42匹目 お祝いの日に食べる料理は決まっている
「お嬢様は座って、待っていてくださいってば」
「嫌よ。暇なんだもん」
キッチンで料理をしているネッラの横で、フィオはうろちょろとしていた。試験が終わってから南方での滞在の日々は続いていた。もう勉強することもなく、だからといってやることもなく、フィオは暇を持て余していたのだった。
「いえ、私、一人で十分なんで」
「いいからいいから、私も手伝えば早くご飯食べれるじゃないの」
「ぶっちゃけキッチンの周りをうろちょろされると危ないし邪魔なんです。ほら、あっちで釣り具でもいじっててください」
「何よ、人を邪魔者みたいに」
「邪魔なんです。怪我とかさせたら私が怒られるんですから」
「料理で怪我なんてしないわよ。私、いつも釣った魚は自分で捌いているのよ」
「はいはい、わかりましたから。じゃ、この茹でた芋をマッシュしてください」
「はーい」
ボールに詰め込まれた芋をフィオがのしのしと潰している一方で、ネッラはサーモンを捌いていた。フィオが釣ったわけではない。ここいらでは釣れないらしく、ネッラが市場で買ってきたのだ。
ネッラはサーモンを捌きつつ、鍋でクリームソースを作り、窯の火加減を調整していた。フィオのことを邪魔者扱いしただけあって、ネッラはキッチンを素早く右往左往する。ふとすると三人くらいに分裂して見える。もはや達人の動きである。これで運動音痴というのだから、おかしな話だ。
サーモンから水気をとって、それから下味をつけておく。それからキノコと玉ねぎを切り、ほうれん草を茹でる。てきぱきとした仕草には淀みがなく、作り慣れていることがわかる。
「ネッラが料理しているところって初めて見るかも」
「そうですか? まぁ、お嬢様がキッチンに来ることはありませんからね」
「ねぇ。ネッラって料理好きなの?」
「好きですね。仕事でやってはいますけど、普通に好きです。たぶんお嬢様が釣り好きなのと同じくらい」
「あー、やっぱり。楽しそうだもん」
「そう見えますか。自分ではわかりませんけど。ただ、キッチンは私の庭なので、荒らされると腹が立ちます」
「わかる~。私も釣りしているときに横で水面をばしゃばしゃされたらむかつくもの」
「ばしゃばしゃしないでくださいね」
容器の中にマッシュポテトを敷き詰める。その上にサーモンの切り身、キノコ、玉ねぎ、ほうれん草を載せ、クリームスースをたっぷりかける。削ったチーズを振りかけて、薄く伸ばした生地で蓋をする。生地の表面に卵黄を塗ったら、最後に窯の中に容器ごと突っ込む。
焼いている間に、ネッラは簡単にサラダを作った。フィオはいつでも手伝えるようにスタンバイしていたのだけれども、結局、何もすることがなく、やったことと言えば、チーズをつまみ食いしただけだった。
「ワインは飲みます?」
「ジュースがいい」
「そう言うと思って買ってきました。私は飲んでもいいですか?」
「べろべろにならないでね」
「西方女が一本くらいで酔ったりしませんよ」
何だ、そのわけわからん
「うわぁ、おいしそう~」
黄金色に焼き上がった生地。表面には、余った生地で書かれた魚のイラストが浮かび上がり、なかなかにユニークだ。香ばしい香りがお腹を空かせてくる。この表面を割ったら、中からクリームとチーズの甘い香りが飛び出てくるのをフィオは知っている。
「
「何を言っているの、みんなこれが好きでしょ。故郷の味なんだから。外に出たら余計に恋しくなったの。わかるでしょ?」
「まぁ、おいしいですもんね。ただ、パイ包みは郷土料理ではないですよ」
「え? そうなの?」
「旦那様の雇った移民のシェフが伝えたそうです。私の知る限り、ヴェルディモンテ領でしか出されません」
「へー、知らなかった。でも、私は子供の頃から食べているから、故郷の味と言っていいと思うの。これから、そういうことにしましょ」
「お嬢様がそれでいいなら。さぁ、切り分けますよ」
「待って。もうちょっとこの外見を楽しませて。食べる前に気分を高めたいの」
「……冷めちゃいますよ」
名残惜しそうにするフィオを無視して、ネッラはパイにナイフを入れて切り分ける。サクッと耳を楽しませる音を立てて生地は割れ、中からとろとろのクリームソースが現れる。断面にはピンク色のサーモンと、ほくほくのマッシュポテト。ほうれん草の緑色が差し色になっており、芸術作品のようである。
フィオの前にパイとサラダとパンが並ぶ。それから、グレープジュースが注がれる。前にはもう1セット、ネッラの分が用意されていた。本来、使用人とこうして一緒に食事をすることなどないが、一人で食べるのは寂しいからと、南方に来てから二人でテーブルを囲んでいる。
自分のグラスにワインを注ぎ終えると、ネッラはグラスを片手に持ち、そしてこほんと咳払いをした。
「それではお嬢様、よいですか?」
「いいわよ。どんときなさい」
「はぁ、南方に来てから約一ヵ月。何十年にも感じましたが、ようやくです、お嬢様」
「うん」
「合格おめでとうございます!」
「ありがとう! ネッラのおかげよ! いえーい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます