24匹目 審査~フィオレンツァの場合~

鯉の造りフィレット・ディ・カルパ・クルーダです」



 聞き返されたので、フィオはもう一度告げた。それでも試験官は首を傾げていた。



「あの、これは一体?」


「鯉の造りです」


「はぁ」



 試験官の前に出されたのは、鯉の切り身であった。白と赤がきれいに入り混じったそれは、薄く切りとられ、皿の上に丁寧に重ね置かれている。ちょうど中心から渦を巻くように乗せられた鯉の切り身は、花弁のようで、一輪の花と言って過言なかった。



「確かに、花ですね」


「でしょ」


「いや……、そうですか。すいません、あまりに独創的だったので、戸惑ってしまいました。これはなかなか芸術的ですね」


「ありがとうございます」


「芸術的な加工であることは認めますが、どこに魔法の要素があるのでしょう?」


「説明させていただきます。魔法のポイントは3点あります。一つは鯉を捕まえるのに使った網を魔法で生成しました。現物をこちらに持ってきています」


「なるほど。これは、器用に、作りましたね。魚くらいもっと別の魔法で捕まえればと思いますが」


「二つ目は、鯉をさばくナイフを生成しました」


「ほう。それはすごいですね。この薄い切り身を切り出すには相当切れ味のよいナイフを作らねばならないでしょう。その精緻な造形魔法は評価に値します」


「いえ、切れ味のよいナイフを生成するのは難しいので、普通のナイフと砥石を生成して、よく研ぎました」


「……あ、そうですか」


「三つ目は、このお皿です。見てわかる通り、氷のお皿です。こちらも魔法で生成しました」


「ほう。今年、氷細工は何点かありましたが、これはよくできていますね。土での造形に比べて、どうしても荒くなってしまいますが、これは細部まできれいに生成できています。すばらしい」


「えぇ、氷細工だと棘や角ができるのですが、それだと手に持ったとき危ないので、滑らかなお皿を生成できるように練習しました」


「手に持つ? ま、まぁ、いいです。わざわざ氷細工で皿を作ったのは、何かテーマに関係があるのですか?」


「いえ、魚の鮮度をたもつためです」


「はぁ、そうですか」



 なぜかわからないが、フィオの説明が試験官に響いていない気がする。魚の鮮度を保つというのは料理をおいしく食べるために、とても重要なことだと思うのだが。フィオが手応えを感じれないでいる一方で、試験官は話を進めた。



「魔法に関してはわかりました。それではお題に関する見解を聞きましょう。この作品は『千年前に枯れた花の名前』をどう表しているのですか?」


「これは東方回顧録メモリエ・デロ・オリェンテを参考にしているんです」


「あぁ、東方回顧録の千年行路イル・カンミーノ・デイ・ミッレ・アンニですか」



 さすが王立魔法学院の試験官である。そこそこマニアックな文献だというのに、タイトルだけでテーマとの関連を理解したようだ。



「その通りです。東方回顧録は、詩人ヴェリオが極東へと旅をしたときの回顧録です。その行路は、千年前にあったとされる通商行路です。この行路は今は使われておらず、忘れられた道ですが、そこをヴェリオが辿り千年前を体感してみるというお話ですね」


「なるほど。しかし、この魚の切り身と極東に何の関係が?」


「ヴェリオの回顧録の中に、極東人はという記述があります。その切り身はこのように薄く切られ、美しく輝き、まるでガラス細工のようであったと。そこから着想を得て、こちらのように切り身で花を模してみました。つまり、この作品は、辿を用いて咲いた花ということです」


「ふむ。いいでしょう。では、枯れた、をどう表現しますか?」


「ふふふ、花は枯れるものです。この花も今から枯れるのです。私達の手によって」


「……その、さっきから気になっていたのですが、そちらの鍋は何ですか?」



 鯉の造りの横に、鍋が置かれていた。焚火で熱された鍋の中ではぐつぐつと水が煮えている。



「極東では魚の切り身を生で食べるそうですが、それはさすがに怖いでしょ。お腹を壊してしまいます。そこで、こちらの鍋のお湯でかるく熱してから食べるのがよいかと思いまして」


「食べるならばそうですね。 ん? え? 食べる!?」


「木の実とベリーでタレサルサを用意しました。こちらのつまみバサミで掴んで、かるく熱を通したら、タレにつけて召し上がりください」


「え? 私が食べるんですか?」


「安心してください。毒見はしてあります」


「そういう問題ではなく」


「さぁさぁ。作品を完成させないと」


「……では、一口だけ」



 そう言うと試験官は、顔をしかめつつ、つかみバサミを手に取った。切り身を一切ひときれつまみ、そして鍋の中に入れる。かなり念入りに熱しているが、薄く切っているのでそんなに熱さない方がよいのだけど、とフィオは思ったが好みなので黙っておいた。試験官は切り身をタレにつけて、それから恐る恐る口に運んだ。



「不思議な、食感ですね。味はあまりわかりませんけど、木の実の風味が強くて」


「わりと淡白なんですよね。タレがないと少し寂しいかんじの」


「うーん、なんとも言い難いですが、とりあえず、ワインが飲みたくなります」


「あら、用意してくればよかったですわ。たぶん赤ワインが合うんじゃないかしら。私、ワインはあんまりわかりませんけど。ささ、受験生の皆さんも召し上がってください。たくさんあるので」



 フィオが告げると、受験生はおずおずとしつつも近寄ってきて、鯉の切り身を食べ始めた。キアーラの時のような歓声はなかったものの、何やらわいわいと騒がしいかんじになった。試験官の方を見やると何やら気難しい顔をしている。料理の美味しさをどう評価しようかと悩んでいるのかもしれない。できれば、加点していただければと思う。



「ヴェルディモンテ様、良い料理、じゃなくて良い作品でした。講評は以上です」


「お粗末様でした」



 この後、芸術の評価結果を試験官それぞれがレポートとして提出するのだが、長い歴史の中で初めて、評価コメントとして、と書かれたことをフィオは知らない。

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