36匹目 努力の跡 通った道
「貴様、むちゃくちゃだな。対戦相手を変えさせるなんて」
ドナートはにたにた笑いを浮かべつつ、木剣を肩に置いた。闘技場の四角いフィールドの中。彼の前には一人の少女が立っている。ぐーっと背中を伸ばして、フィオは身体の可動域を確認した。
「別に文句言われませんでしたよ。どうせ勝利者から組み合わせを決めるのですし。それに、あんな勝ち方をしたドナート様とは誰もやりたがりませんしね」
「あんなとは棘のある言い方だな。俺は最善を尽くしただけだぜ」
「そうですね。戦場に出たら言い訳は利かない。実力差があろうと、コンディションが悪かろうとすべては自己責任。ただ、勝つか負けるか。それだけ」
「ほう。よくわかっているじゃないか。貴様は頭がおかしいと思っていたが、その点は同意見だな」
「ふふふ、お父様の受け売りですわ」
準備運動を終えたフィオは、ドナートを観察する。どちらかといえばイケメンな方。背は高く、やや細身ではあるが、よく鍛えられている。先の戦いを見れば、動きもしなやかで洗練されている。性格はクソだが、まじめに戦闘訓練を積んできたことは明らか。
実のところ、フィオはそこまで嫌いな男ではなかった。努力する人のことを純粋に尊敬する。それは、父や母、兄達を見てきたからだろう。その過程を見れなくとも、身の振る舞いに努力の跡は残るものだ。ドナートには明確にその跡があった。言葉も表情も家柄も偽ることができる。ただ、努力の跡だけは嘘をつけない。
まぁ、性格はクソだけど。
それに。
「ドナート様は相当お強いとお見受けします」
「その通りだ」
「ならば堂々と勝負されても勝てたのではないですか?」
「何のことだ?」
「乗馬試験。私とキアーラ様のあぶみだけ壊れていました。あぶみが壊れるなど聞いたことがありません。誰かが細工しなければ」
「おいおい、言いがかりもいいところだな。俺がやったっていうのか?」
「いえ。ただ、あの試験官とは仲がよろしいようで。乗馬試験で私とキアーラ様の鞍の整備をしていた試験官です。先ほどのドナート様とキアーラ様の試合の審判もあの試験官でしたね」
「……そういうこともあるだろう」
「先ほどの試合、力量を計るという意味ではもっと早く止められたはず。あんな大怪我をするまで待つ意味なんてありません。あるとすれば、ヴェスカリーノ家への忖度ですかね」
「くだらない推測だ。証拠もなしによくも言えたものだな」
「申し訳ありません。ただ素朴に疑問に思っただけです。それほどの鍛錬を積んでおいて、何をそんなに恐れているのかと」
「恐れている? 俺が?」
「キアーラ様に反抗されたのがそんなに怖かったですか? 何としてでも叩きのめさないと気が済まないくらいに?」
「……!? そんなわけないだろ! あれは、ただ、お仕置きしてやったんだ。俺に歯向かうとどうなるか、わからせてやっただけだ!」
あぁ、そういうことか。
ドナートとの会話で、フィオはおおよそ理解した。彼がなぜこうも非道なことをするのか。そして、なぜ自分がこうも苛ついているのか。
初めてなのだ。
ドナートは貴族の生まれ、それも上級貴族の息子、となれば、これまで何の不自由も何の反抗もなく生きてきたのだろう。その彼が生まれて初めて、反逆された。
だから、恐怖した。戸惑った。困惑した。悲しんだし、憤った。混乱した頭で、ありえない非道に手を染めた。その理屈が、フィオには理解できる。なぜなら、フィオも辿った感情の道程であるからだ。過去のシーンが脳内をフラッシュバックする。まるで額縁に入れられた絵画のように鮮明に。そのときの怒りと恥ずかしさも鮮やかに。
フィオにとってのその体験が、ドナートの今なのだ。
フィオは不思議だった。なぜ自分が苛ついているのか。キアーラが乱暴されたから? ドナートが女をバカにしたから? 確かに腹の立つことではあるけれど、自分はそんなことで苛立ったりするような情緒豊かな女だっただろうか。いや、違う。違うというのもおかしな話だが、これは、そういうのとは違う。
これは共感性羞恥だ。
「あぁ、すっきりしましたわ」
「は? 何一人ですっきりしてんだ?」
「全部わかりました。ということで、私としてはもう戦う理由もなくなってしまったんですけれど、どうします? 他の方と代わりましょうか?」
「何でだよ! 今更代わるわけねぇだろ。おまえは俺とやるんだよ。逃げようとしてんじゃねぇ」
「でも、いいんですか? 私は怪我をしてませんよ。万全の私と勝負するの、怖くありませんか?」
「貴様ぁ……! いいだろう、貴様は俺がこてんぱんにぶちのめしてやるよ、正々堂々とな!」
何でこの人いつも怒っているんだろう、とフィオはさらなる疑問を覚えたがそれはそれとして、仕方なしと戦闘態勢をとった。
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