25匹目 なぞの上級貴族登場! だけど誰?

「納得いかないわ」



 審査が終わって、キアーラは何やら不機嫌であった。高評価であったはずなのに、いったい何が気に入らないのかとフィオは不思議だった。



「私のときより、あなたのときの方が盛り上がってない?」


「審査の結果と盛り上がりは関係なくないですか?」


「そうだけど、そんなまともなこと、あなたに言われるとむかつくわ」


「え、何でですか?」


「日頃の行いを振り返りなさい。そして、私をないがしろにしたことを悔い改め、もっと普通に仲良くしようとなさい」


「普通に仲良いじゃないですか」


「……そういうところよ」



 はぁ、とキアーラはため息をついてみせた。何か悩みでもあるのだろうか。上級貴族ならではの悩みもあるだろう。フィオにはきっと思いもよらないような。フィオの行いがその一因になっているのならば確かに改めなければ、と思い少し考えてみたが、何も思い当たらず、フィオは考えるのをやめた。



「それにしても、あなたが詩人ヴェリオを嗜んでいるとは意外でしたわ。古典の中でも有名なものとはいえ、ちゃんと学んでいる人は少ないでしょ」


「あぁ、あれは偶然なんです。なぜか、家にヴェリオの詩集がたくさんありまして、子供の頃からよく読んでいたんです。まぁ、私は読めないのでお母様に読んでもらっていたのですけど」


「なるほど。それは良い環境で育ったわね。羨ましいわ」


「逆に他の基本的な古典はからっきしなんですけどね。他のお題だったらどうしようもなかったですよ。運がよかったです」


「ふん。まぁ、何にせよ、お互いによい結果だったんじゃないかしら。だからって気を抜くんじゃないわよ。まだ二つも試験は残っているんだから」



 芸術、いや、魔法の試験は終わった。あとは体術の試験と学術の試験。確かに気を抜いている暇はない。むしろこれからが本番といえる。嫌な汗がフィオの背中を流れる。一方でキアーラは余裕そうだ。勉強を見てもらえないか頼んでみようかと口を開きかけたときだった。



「いいや、ここでおまえの試験は終わりだ」



 割り込んできたのは男の声だった。その顔に見覚えはない。しかし、その身なりから貴族であることは間違いなかった。それも他の者の反応を見れば、上級貴族だとわかる。深紅の刺繍入りシャツと白金のアクセントが施された南方風のケープ。蝙蝠のような黒い髪は珍しく、小麦色の肌によく映えている。切れ長の琥珀色の瞳は高慢に輝き、にたにたとやけに白い歯をこちらに見せつけてくる。



「……ドナート様」



 フィオに見覚えはない。しかし、キアーラの方にはあるようで、ひどく怯えた顔を見せていた。これまでの自信に満ちた表情はどこかに落としてしまったかのようで、親に叱られた幼子のようになさけなく眉尻まゆじりを下げている。



「まったく。何かこそこそしていると思えば、まさか魔法学院への入学をくわだてているとは。それも俺に内緒で、とはどういう了見だ?」


「それは……」


「まぁ、どうせ反対されると思ったのだろう。おまえは賢いからな、そのくらい予想できる。あぁ、そうだよ、反対だ、キアーラ。前から言っているだろ。女のおまえが学問なんてする必要はない。さっさとうちに帰れ」



 ドナートは、高圧的にキアーラに言いつけた。キアーラにそんな口がきけるなんて、そんじょそこらの貴族ではない。不穏な空気がただよう。だが、そんな中でフィオは、ひどく気になっていた。


 この人、誰?


 聞けない。聞ける雰囲気ではないことはさすがのフィオでもわかる。というより、フィオは知っていなければならないクラスの上級貴族な気がする。けれども、さっぱりわからない。せめて家の名前を言ってくれれば、いや、それでもわからないか。そんなフィオが家紋でわかるわけもない。


 フィオはちらちらとキアーラに説明を求める視線を送る。しかし、当のキアーラは身をすくめてしまっている。こちらの視線に気づく様子はない。


 これは困った。


 おそらくこの場でたった一人独特な悩み方をしているフィオであったが、その悩みは当の本人、ドナートによって解消されそうであった。



「おまえは俺の嫁として、元気な子供を産めばいいんだ。他は何もしなくていい。いや、何もしないことがおまえの仕事と言ってもいい」


「ドナート様の言うことはわかりますが、その、魔法学院を出てからでも遅くはないかと」


「必要ない。嫁が魔法で遊んでいるなんて世間体がわるいだろ。ヴェスカリーノ家に嫁ぐんだ。軽率な行動は控えてもらわないとな」


「約束では18歳になってからと」


「どうせ決まっていることだ。それにもう子供は産めるだろ。暇ならば今日から子作りしてやろう。俺は来年から魔法学院に通うことになるから、こっちに屋敷を借りるか。おまえは、そこで産めばいい」



 あまりに高慢な態度と物言い。しかし、それを疑問に思う者はいない。貴族とはてしてそういう存在だ。女が魔法など学ぶ必要などない、という意見も別におかしくない。というより多数派だろう。キアーラが言い返せないのも、彼の主張が普通だからだ。むしろ、魔法学院に通おうとしているキアーラの方が異常である。


 そんなことはさておき。フィオは、ふむ、と頷く。



「キアーラ様の婚約者ですわね!」



 空気を読まないフィオの声は、大物がかかったときの釣り糸のように張りつめた空気の中、よく響いた。

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