29匹目 体術試験スタート!
「たぶん、私が西方出身だから同じ組に入れられたのね」
「はぁ。キアーラ様とご一緒できてうれしいですわ」
「じゃ、ため息をつかずに言いなさいよ。まったく、もう」
準備運動をしながら、フィオはキアーラと雑談していた。今から大事な試験が始まるというのだから、静かに精神統一するのが普通である。実際、ほとんどの受験生はそうしている。フィオもできればそうしたい。
緊張しているからではない。まだ眠いからだ。
しかしながら、キアーラが話すのをやめない。緊張するとしゃべりたくなるタイプなのだろうか。いや、そんな様子はない。そもそもこの程度の試験で、緊張する女ではないだろう。ただ試験が始まるまで暇だから、雑談に興じている。もしくは、ドナートのことを考えないようにするためか。どちらにしろ、フィオにとっては迷惑な話である。
体術試験。
魔法学院なのに、試験項目になぜ体術があるのか。それは、この魔法学院がもともと武官を養成する教育機関だからだ。魔法がまだ戦場で使われていた頃、体術と魔法の二つがもっとも重宝されていた。その名残。
これから、フィオ達が受けるのは基礎体力計測。短距離走、幅跳び、重量挙げ、鉄球投げなど、基礎的な身体能力を計っていく。
正直、めんどい。
あれやってこれやってと、そんなに試験項目を用意する必要があるだろうか。スペシャリストよりジェネラリストという方針なのだろうが、器用貧乏を集めてどうするのか。何か一芸を極めた者にだって需要はあるだろう。そういうところにも目を向けてもらいたい。
まぁ、そんな文句を垂れても試験項目が変わるわけもない。フィオは、ぴょんぴょんと跳ねてから、短距離走のスタートラインへと歩いて行った。
「負けないわよ、フィオレンツァ」
「お手柔らかに」
横に並ぶのは同じグループの者。キアーラが隣で意気込んでいた。とことん勝負事が好きらしい。まぁ、試験なので、フィオもがんばらなくてはならない。キアーラに勝とうとは思わないが、成績は試験結果に直結する。学術試験が苦手な分、比較的得意な体術試験で点数を稼いでおかないと。
とはいうものの、体術試験はフィオにとって不利。
というか、女にとって不利なのだ。
「ふん、せいぜい粋がっていろ。体術試験で、おまえら女に勝ち目はないんだからな」
キアーラと反対側。そちらのレーンには不敵な笑みを浮かべるドナートがいた。いつまでもグチグチと本当に女々しい男である。
そう、ドナートが横にいる。
この体術試験は男女混合で行われるのだ。女に対してハンデなんてものはない。そりゃそうだ。政治の場でも戦の場でも女だからという理由で許されることなどない。評価は対等に、同じ土俵で、真っ当に。ただ、それだと体術試験で女は非常に不利となる。魔法学院に女の受験者がほとんどいない理由の一つだ。
フィオは体術に自信があるが、単純な基礎体力で男に勝てるかと言われれば、難しいと言わざるを得ない。
「女が来るところじゃないってことを教えてやるよ。貴様、フィオレンツァとかいったか? 貴様にもだ。俺になめた口を聞いたことを後悔させてやる」
「よろしくお願いします、ドナート様。ぜひ、勉強させてくださいね」
「……っ! くそ、見てやがれよ!」
はぁ、疲れる。
キアーラからやいのやいの言われ、片や反対側からドナートにぐちぐち言われて、フィオはまさに文字通り板挟みの状態である。これが下級貴族の宿命なのだろうか。そういえば父も中央に出張した際にはひどく疲れて帰ってきた。あれは旅の疲れ以上に、こうやって上級貴族の顔色窺いすることで心労を重ねていたのだろう。中央への出張なんて、父はどうせ遊びに行っているに違いない、何なら浮気しているんじゃないかと内心ひややかに思っていたフィオであったが、初めて父の仕事の大変さの一端を見た気がした。
とりあえず、フィオは優先順位を決めた。まずは試験に集中する。それから、キアーラが不機嫌にならない程度に会話の相手をしてあげる。そして、ドナートのヘイトをかわないように適当にかわす。さっきから、なぜか、ドナートが、フィオにまで敵対的な態度をとるようになってきている。完全にとばっちりである。
まぁ、大丈夫だろう、人のご機嫌をとるのは得意だし、とフィオは己の対人スキルを信じることにした。
小うるさい二人の上級貴族は、試験官の合図をうけてさすがに黙る。そうして、フィオを含め受験生がスタートラインを前に立つ。
「位置について」
フィオは、スタンディングの姿勢で構える。両手を地面に添える姿勢がよいらしいが、正直良さがわからなかった。あんな恰好ばかりの姿勢をとるくらいならば、自然な態勢から走り出した方がいい。
試験官が銃を上に構える。そして、本日一発目の空砲が青く済んだ空に響き渡った。
パァァァン!
受験生が一斉にスタートを切る。
ついに、体術試験が始まった。
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