30匹目 ダンスのセンスは磨けない

 フィオは、配給されたドリンクを飲みながら、キアーラの創作ダンスを見ていた。体術の項目の一つである。試験官の前で、音楽に合わせて身一つのダンスを披露する。音楽は学院側が課題曲を用意しており、それらの内から事前に選ぶ。フィオは、キアーラと別の曲を選んでおり、既に踊り終えていた。


 楽団が厳かな音楽を奏でる。これから、今日何度も同じ曲を演奏するのだろう。たいへんそうだな、とフィオはちょっとずれた感想を抱いていた。


 ダンスの試験が終わると、拍手が鳴る。これは、決められているわけではないが、自然と受験生達が拍手を送り、そういう流れとなった。ダンスをして、何もリアクションがないのも寂しいものだ。


 タオルで汗を拭きつつ、こちらに歩いてきたキアーラに、フィオはドリンクを差し出した。



「お疲れ様です、キアーラ様。お飲み物はいかがですか?」


「えぇ、いただくわ。それで、私のダンスはどうだった?」


「それはもう、たいへん素晴らしかったです。キアーラ様はバレエバッサ・ダンツァもやられるんですね」


「そうよ。子供の頃にパーティの余興で見たときに感動したの。それで少しだけたしなんでいるのよ」



 少しというには、完ぺきなダンスだったが。さすが上級貴族。この程度、朝飯前というわけか。



「ふん。つまり、ダンスは私の勝ちというわけね」


「あぁ、そうかもですね」


「ふふふ。まぁね、まぁね! ダンスはそんなに得意ではないけれど、これはさすがに私の勝ちよね! あなたのダンスもよかったわよ。ただ力任せにやりすぎだったわね。元気なのはいいけれど、細部にもこだわらないと」


「だって、民族舞踊タランテッラですわよ。元気に踊ってこそでしょ。受験生の中でいちばん元気に踊った自信がありますわ」


「そうね、そういう意味では目立ってたかも。何か3メートルくらい跳んでたんじゃない?」



 魔法を使っていないのだから、絶対そんなわけないのだが、そう見えるダンスができたのならばよかった。正直、ダンスはどこを評価されるのかいまいちわかりかねるが、こういうのは気合いだとフィオは父から教わっていた。



「これで2勝2敗ね。短距離走はほぼ同時だったけど、かろうじて私の負けとして、幅跳びは私の勝ちで、砲丸投げはあなたの勝ち。まさか、あなたがあんなに肩が強いなんて思わなかったけれど」


「たまたまですよ。いい風が吹いたのかもしれません」


「砲丸が風でなびくわけないでしょ」


「ところで、何で砲丸なんて投げるんでしょうね。砲丸は大砲で撃つものでしょ」


「知らないわよ。昔、石を投げて戦っていたころの名残じゃないの?」


「うーん。だとしても弓だと思うんですけど。砲丸を投げるイメージが湧かないんですよね」


「あなた、無駄に細かいわね。それがヴェルディモンテ家の血なのかしら?」


「さぁ、それはわかりかねますが、これでいったい私達の何を試すのだろうかと思いまして」


「何を試されたって問題ないわ。私が優れていることに変わりはないのだもの」



 貴族ならばそう応える。自信過剰で、唯我独尊。さらに、その自信を裏打ちする能力を有しているのが上級貴族。



「ふん、よく言うぜ。俺には何一つ勝てていないくせによ」



 それはキアーラだけでなく、もう一人の上級貴族、ドナートもそうである。彼はにやにやとしながらこちらに歩いてきた。



「短距離走も幅跳びも砲丸投げもダンスも、全部俺の勝ちだろ。だから言ったんだ、女の来るところじゃないと」


「さすがドナート様ですわ。ご活躍ですね」



 むかつく物言いであるが、ドナートの言うことは本当だ。短距離走ではぶっちぎりで一位、幅跳びはフィオの倍くらい跳んでいた。砲丸投げはわりと惜しかったのだけれども。腐っても南方の上級貴族。実力に嘘はない。しかしながら、一点気になるところがある。



「ただ、ダンスはどうでしたか?」


「あ? 何だよ」


「いえ、ダンスは、そこまででもないかと思いまして」


「何を言っているんだ。俺のダンスは世界一だぞ」


「そうですか。うーん、どう思いますか、キアーラ様?」



 フィオがキアーラに話を振ると、彼女は、腕を組んで顎を上げた。



「そうね。控えめに言って最悪だったわ」


「ですよね」


「リズムがぜんぜん合ってない。あと表現もダサくて、ぜんぜん曲を理解できていない」


「確かに」


「あんまりにも気持ち悪かったから、黒魔術師が悪魔を呼び出す儀式をしているのかと思ったわ」


「悪魔って、あぁやって呼び出すんですか?」


「知らないわよ。例えよ、例え。わかりなさいよ、そのぐらい」


「ということで、ドナート様、ダンスの勝敗は保留とさせてください」



 フィオとキアーラにぼろくそに言われて、ドナートは一瞬呆けていたが、やっと言われた内容を理解できたようで、ふざけんな! と怒鳴った。



「貴様ら、わかっているのか? 俺はヴェスカリーノだぞ? この名を知らないわけではないだろ? 特に貴様だ、フィオレンツァ! どこの田舎貴族か知らないが、俺にそんな失礼な態度をとっていいと思っているのか!」


「えぇ、わかっておりますよ。だから、ずーっと気を使って話しているじゃないですか」


「何だと!?」


「明らかにダンスではキアーラ様の勝ちであるけれど、気を使って保留してあげたのに。困りました。これ以上、どうしたらよいのでしょう」


「貴様っ、本当に失礼な奴だな。どこの家だ? 親父に言って制裁してやる!」


「ヴェルディモンテ家ですわ。以後お見知りおきを」


「覚えたからな! 絶対、制裁してやる!」


「ドナート様のなさることを止めることは私にはできかねますが、ただ、子供同士のいさかいを親に言いつけるというのは、ちょっと恥ずかしくないですか? 貴族として、というより、人として」


「なっ!?」


「はっきり言って引くレベルでダサいです。ほら、キアーラ様の顔を見てください。幻滅してらっしゃいます」


「そ、そこまでじゃないだろ。ほら、みんなやっていることだし」


「はぁ、婚約者が傲慢でノンデリなだけならまだ我慢できますが、その上ダサいとなったら、もう……。キアーラ様、かわいそう」


「……っ! わかったよ! 親には言わないよ! だけど、貴様は絶対に許さないからな! 次の馬術で格の違いを見せつけてやるよ!」


「はい、拝見させていただきます」


「くっそぉ、覚えてろよ!」



 何でだろう。フィオが口を開けば開くほど、ドナートが怒っていく。もしかして自分がわるいのだろうかと、3秒ほど悩んだが、そんなわけないと切り替えた。



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