37匹目 後手必勝の構え
「おい、木剣を忘れているぞ」
ドナートが小バカにするように言ってくる。一方でフィオは静かに返答した。
「いえ、木剣は不要です」
「は?」
戦闘試験では、とりあえず戦闘をすればよい。武器は何でもいい、と言われていたのだけれども、木剣の使用しか認められていなかった。ヴェルディモンテ家の娘として恥ずかしい話だが、フィオは剣の扱いがあまり得意ではなかった。それで徒手空拳でもよいかと尋ねたところ、試験官から許しが出たので、フィオは木剣を捨てた。
「バカにしてんのか? 木剣なしで俺に勝てると思ってんのか?」
「さぁ、それはわかりませんが、木剣があると、怪我をさせてしまうかもしれませんので」
「……き、さ、ま、は、俺を、どれ、だけ、苛つかせれば気が済むんだ!」
「苛つかせるつもりはないのですけど。安全のためです。ドナート様を怪我させたら怒られてしまいます」
「怪我なんてしない! なぜなら俺が勝つからだ!」
すごい自信である。ある意味で正常運転。キアーラと話しているような気分になる。意外と相性がよいのではないだろうか。
「それでは身体強化魔法をかけてください」
試験官が告げる。戦闘試験では、身体強化魔法を使うことが許されている。ただ、身体強化魔法をかけるのには時間がかかる。そのため、戦闘前に魔法をかける時間が与えられるのだ。
すぐさま、ドナートは自らに魔法をかけた。キアーラと試合をしているときに見たが、彼の身体強化魔法は攻撃力に特化している。敵を攻撃し、倒して勝つという彼の戦略をよく表している。
「ヴェルディモンテ様、何をしているんですか? 早く魔法をかけてください」
「あ、私は不要です」
「え? 身体強化魔法ですよ?」
「はい。このままで問題ありません」
試験官が
「ははは! 身体強化魔法もいらない? ずいぶんとなめくさってくれるじゃねぇか!」
「いえ、なめてはいませんよ。ただ危ないので」
「危ないのは貴様だぁ! 大怪我しても知らねぇぞ!」
「あら、心配してくださるんですか? お優しいですね」
「なぁ、わざとやってんのか!? 素でやってんだったら、貴様やばいぞ!?」
何か知らないが興奮している。身体強化魔法を使うと一時的にハイになるが、その影響だろうか。
フィオは嘘をついていない。身体強化魔法を使わないのは、単純に苦手だからである。不安定な魔法を使ったら、フィオもドナートも危ない。それならば使わない方がよい。決して、ドナートをバカにしているわけではない。
少ない
「始め!」
ドナートが木剣をこちらに向ける。怒りのせいか剣先が震えているが、姿勢は正しく上に伸びており、基本に忠実。どれだけ取り乱していても下手な打ち込みにはならないだろう。
「言っておくが手加減はしないからな!」
「えぇ、おかまいなく」
「このっ! キアーラは腕一本だったがな! 貴様は両手両足へし折ってやるから、な!」
言ってドナートは地面を蹴った。キアーラに向けたときと同じ軌跡。型に忠実なのだろう。それでも、その強化された身体から繰り出される剣撃は脅威だ。
ほんの数舜でフィオの眼前に現れ、そして木剣がフィオの頭上から振り下ろされた。
突然だが、フィオには不思議に思っていることがある。
なぜ、1対1の試合が決着するのか。
普通に考えて、後手が必ず勝つだろう。どんなゲームであったとしても相手の手を見てから、自分の手を考えられる、後出しの方が強いに決まっている。それは試合であったとしても同じこと。
つまり、後手必勝。とすれば、1対1の試合はどちらも動かず相手の動きだしを待つ。だから、決着がつくはずない。
もちろんのことだが、そんなはずはない。
後手必勝は、二つのことを仮定している。一つは無数に存在する初手を完全に見きれる動体視力を有していること、そして、その初撃を瞬時に分析して適格な反撃を繰り出せる卓越した戦闘センスを有していること。このありえない二つの仮定を成り立たせたとき、初めて後手必勝となる。
本来であれば、ありえない。
ゆえに、フィオの疑問に答えられる者はいない。そもそも、フィオ以外にこの疑問を抱く者などいないのだから。
一瞬の出来事であった。フィオとドナートにとってそうだったのだから、周りで見ている者からしたら、さらにあっという間の事であっただろう。
起こったことは単純。ドナートが型通りの初撃をフィオに振り下ろした。その動きに連携し、フィオが初撃を紙一重のタイミングでかわし、その後、下がるでなく前に進み、そして、彼の直進してくる力を利用して、彼の
結果、ぼとりとドナートがフィオの足場に倒れ込んだ。
しばらく、何が起こったのか誰も気づかなかった。突っ込んでいったドナートが、フィオの前にたどり着いた途端、急に勢いをなくしてふらりと倒れたのだから。しかし、やっと試験官が気づき、試合終了を宣言する。そして、周囲の者が遅れて気づき歓声をあげた。試験なのだから歓声などおかしいが、かの有名な上級貴族、ドナートが負けたとあれば驚きもする。観覧席からも大きな声があがったが、きっと別の理由だろう。そんな周囲の動きを気にすることなく、フィオは、倒れたドナートの肩を叩き、穏やかに尋ねた。
「お怪我はありませんか、ドナート様?」
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