第5話:この言葉を言いたかったんだ…

「良くしてもらった身で言うのもあれだけれど、奇襲の警戒はいいの?」

 

 ダークネスが交渉──黄緑髪のロリババア魔法使いでありエルフもとい長耳族であり村長であるという属性過多すぎて胸焼けがするような存在と──をした結果、一晩貸してもらえた空き家にて。

 アリスの第一声がそれだった。

 

 うん。実は僕もさっきまでは同じ事を考えていた。

 もしみんなが警戒ゼロでこの家で寝る事を選んでいたら、仕方ないから僕が番をしようと思っていたのである。

 けどまあ、『彼』の様子を見ていたらすぐに不要な心配だと思い直したけど。

 

「……これは、あまり言いたくはないのですが……」

 

 その『彼』。

 つまりダークネスは一体どうしたというのだろうか? (すっとぼけ)

 うん。僕には記憶があるから大体予想できてるけどね(ズル)。

 警戒が必要ない理由と、彼が何故それを言いたくないのかを含めて。

 ──言いたくない理由は多分極めてしょうもない物だから、身構える必要は皆無だ。

 

「……ぼく、どうやら相手に害意や敵意があるかどうかわかるみたいなんです。それで、村長さんや他の長耳族さんたちも問題ないと……」

 

 聞くや否や、僕の予想通りアリスはぷるぷる震えて笑いを堪えていた。

 

「……アリスさん?」

 

「い、いえ。問題ないわ。なら大丈夫よね! ええ」

 

 うん。全く誤魔化せていないね。

 そして、アホのカルロスが。

 

「ダークネスって名前なのに聖人みてえな能力持ってんだな」

 

「あーっ! 言った!! 言いましたね!?」

 

 名前ネタ、擦っているように見えて実はまだ初日だからね。

 ネタが古くなるにはまだ早い。

 

 旧世界には敵意なく相手に危害を加えられる頭のイかれた輩も居たんだけど、エルフもとい長耳族の村にはそんなヤバそうな奴は居なかったから。

 

「ぷ、ふふ……じ、じゃあフェルナンド。そろそろ観念して色々と教えて貰おうかしら?」

 

「話を逸らすの下手すぎませんか? ……まあ、ぼくも色々と聞きたい事だらけなので良いのですが」

 

「ぶっちゃけ、そこまで笑うような面白いネタでもなくねえか?」

 

「それはもういいからっ!!」

 

「庇ったのに……」

 

 いや、フォローになってないぞ。

 面白さすら失われてしまったら、最早単にダサいだけの悲しきネタになってしまうからね。

 というかむしろ貶してる。

 

「……けれど、その能力があるのに最初は小鬼に語りかけようとしていたの?」

 

「まだあまり自信がない段階でしたからね。小鬼たちからは凄く嫌な感じはするものの、とはいえそれで対話の可能性を消してしまうのも良くないと考えまして」

 

 凄い良い奴っぽい台詞を言うダークネス。

 ちなみに、僕にはあいつらと対話なんて最初から頭の隅にもなかった。それはアリスもカルロスも同じだろう。

 ゴブリンもとい小鬼は、創作物で見るならばともかく、こうして現実世界で接する相手としては見た目があまりにも醜悪すぎて絶対に分かり合えないと一目で確信したからね。

 

「……ダークネスってもしかして、まじで聖人だったりするのか? 冗談抜きで」

 

「私もそんな気がしてきたけれど、それを知っていそうな人が教えてくれるかどうか……」

 

 まずい! 

 僕が何か言う前に自力の考察で辿り着こうとしているっ!! 

 特にカルロスはアホ枠だろうっ!? 

 

「フッ……全てを詳らかにするつもりはないがな。それは、私だけでなく人類にとって本意ではないだろう」

 

 僕は慌てて皆が気になりそうな言い方をして考察を辞めさせる。

 どうしようかな……あんまり小出しにすると自力で真相に辿り着いてしまいそうだ。

 この新世界で思う存分、大した事を何も言わない意味深な男ムーブをしたかったのに、こいつらの頭が良いせいで……! 

 

「君たちは、現在どれくらいの事がわかっている?」

 

 そのため、こうして苦し紛れの時間稼ぎをせざるを得ない。

 自分たちで考えさせたら先程のように答えに近付きかねないのに……思考が纏まり切らない。

 無様な僕を嗤ってくれ。

 

「まず、ぼくたちは新世界計画という物の参加者だというのはわかっていますよね」

 

「ええ。後、フェルナンド以外はみんな記憶を失っている。加えてそれなりの人数が参加していそうね。近い参加者を示唆する発言からして」

 

「……え、そうなのか?」

 

 疑問を浮かべるカルロス君。

 うんうん。君みたいな反応が普通なんだよ。

 

「そうなの。……後は、どうやら私たちは悪意ある人に攫われて……みたいな良くある展開ではなさそうね。むしろ……」

 

「はい。むしろ、ぼくたちはどうやら人類の希望、とまでは言い過ぎかもしれませんが、とにかく人々に望まれている存在であり、新世界計画もまた然りなのでしょう」

 

「えっと……何で2人はそう思ったんだ?」

 

 僕も気になる。

 普通、まず最初にアリスが否定した誘拐やら陰謀やらを疑いそうだけど。それで、なんで俺たちがこんな目に! とか家に帰りたい! とかなんとか。

 ……まあ、彼らは100英傑だ。

 いくらなんでもそれをするほど凡人ではないか。

 

「フェルナンドの数少ない言葉から察するに、どうやら人類は記憶を失った私たちに新しい何かをして貰いたいみたいだから」

 

「それに、選ばれたメンバーがあまりにも優秀すぎます。アリスさんやフェルナンドさんは言うまでもありませんが、カルロスさんも凄い腕力ですし」

 

 僕の意味深ムーブはダークネスに対しても成功しているようで何よりだけど、僕の化けの皮が今すぐにでも剥がれそうで怖い……! 

 

「あ、オレもそれは思ってた。アリスやフェルナンドは言うまでもねえが、ダークネスも絶対只者じゃねえだろ。悪意を察知なんて、物語終盤で覚醒した奴が手に入れるような能力だし。……むしろ、オレが一番しょぼいという危機感を感じていたり」

 

 え、カルロスもそんな風に違和感を感じていたの? 

 だとすると……もしかして、みんなの頭が良いんじゃなくて、僕が……

 い、いや! そんなわけないっ!! 

 

 ええい、この辺で僕が意味深ポイントを貯めなければ……! 

 

「ああ。流石だな。……この新世界計画は、滅亡する人類の中から100人の英傑を選び、記憶を消して1000年後の未来に飛ばし、全てを委ねるという計画だ」

 

 なんて言う。

 すると、3人は全員驚愕した表情をして。

 

「……は? う、嘘だろ? じゃあ……」

 

「……人類、滅亡しているの? 1000年も前に」

 

「……考えてはいました。しかし、考えうる限り最悪の可能性が当たっていましたか……」

 

 カルロスやダークネスだけでなく、あのアリスですら動揺して冷や汗をかいている。

 

 うん。これは意味深ポイントをたっぷり稼げたね。

 何より、この情報を知ったところで別にこれからの行動に役に立ちはしないというのが大きい。

 

 という感じで僕が内心で喜んでいたところ。

 

「……た、助けねえと。助けねえと!」

 

「……どうしたの? 急に」

 

 カルロスがいきなり喚き出した。

 ……ふむ。

 

「だって! 人類もう100人しか居ねえんだろ!? しかも記憶を失って!! なら……」

 

「……多分、大丈夫ですよ。そうですよね? フェルナンドさん」

 

「ああ。選ばれた100人の『英傑』だと言った筈だぞ、カルロス」

 

 言いながら、僕はカルロスがこういった反応を示すのを実に興味深く思っていた。

 何故なら、彼は……

 

「それに。ぼくとアリスさんが同じ場所に居たように、戦う力の弱い人は強者と組ませているようですし。せっかくの100人をそう容易に死なせるような真似はしないでしょう」

 

「あ、ああ……そっか、そうだよな。良かった……」

 

 気が抜けたように座り込むカルロス。

 そんな彼を横目にしたアリスが楽しそうな顔をして。

 

「それにしても100人の英傑、か。面白そうじゃない。張り合いがない奴らばかりで退屈していたところよ。勿論、強い人がたくさんいるのでしょう?」

 

「流石ですね、アリスさん。この状況でも変わらないのは頼もしい限りです。……そうか。これこそが……まさしく人類の希望を背負った選ばれし英雄……か」

 

 1人で何かに納得したかのように頷くダークネス。

 君もまた、随分と立ち直りが早い方だと思うよ。

 ダークネス自身は自覚はしていないかもしれないけど、君のそれは常人の反応では絶対ないと断言できる。

 

「アリスは100英傑の中でも最上位の一角だがな。とはいえ、退屈はしないだろうと私は考えている」

 

「……こうなると、フェルナンドさんがアリスさんに言っていた、旧世界最高の魔法使いというのがまた違った意味合いになってきますね……」

 

「つまり私は人類最高の魔法使いという事? それがイコールで100英傑の……つまり人類最強を意味しているというのは流石に早計だろうけれど」

 

 ──ふむ。

 どうやらカルロスは既にノックアウト。

 ダークネスも立ち直りはしたものの、未だダメージは残っている様子、か。

 アリスはまだまだ元気一杯らしい。流石というか豪胆すぎるというか。

 ならば。

 

「私は過去のアリスには世話になったからな。特別に、君の情報だけは開示するとしよう」

 

 僕はアドリブでアリスの情報だけは割と開示する事に決めた。

 そうする事で逆に他の人は明かさないみたいなスタンスを取れる……というか、そうしないと追求の果てにボロをボロボロと出しそうだからね。

 

 それに何より、今回僕にはどうしても使いたい台詞があった。

 そのため。

 

「率直に言うと、君は人類で3番目の強者だったな」

 

「ふうん……そうなのね。私より強い人が2人。その2人は魔法ではなく武術使いという事?」

 

 僕は無言で頷く。

 流石にこの場で『さあ、どうだろうな?』という決め台詞は使えない。使い所を間違えてしまうと、意味深な男ではなくわかりきった事を謎に誤魔化すアホに転落してしまうのだ。

 

「ア、アリスさんより上が2人も居るんですか? ぼくとしてはアリスさんは極めて非現実的な存在で、これ以上の人間なんて居ないのではというくらいに見えるのですが……」

 

 額から冷や汗を思いっきり流してダークネスが問いかけてくる。

 さっきから思っていたけど、ダークネスって結構……いやだいぶアリスを推すよね。めちゃくちゃ尊敬の目を向けるというかなんというか。

 でも、人類最強はアリスではない。

 それは絶対に譲れないし、かつてのアリス自身も100%同意するだろう。

 

「アリスが極めて優れた存在である事に異議は勿論ないし、だからこそ旧世界において私たちは良く組んでいたのだが、特に頂点の人間は……彼は神を超えた男だからな」

 

 僕の発言を聞き露骨に絶句した様子を見せるダークネス。

 対してアリスは目を丸くしてはいるものの、まだ元気な様子で。

 

「え、神? 1000年前には神様が居たというの?」

 

「フッ……今、それを語るべきではないだろうな」

 

 言えた! 

 人生で何回でも使いたい決め台詞をっ!! 

 これを言うためだけに、今回は色々と情報を開示したんだっ!!! 

 

 き、気持ちいい……(絶頂)。

 

 しかし、僕が喜びに打ち震える姿を彼女たちに見せるわけにはいかない。

 話を終えるまでが意味深な男の活躍なのだ。

 

「どうしてよ?」

 

「君はともかく、ここまでの話で既に手一杯になっている者も居るのではないか?」

 

 僕はこれ見よがしに、さっき座り込んでからずっと黙っているカルロスを見て言う。

 そして今の今まではどうにか着いてきていたダークネスも、顔を青くして既に限界を迎えていそうな顔をしているし。

 

「……そうね。そんな人が居たのに人類は滅んだの? とか、だったら、人類は外敵に滅ぼされた訳ではないという事? とか後は記憶の話とか……まだまだ色々気になる事はたくさんあるけれどまあ、仕方ないか」

 

 渋々といった様子のアリス。

 彼女は旧世界においてもこんな感じでちゃんと引いてくれていた。どうやら新世界においても同じような関係性を築く事になりそうだ。

 

 そして、最後に確認しなければならない事がある。

 

「そうだな。それで……君は明日からはどうするつもりだ?」

 

 またもやカルロスとダークネスをこれ見よがしに見ながら問いかける。

 アリスならば、きっと僕の期待に応えてくれるだろうと信じて。

 

 彼女は2人を見てから少し考えて。

 

「とりあえず、目下の行動としては引き続きあなたの案内に従って100英傑を探すで良いでしょう。2人もそれを否定する事はないでしょうし」

 

 うんうん! 

 そうだよ。流石はアリス。

 つまり、これからもこの話を始める前どころか、村に着く以前からしていたのと全く同じ行動を続けるという事だよね。

 僕の話、大層な話に見えて結局のところ、聞こうが聞くまいが実は何も変わらないよね!

 

 やった……僕は成し遂げたんだ……!! 

 

 こうして僕は満足気な表情を浮かべて眠りに着く。

 少し情報を開示しすぎたのでは? とか、明日からはどうやって意味深ムーブをする? みたいな事は今は考えない。

 

 まあ『新世界』計画の概要は話したけど、その中に含有された計画である『新人類』計画によって、僕たちは既に人類ではなく『新人類』になっているという話とかはまだしていないから、ネタはまだまだ尽きていないしね。

 

 とにかく今は、かつてなき幸せを存分に噛み締めながら眠りたいのだ。

 

 ああ……ミスとはいえ、記憶を持ち込んで本当に良かった……! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る