寝てるだけなんて、弱者でしかないからね。ほら、不戦敗って言葉があるでしょ?』


と、軽いノリで質問したつもりが思ってた倍以上の質量になって返ってきたので、どうやら氷緑はこれまでもずっとこのスタイルだったみたいだ。


──でも、関わりたくないようには見えなかったんだよな。


任務の時とか香深との会話とか。

そんなに拒絶感は見えなかったように思うのに。


なんだか不思議だなと思いながらも、結局のとこ一体氷緑が何を考えて何を思っているのかは、俺には分かる訳はないのだ。

ただなんとなく、全く時間軸の無いこの部屋で一日中寝ているだけなんて……それはとても、寂しい事では無いのだろうか。


そんな事を考えながら、俺はリュックを肩にかけた。


……まあ今は人の事心配してる場合じゃないけどな。


明日には俺はここを追い出され、新たな居住地を探して夜な夜な街中を徘徊しているかもしれないんだ。

想像して俺は小さく身震いすると、はぁあああと深いため息を吐きながら重い腰を上げた。


「いってきま〜す。」


小さめな声で一言そうつぶやき、俺は部屋を後にした。


──────…カチャン


静かにドアが閉まり、部屋にはまた無機質な空間が広がった。

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