33匹目 お昼休憩

「お尻、痛い」


「はいはい、よくがんばりましたね、お嬢様」



 午前中の試験が終わって、お昼休憩。使用人のネッラが休憩所で昼食の準備をしており、フィオはへなへなとランチシートの上に座り込んだ。



「乗馬用パンツを忘れるなんて」


「申し訳ありません。私が確認しておくべきでした」


「いえ、仕方ないわ。体術に関しては大丈夫だろうって、まったく対策してなかったし。それに、お兄様達だったら、弱音も吐かずにこなしそうだしね」


「あの方達は、ちょっと異常……ではなく卓越されてますから、比べる必要はないかと」



 子供の頃から父に体術だけは厳しく教え込まれてきた。それは息子も娘も区別なくである。特に兄達は男であるから、余計に熱のこもった指導を受けている。ゆえに、異常と呼ばれてしかるべき能力を有していた。フィオも、アレと自分を比べる気は毛頭なかった。



「しかし、あぶみが壊れたのに最後まで走りきるなんてさすがですね。落ちるんじゃないかとひやひやしましたよ」


「あら、見てたの?」


「はい。あちらの観覧席から。使用人達は皆さん、あちらから主人を応援していましたよ」


「へぇ。じゃ、恥ずかしいところ見られちゃったな。もっとうまくやれたのに」


「いえ、落ちなかっただけで神業かみわざです。それにしてもあんな整備不良ありえないですよ。やはり文句を言ってやり直しにしませんか?」


「嫌よ、めんどくさい。最後の障害物も跳べたんだし、ほぼ満点でしょ。もう、いいじゃない」


「あまいですよ、お嬢様。相手の弱みをみつけたら徹底的に追及しないと。何なら加点を要求してもよいかもしれません」


「あなた、そんなきつい性格だから嫁にいけないのよ」


「大きなお世話です。それに私は運営の手際てぎわの悪さを批判しているだけで、決して性格がきついわけではありません。だいたい、キアーラ様のあぶみも壊れたんですよ。整備した奴はギロチンですよ、絶対に」


「え? キアーラ様のも?」


「そうです。キアーラ様も落馬こそしませんでしたが、最後の障害物は跳べませんでした」


「あ、失敗したのは知ってたけど、それが原因だったの」


「気づきませんでした? キアーラ様の使用人と護衛がすっとんでいきましたけど。めちゃくちゃ文句言ってましたのに」


「もう、お尻が痛くてそれどころじゃなかったの。ねぇ、見てよ、皮剥けているかも」


「こら、お嬢様。お尻をこっちに向けない。はしたないでしょ。そんな格好しない。見に行きますから。ちょっとお尻あげて。あぁ、赤くなってるだけですね。はい、大丈夫です」


「痛っ! 叩かないでよ!」



 お尻をさすってから、フィオはサンドウィッチに手をかけた。二つにいたバケットに、ハムとトマトとレタス、それからマスタードをたっぷり塗ったもの。痛みを忘れるために、フィオは豪快にかぶりついた。マスタードの酸っぱさが鼻を抜ける。その奥にはちみつの甘さが広がる。ネッラは甘党なのではちみつをいつも入れ過ぎるのだけれど、今日は疲れた身体にちょうどよい甘さであった。



「それにしてもキアーラ様のあぶみまで壊れるとは作為的なものを感じるわね」


「誰かが意図的に壊したと?」


「誰とは言わないけれど、キアーラ様のことを目のかたきにしている方が一人いるわ」


「まさか。いくら上級貴族といっても魔法学院の試験に介入できるとは思えませんが」


「そうよね。仮にドナート様の仕業だったとしても、私にまで嫌がらせするなんておかしいし」


「まぁ、その理由は容易に想像できますけれど」


「ん?」


「とにかく疑ってもせんのないことです。今は試験に集中してください」



 ネッラの言う通りだ。仮にドナートの仕業だったところで、それを証明することなどできない。いや、仮に証明できたとしても上級貴族を言及することなどできやしない。だとしたら、考えるだけ無駄というもの。


 フィオはサンドイッチをぼりぼりとかみ砕き腹の中に収めた。それから、ネッラの淹れた紅茶をごくりとのどを鳴らして飲み干した。あまりに品の欠けた所作に、ネッラは顔をしかめていたが、今は試験中だからと配慮したのだろう、目をつむってくれた。



「午後からは戦闘試験ですね」


「そう。いちばん緊張するやつが来たわ」


「あら? いちばん自信のあるものでは? 正直、お嬢様が負けるところなんて想像もできませんが」


「はぁ。ネッラ、うちは武の名門ヴェルディモンテ家よ」


「えぇ、だからお嬢様も武をおさめておられているじゃないですか」


「もしもよ、もしも負けてみなさい。いえ、負けなくても一撃入れられて怪我でもしてみなさい。お父様がなんて言うか」


「あー。面倒そうですね。絶対ぐちぐち言われますよ。鍛え方が足りないとかなんとか」


「でしょ。戦場でもないこんな試験で、負けたりしたら絶対に面倒なことになるもの。はぁ、嫌だ嫌だ」


「そんな弱気では困ります。お嬢様の全勝に全額賭けていますのに」


「え? 何? ギャンブルしてるの?」


「はい。使用人間で、次の戦闘試験で誰が勝つかを賭けているんです。だから、絶対に勝ってくださいね!」


「あんたらも、なんだかんだ楽しんでるのねぇ」



 フィオが使用人達の知られざる生態を垣間見たところで、フィオは紅茶をもう一杯ぐいと飲みほした。


 午後の戦闘試験が始まる。

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