第2話 自宅で一杯
現代は神話生物たちが認知できる世界となった。
人類の敵側に回る神話生物のことを
人類の味方側に回る神話生物を
数日前――
「ヤクト、今回の長期任務にお前を
執務机が壊れてしまいかねないほど大きな音を立てて机を叩くマティウスにヤクト・アーリマンは不思議気に尋ねる。
「はぁ?
「上層部直々のご使命だ、拒否はできん」
「……まったく、困った人だねぇ。上官様。少しは捌き上手になってくれないと俺も腰砕けになるだろ? 俺はフランシア支部にいたいんだが」
「ブリテンのオベロン様とティターニア様が捜索しているんだ。お前、精霊様方と仲良かっただろ? 先祖返りの人間は、世守も好意的なことが多いしな」
「……あのなぁ」
マティウスの言葉にヤクトは頭を抑える。
「お前が妖精姫様を見つけてきてくれれば御の字だ!! 頼む、引き受けてくれっ!! ブリテン支部も相当頭を抱えてんだ!! 今後のためにも、早急に解決してきてくれ!!」
執務机に頭を下げるマティウス上官の姿は滅多に見られない。
真面目な話だとヤクトは理解した。だが、こういう厄介ごとを回されることが多い自分としては、利がないまま話をとんとん拍子に進められてはたまらない。
「で? もちろん、褒美は期待していいんだよな?」
「頼む!! 任務が終わったら200年前のワインを3本用意してやる!!」
ヤクトはにやりと笑いながら意地の悪い提案をマティウスに持ちかける。
「ダメだなぁ上官殿……6本だ。それなら乗ってやる」
「ろ、6本だと!? 無理に決まって、」
「上層部からの頼みごとがだいぶ滞納されて困ってるんだぁ……忘れたとは言わせないぞ? マティウス」
上官の執務机に肘をつくヤクトは彼に要求するために微笑んだ。
「は? 何を、」
「借りがあったよなぁ? この俺に、上層部直々からのご依頼を聞く番犬にご褒美を用意を何度も忘れられて飼い犬の腹が減ってるんだ……わかるよな? この意味が」
「きゅ、急になんだ? ヤクト」
「アン、ドゥ、トロワ、キャトル……指折り数えても7本。そのうち一本減らしてやったんだ。それくらい飲んでもらわねえとなぁ? マティウス上官殿?」
指折り数えるヤクトは今までの付けをマティウスに示す。
「そんなのきっちり利子付けて返したろうが!!」
「はぁ? なら上官様の奥様に告げ口してやってもいいことをぽろっと言っちまいそうだなぁ。ゲームの中の女に大金使ってるとか、奥さんから止めれてる煙草のこととか、後は――」
唾を飛ばして怒鳴る上官にヤクトは追撃する。
「せめて4本、4本でなんとか……!!」
「……仕事内容次第で5本にすることを含めるなら、行ってもいいぜ?」
「わかったから、三日後に行く準備をしとけよ!! いいな!?」
満足する要求内容に満足げなヤクト。
マティウス上官に背を向きながら片手を振りながら彼は去る。
「はいはい……今回だけだぜ上官。俺の優しい気遣いに感謝しろよー」
「お前帰ってきたら覚えとけよぉおおおおおおおおおおおお!!」
空しい上官の嘆きを無視して番犬は執務室から去るのだった。
◇ ◆ ◇
……という流れのもと、
酒は美味い、料理も上手い、色々なゲームや小説がある。日本は春の時期だからか、やたら雨が多いのはフランシア支部でも似た感じだから違和感は少なかった。
日本は素敵な国だという認識であるヤクトだったが、一つ不満がある。
……料理や作品には問題はない。ないのだが。
「はやく妖精姫を見つけろ! ヤクト執行官!!」
「……またそれか、フジワラ上官」
力強く机を叩く上官にヤクトは溜息を洩らした。初めて日本に配属された時に彼が俺の上官になってからこうやって感情任せの叱責を浴びる日々が増えている。
妖精姫エフィリアーナは日本で発見された情報がいくつか散見されている、とのことを長期任務に行く前の二日目にマティウスから前情報で聞いた。だから、早々に見つかると踏んでいたらしいが……こうも雨が多いとな。
他の任務を行いながらだと難しいこともあるとマティウス上官殿にはある程度理解してもらっていたのだが、目の前の上官殿はどうも頭が固い。
「
「……お前がオーディールの執行官で一番鼻がいいのはマティウス司令官から聞いている。だからとっとと妖精姫を見つけ出せと言っている!!」
「今の季節は雨が多い。妖精の翅は雨の香りに負けるのさ。混血種なら特にな」
妖精の原種である純血種ならば雨の匂いにも負けない。
エフィリアーナ姫も純血種……一度嗅いだ匂いを忘れない俺でも、出会ったことがない相手の匂いを一発でわかるはずもない。
「……なら、さっさと妖精姫を見つけてきてから文句を言え。どんなことを言おうと見つけない限りは全ていいわけだ」
「頑なねぇ。だからマティウス上官みたいに奥さんができないじゃないのか?」
「ふざけるな!! 妖精姫をヤクト執行官でも見つけられないとマティウス司令官と統城総統に報告してもいいんだぞ!?」
「おぉおぉ、それは困る。俺は仕事は徹底的に熟すっつースタンスがあるんだ。アンタのたかが気分程度で下げられちゃあなぁ?」
「……ならば、早々に任務を終わらせてきたまえ!!」
藤原上官は神経質な男だ。茶髪のオールバック。細い銀縁の眼鏡。
彼の性格を表しているのか、体躯も男の体として最低限の体躯ではあるが、基本的に華奢だ。それほどまでの
だが、仕事に関して馬鹿にされるのは頭に来る。
執務机に手を置くヤクトは藤原上官の反撃として彼を弄る。
「……俺はな、発情期の駄犬よりもスマートに女を抱けるぜ? アンタみたいに沸騰してるだけの男に抱かれても女には飽きられるってもんさ。フジワラ司令官」
「任務に女も男もないだろうが!!」
「違うなぁ?
「――――な、」
オーディールでは鳥のコードネームを与えられるのが義務だが、各支部の人間に会わせて名付けられるのはわかっているが、俺は番剣でも番犬なのだから。
不敵にヤクトは微笑んだ。
「俺は犬であって、鳥になった覚えはない。俺は這いつくばる者、月の教規に従う人狼の先祖返り。ただ怒鳴り散らせば相手が黙ることを要求するだけの輩なんざに従う理由はない。頭を使うならチェスの裏の裏を掻く思考力を持ったボスを期待するぜ、
流れるようにヤクトは藤原の執務室から退室する。
「お前、普通に私の名を呼べるじゃないか!? ……本当に、面倒な男だ。ヤクト・アーリマンっ」
額を抑え、不愉快そうに口する藤原上官の言葉はヤクトには一切聞こえていなかった。
◇ ◆ ◇
任務終わりの報告を終えヤクトはいつも通り椅子に座ってくつろぐ。
雨が降る中、一人酒でヤクトはセーブしながら飲んでいる。
必要最低限な執行者の部屋にしては質素なものではある。酒を除けば。
「……はぁ、仕事終わりの酒は格別だなぁ。そうだろ?
「貴様、ふざけておろう……飲み過ぎだぞ」
白の彼岸花柄の黒い着物を纏った女は片袖で口元を隠す。
艶やかで切り揃えられた塗羽の髪、端麗な整った顔。
月明りの差さない黒一色で出来上がった黒曜石の眼は呆れ果てた色を宿している。白と黒、その二色で出来上がった彼女の美貌は飲み込まれてしまいそうになるほど美しい……彼女は俺の
彼女とはこうやって気軽に話す友人でもある。
「何言ってる、晩酌こそ大人の楽しみの一つだぜ。酒豪のお前が言うか?」
「……明日に響いても知らんぞ」
「お、付き合ってくれるのか?」
「今日だけだぞ」
「……今日だけ、ね」
横に座る相棒は俺が飲むと判断して置いておいた焼酎に手を伸ばす。
彼女の愛用しているグラスに注いでやれば、熄衣と俺は乾杯をしようと互いにグラスを持つ。
「いいねぇ、今日は飲み明かそう――――っと、ラブコールだ」
「……誰からだ?」
「……愛しの自動人形様から」
ヤクトはオーディール専用デバイスの画面を軽くタップしてから耳に当てる。
『ヤクト様、出るのが遅いです。自己計算上12秒1アト秒の遅れが生じております』
「……細かすぎない? ドールちゃん」
『ドールちゃん、という俗名は私のカテゴリー番号にありません。我が主である主君、
通話越しに聞こえてくうる落ち着いた声色の女性は織部。統城征士郎の専属メイドであるのと同時に
日本の技術の結晶でもる彼女たち、
そんな男の専属メイドから直接通話とは……本当に今回の長期任務に関して、ブリテン支部と問題を起こしたくないようだ。
「……悪かったってぇ、仕事終わりの酒は狩人の楽しみなんだ。任務は寝た後からお願いできないか?」
『ヤクト様がサボっているようですので、統城様に仕事を全うできない愚か者という報告をすることも可能です。後は、報告に向かえば終了する内容ですが……いかがいたしますか?』
きっぱりと言い放つ自動人形である彼女にヤクトは頭を抱えた。
アンドロイドである彼女に正論で勝てるはずもない。
情報戦では自分よりも彼女の方に分がある……しかたないな。
「わかった! わかったから織部ちゃん落ち着いて? せっかくの酒がまずくなるのは嫌なんだ……わかってくれるか?」
『それはヤクト様次第かと……それで、エフィリアーナ姫はまだ発見できませんか?』
「あぁ、上手く
エフィリアーナ姫。それが今回ブリテン支部で失踪した現妖精王オベロンと現妖精女王のティターニアの孫娘に当たる妖精姫の名だ。
ブリテン支部も相当混乱しているという話は聞き及んでいる。
だとしても、上手く擬態しているとしか思えない。
『……ヤクト様が彼女を発見できなかった場合、チームを組み捜索する手はずになっているのはご存じですね?』
「だからダメって言ってるだろ、妖精は繊細なんだ。同時に残酷性も秘めてる……だからより扱いは丁重にしないといけない。報復は怖いからね。他国の問題も日本支部の方にも来ているわけなんだから、そこわかってくれないと困るなぁ? レディ」
『……了承いたしました、ただし二か月、それまでに発見できないようであれば』
「わかってるって……チョロいもんさ。肝心な獲物を捕らえる時の弓矢の準備を怠る狩人はいないんだよ、ヒノモトガール」
『……わかっているのであれば、問題はありません』
「ん、それじゃまた」
『……失礼します』
通信を切ったヤクトは小さく息を漏らし背もたれにもたれる。
……生真面目なんだよなぁ、燈子ちゃんって。まぁ、そこも魅力的だけど。
「……他の女のことばかり構っているではないわ」
「ん? なんだハニー、拗ねちゃった?」
「るっさいわ、ボケナスが」
「えぇー? ひどいなぁ……せっかく用意してた焼酎はいらないならいいけど?」
ヤクトは指先でとんとんと焼酎の酒瓶に触れる。
もごもごと小さい声で熄衣は呟く。
「……いらんとは言っとらん」
「んん? 聞こえないなぁ?」
「……首を切られたいか?」
「はぁーい、可愛い可愛いハニーの頼みは聞きますよ」
けらけらと相棒の可愛さにニヤつきながらヤクトはグラスを持って再度、熄衣と乾杯する。
「しきり直し、さぁ、今日は飲み明かそうか」
「しかたないから付き合ってやるわ馬鹿者」
「っはは、辛辣」
無言で飲み合う二人は朝まで飲み耽った。
ヤクトはまだ、知らない。
――自分のとある偶然が、必然に変わっていく瞬間を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます