4.友人たちとの日々



 5月6日、午前11時。

 

 楽園島、第6区画のとあるカフェ前にて、ロクロは待ち人を探していた。

 今回指定されたカフェはどうやら楽園島内では人気の店舗のようで、ランチタイムが近いこともあってか込み合っている。


「カノンの奴、よくこういうとこ見つけるなあ……」


 客の大多数は女性のようで、見かける男性はほぼカップルとして女性と来ている。1人きりの男だけはどこか気まずさを感じて息苦しい。とはいえ約束の時間より30分も早く着いてしまったのは失敗だっただろうかと思いながら、辺りを見渡すと不意に、肩を叩かれる。


 振り向くと、帽子を深く被った背の高い青年が立っていた。帽子からはみ出た深緑の髪と右耳に輝くピアスが二つ。青空のような双眸を見てロクロは一瞬固まったが、すぐに気づいた――そして安堵したように息を付く。自分が探していた人間が見つかったからだ。


「やっほ、ロクロ。1か月ぶり?」

「アズマ! そうなるかな。久々だね、そっちは元気してた?」

「まあまあ扱かれてた。そっちはどうよ」


 そう言いながらもアズマと呼ばれた青年は意地悪な笑みを浮かべている。



「……ニュースに取り上げられてんだから、知らないわけないだろ」

「ああ、見た見た。第8区画の銃撃戦。映像見た感じ凄かったな、当事者としてはどう思った?」

「帰っていいなら家に帰りたかったよ。そのままベッドで8時間睡眠して、さっさと次の日になってほしかった」

「相変わらず、何かしらに巻き込まれる運は持ってるよな」



 くく、と小さく笑いながらアズマは店員に話しかける。どうやら予約していたのか、ロクロに付いてくるように促してくる――その様子を見て変わっていないなと、同じように笑う。

 店員に案内されたのは、店の奥側にある三人用のテーブル席だ。二人はそのまま腰掛けて、飲み物だけ注文する。ロクロはアイスカフェラテ、アズマは店特製ミルクココア。



「僕の近況報告もいいけれど、アズマは? あの後第8区画の掃除頼まれたんじゃないの?」

「昨日は非番だったし知らね。やったとしても別の人」

「そっか」

「そもそも担当してたら、お前に電話してるだろ?」

「……確かに」



 頷きながら、ロクロは欠伸を浮かべ店舗内を見渡す。アズマはその様子を見て、彼に何かあったことを悟るが聞くことはしない。

 1人で聞いてしまったらまだ来ていないもう1人に、何をされるか分かったものじゃないからだ。


「お待たせしました」


 そう言って女性店員が、二人の注文したアイスカフェラテと店特製ミルクココアがテーブルに置かれ、他にご注文があるのか視線で確認する。二人が首を振れば、店員は笑みを浮かべて礼をした後に立ち去っていく。

 それを見送り、アイスココアを飲んだ所で感嘆かんたんしたようにアズマが話す。



「なるほどね。カノンが選ぶ店だけある」

「客に合わせた接客が出来るってとこ?」

「それもあるけど、ココアが美味いとこ」

「アズマの基準は緩すぎるでしょ……」



 そんな風に呆れつつ、カフェラテを飲むロクロ。見遣った時計が示しているのは午前11時15分で、約束の時間までもう少しだけ雑談でもしようかと、お互いが視線を合わせた時だった。  

 少し大きめの足音と、かちゃかちゃ、と金属の擦れ合う音が聞こえてくる。その音の主は二人が座っているテーブル席に向かってきているという事だ――約束の時間前に来ることは珍しいとアズマとロクロが音の方向を見れば、いつの間にか目の前に女が一人立っていた。


 白のワイシャツに黒と赤のチェックミニスカート、腰のベルトには日本刀が一振り。染めたセミロングの金髪に褐色の肌はギャルと呼ぶにふさわしい風貌だ。

 黄色と青のオッドアイが二人を映し、そして空いていた席へ座った。


「よーっす、ロク坊にアズ! やっぱあたしがドンケツかー!」


 楽しげに笑いながら、近くにやってきた店員に何事もないようにいくつか注文を行う女を見て、ロクロもアズマも溜息を吐いた。彼女も相変わらず変わっていないという、安堵あんどと呆れの混じったものではあるが。











「カノンが約束より前に来た事が、結構珍しいことなんだけどね? 俺らからしたら」


 カノンと呼ばれた女は、店員が持ってきた美味しそうな料理の数々に夢中になっていた。やってきて早々、自由気ままに過ごす彼女。アズマが少し小言を漏らせば、カノンは食べていたミートソースパスタを呑み込み、頬を掻いた。



「んにゃ、ボスが送ってくれたからさー。それまで寝てたし」

「それはそれでどうなのさ……」

「いや、約束があるのは分かってたけど! 眠気には抗えないっていうか!」

「それで前に5時間ぐらい遅刻したことあっただろ、カノンさーん?」

「えーん、ロク坊。アズがいじめるー」

「正論しか言ってないけどね、アズマは……」



 大体いつも3人で集まる時に、遅刻してくるカノンに二人も注意はしているのだが治る様子もない。最初こそ色々説教や改善案を持ってきたが、効き目はなかった。

 その為結局2人が折れる方が楽だったのである。

 友人としてはその遅刻癖は直したほうがいいと思ってはいる。思ってはいるが、それを言ったところで自分達は匙を投げるしかなかった。



「ってことで1か月ぶりか? この集まりも」

「ん、ふぼぼぼっ」

「カノン。食べてから喋りなよ……」

「ま、お互いの近況報告とか愚痴とか話そうぜみたいな感じだし、飯食って帰ってもいいわけだしな。ちなみに今回の代金担当はカノンだぞ」

「んー」



 親指を立てて了解と示すサインを見せる。それを見て2人が笑う、いつもの光景。

集まった3人――ロクロ、アズマ、カノンはとある事件がきっかけで出会い、仲良くなった集団である。

 アズマとカノンは楽園島出身であり、ロクロは5年前に島の外からやってきた移民だった。最初の出会いこそ色々とあったが、今ではこうして月に一度会うほどだ。

 そして5年の月日の間に3人の立場は変わったが、友情は変わっていない。


「んで、近況だけど。まあロクロについては昨日のニュースみりゃ分かるか」

「ん? ニュース?」


 首をかしげるカノンに、アズマがにやにやとロクロに笑いかける。なお、当の本人は大きな溜息を吐いて机に突っ伏していた。透明な彼の魂がふよふよと飛んでいくさまが見えそうだ、と思うほどに彼の疲労感が伝わってきた。



「まあ、色々あったんだよ……ほんと色々……」

「何、ロク坊。死にかけじゃん。そんなヤバかったの」

「ヤバかった」

「あー……うん。メシ一口食べる?」



 慰めだと言うように、カノンは食べようとしていたハンバーグを差し出す。首をカノンの方に向けて、口を開けるロクロ。その様子を見て、アズマは流石にからかうのを止めた。

 とはいえこんなに疲弊ひへいしているのは珍しいとも思った。それはアズマと二人で話していた時に感じた事と関連しているのだろうか。今なら聞いてもいいだろうと、アズマは踏み込む。



「なあ、お前それ以外でなんかあったのか?」

「え?」

「何ていうか、銃撃戦だけならここだと日常茶飯事だし。まだそんなに疲弊ひへいしてないだろ」



 アズマの問いかけに、流石に起き上がったロクロ。そしてハイライトがない焦げ茶の双眸を二人に向けて、ぽつりと零した。



「……無茶ぶり」

「「?」」

「上司の、理不尽な無茶ぶりがあってさぁ……4日後、第2区画の高級ビルでの警備の手伝いを任されたんだよぉ……」

「「ああ……」」



 2人はそこでようやく彼の愚痴を理解した。

 第2区画、即ち楽園島において選ばれた人間が住む、一般人のロクロ達が手の届かない場所。更にその区画の警備はワルキューレの中でも優秀な人員が割かれているため、本来であればロクロ達が入る余地などない。

 だが、カノンとアズマは知っている。ロクロが所属するワルキューレ第6支部の長は、他の支部がやらないような仕事を率先して受け取ることが多々あるという事を。それも、大抵が本部の我が儘な要求が多いのだと。


「……別にさ、手伝うのはいいんだけど言うタイミングってあると思うんだよね……」

「……お疲れさん……」

「もう一口食べる? ロク坊」

「いや大丈夫だよ、カノン。もう決まったことだし……大丈夫」

「大丈夫っていう割にそうは見えないけどな」

「まだ引っ張られてるだけだよ。さっさと切り替えないとね」



 そう言って、深呼吸を何度か繰り返す――ロクロの決まったルーティンの一つである。もう既に決定してしまった事は変えられないし、何より中々いけない第2区画なら、探し物の手掛かりがあるかもしれないと、そう考えることにした。



「チャンスだと思えばいい」



 そう思えば重い気持ちも消えていく。

 2人に聞こえないように呟いて、息を吐きだした。

 抱えていた悩みと愚痴を話せてすっきりしたのか、ロクロの雰囲気が柔らかくなったのを察した2人は、今日はロクロを慰めようと大量に注文を行う。流石に昼間からのアルコールはなしにしても、料理はどれも絶品で満足なものだ。


 友人たちとの、そんな日常はロクロにとって救いであった。

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