第3話:ヤバすぎる戦い

『ウギャアアァァ……』

 

「ふん、数だけの雑魚ね。これならあの悪魔の方がずっとマシだったわ」

 

 うん。こいつら一体何なのだろうか? 

 

 アリスがつまらなそうに殺戮しまくっているのは創作物で良くあるゴブリンみたいな見た目をした異種族たち。

 なんか矢鱈とたくさん出てきて、そして例外なく僕たちに襲い掛かってくるけど、勿論僕はこんな奴ら見た事がない。

 

 悪魔といいゴブリンといい、この地はすっかり魔境と化しているようだ。

 エデン(笑)。

 

 ──最初の頃は。

 

「ま、待ってください。もしかしたら会話が通じるかも……あの! ぼくたちは敵対するつもりはありません! 話を……」

 

『ブチコロアァ!』

 

「はい、さよならー」

 

 チュドォォン! 

 

 みたいなやり取りをしていたのだけれど、今となってはダークネスも奴らに語り掛けるのを諦めていた。

 

「フェルナンドさんもあの生物たちに心当たりはないんですよね?」

 

「ああ。少なくとも私は見た事がないな。実に面白い」

 

「あなたが知らないというのもまたおかしな話ね。奴らも生物である以上、突如空から降ってきたというわけでもあるまいし」

 

「そうですね。それにこの数が居るという事は、少なくともぼくたちが出会った場所に来るまでにいくらか目撃しているでしょうし……」

 

 うーん。これだから頭の良い奴らは。

 ……ん? これくらいなら別に頭が良くなくても気付く? 

 それはそうだね。

 

 とはいえ。

 

「1000年前には居なかった種族だ。仮にそれ以降に出現したとすると私は知らんよ」

 

「……ま〜た気になる事を言うわね……ほんっとあなたは……まあわざとやっている訳じゃないのだろうけれど……」

 

 ごめん、わざと。

 でもこれ、すっごく楽しいんだ……! 

 

「新世界計画という物が一体どんな計画なのか……フェルナンドさんの発言から幾らか推測は出来ますが、今はまず北西に向かわないといけませんからね」

 

「そうね。……4人目を見つけたら、少しくらいは落ち着いて話をしたい所だけれど……」

 

『ゴアアァァ!』

 

 ドオオオン! 

 

 アリスが片手間にゴブリンらしき生物(もうこれからはゴブリンとか悪魔とかって言って良いよね。面倒だし)を粉砕しながら、もう飽きたと言いたげな表情をする。

 

「……ねえ。私は適当に感覚で使っているのだけれど、魔法って何かしらの手順で放つと威力が上がるとかないの?」

 

「勿論ある。というよりも普通はそれがなければまともに魔法は使えない。アリスがあまりにも天才すぎるが故に使用出来ているだけだ」

 

 魔法は技術。

 様々な理論の果てにある物であり、感覚だけであの威力の魔法を使えるのはそれだけで100英傑入り出来るくらいの天才だ。

 普通の人間が適当に使うだけだと、せいぜい指先に火を灯したり、ちょろちょろした水を出すくらいで終わる。

 

「……旧世界最高の魔法使い、ですか。流石はアリスさんといった所ですが……出来ればぼくも多少は使えるようになりたいですね。このままだとぼくは足手纏いだ」

 

「ダークネスはかなり賢いから、智の面で貢献する事も可能だとは思うけど、最低限の防衛手段くらいは持ってくれないと困るわね。──フェルナンド、それくらいは教えてくれても良いんじゃないかしら?」

 

 どうやらアリスの中で僕は『そういう』扱いらしい。

 悪くないね。

 この新世界でも僕は順調に意味深キャラが作れているようだ。

 

「……本来ならば君たちが自分で導き出す事が望まれていたのだろうし、君たち英傑がこの新世界で全く新たな魔法体系を作り出す可能性を潰えさせるかもしれないが……致し方あるまい」

 

 どうやって魔法を使うのか、みたいな試行錯誤をただ眺め続けるのは流石に少々退屈だ。

 前に『天理の賢者』が言ってたけど、そういうのを車輪の再開発とか言うんだっけ? まあ彼女なら、新しい可能性が生まれる事を望んで長い間観察に徹するのかもしれないけれども。

 

 とはいえ仮にこの新世界に脅威が一切なかったならば、退屈とはいえそれもまたアリだったのかもしれないけれど……魔法を教えなかった結果ダークネスが死ぬなんて事態が起きたら、それはもう本末転倒を超えて僕は単なる馬鹿でしかなくなる。

 またもや役に立ってしまうわけだけど……前にも言ったけど、やはり最初は仕方ないか。

 今が意味深ムーブできていないかと言われたらそんな事は全くないわけだし。

 

「ただし、最低限の魔法しか伝えるつもりはない。構わないな?」

 

「ぼくとしてはそれだけで十二分にありがたいです! よろしくお願いします!!」

 

「……ずるい男。さっきの言葉を聞いて、いいえと答える奴なんている訳ないじゃない」

 

 アリスがボソッと呟いているのは当然聞き逃していない。

 ……ずるい男、ね。

 前も彼女からは良くそう言われていたなあ。懐かしい。

 

 

 というわけで。

 

 

「雷よ、迸れ! 『ライトニング』!!」

 

『ギャアアッ!』

 

「やった、ボスを倒せた……!」

 

 早速、僕が教えた魔法『ライトニング』でゴブリン集団のボスみたいな奴を抹殺するダークネス。

 うん。我ながら良い魔法のチョイスだ。

 

「『ライトニング』は本来中級に位置する魔法だが、その理由は扱いの難易度ではなく消費魔力量。ダークネスにその心配は不要だからな」

 

「ありがとうございます! これでぼくも戦える……!!」

 

 喜びを示す少年。

 しかし、まさかあのダークネスに僕が魔法を教える日が来るとはね……

 本当に面白いな、この状況は。

 なんて思っていたら、アリスが何やら笑いを堪えるような顔をしていた。

 

「……どうしたんですか? アリスさん」

 

「……ふ、ふふっ。いえ、ごめんなさい。何でもないわ」

 

 堪えきれずにぷるぷるしているアリス。

 そんな彼女にダークネスは勢いよく近付いて。

 

「言えっ! 言うんだっ!!」

 

「……いや、だって……『ダークネス』なのに『ライトニング』って……ぷ、ふふっ」

 

「言ったなっ!? ぼくもそれを気にしていたのにっ!!」

 

 思わず吹き出すアリスと怒り狂った様子のダークネス。

 そんな彼らのアホなやり取りに僕は頷いてから。

 

「勿論、それを考慮して『ライトニング』を教えたからな」

 

「!? フェルナンドさんってそういう人だったの!?」

 

「冗談だ。実際、『ライトニング』は今の状況に適した魔法だろう?」

 

「う、うう……それはそうですが……絶対に弄ばれてる……」

 

 何度も同じ事を繰り返して申し訳ないけど、まさかあのダークネスをこんな風に揶揄う日が来るだなんて。

 旧世界の色々な人に見せたい気分だけど、無理だからね。残念である。

 

 さて、チュートリアル戦闘も終えた所で。

 

 

「遠くから戦闘音が聞こえる。私たちが探している者が戦っている可能性が高いだろうな」

 

「そうね。……どうしましょうか? ダークネス」

 

 明らかに誰かが戦っているらしき音が聞こえたので、話を振ってみるとアリスがダークネスに意見を求めた。

 ふむ。彼女はどうやらダークネスに軍師役を任せるつもりらしい。

 アリスも頭はめちゃくちゃ良いんだけど、旧世界でも彼女は策を練るより暴れる方を好むヤバい奴だったからね。

 

「……様子見も手ではあります。その人がアリスさんクラスの実力者である場合、出方を伺うべきだと思いますから。しかし、逆に言えばぼくのようなタイプの場合は……リスクリターンを勘案すると……そうですね、助太刀に向かいませんか?」

 

 少しだけ考えたようだが、すぐに救助を提案するダークネス。

 流石、判断が早いな。

 

「わかった。行きましょう」

 

「私は例によって背後を警戒しておこう。道を拓くのは記憶を持つ私ではなく君たちであるべきだからな」

 

「わかりました。では、お任せします!」

 

 アリスとダークネスが先行し、僕が付いていく形で駆けていく。

 

 僕は走る前にゴブリンのボスが持っていた棍棒を拝借しようとして……

 ……あいつが思いっきり握り締めてた棒か……汚いから止めるか……

 

 うん。とにかく2人の後に着いて行った。

 

 

 

 そうして、僕たちの目の前に現れた光景は。

 

「オラァ!!」

 

『グギャアッ!』

 

 20歳になる前くらいに見える、赤髪の精悍な顔をした青年がゴブリンたちを棍棒で殴り殺しまくっている地獄絵図だった。

 そこら中にぐちゃぐちゃになったゴブリンの死体があって、臭いがヤバい。

 青年も返り血に塗れていてヤバい。

 

 凄い。まともな武器のない原始の戦いってこんなにヤバいのか。

 旧世界では基本的にみんな魔法だったり剣だったりを使っていて、こんなぐちゃぐちゃになる光景を僕は見た事がなかったから。

 後は、多分ここまで臭いのはゴブリンの体臭や体液臭が結構な割合を占めていると思うけど……

 

 ──とにかく。

 直視し難いし臭いも嗅ぎたくないし、せっかく駆け付けてきた所だけども、僕はもう一刻も早く帰りたかった。

 

「うえっ……も、もう少しどうにかならないの……?」

 

「ア、アリスさん……水魔法とか使えないですか……?」

 

「うう……やってみる……」

 

 は、早くしてくれアリス! 

 無理そうなら言って! 今すぐ教えるから!! 

 

 なんて切実に思っていたら、アリスはちゃんと大量の水を生み出して。

 

「そこのあなた! 避けなさい!!」

 

「ん? 援軍か!? ……ってうおおおお!!」

 

『ゴバアアアァァ!!』

 

 戦場を全て押し流した。

 

 

 ん? ダークネスの実戦経験を積ませる? 

 いや、そんな余裕ないっす……

 

 

 という事で、残党狩りをし、救助戦を終わらせて。

 

 

「臭いから早く水を被りなさい!」

 

「ぶわっ! い、いくらなんでも酷えだろ!!」

 

 さっき水魔法を完全ではないとはいえ避けていた彼に改めてアリスが水をかける。

 

「アリスさんの言う通り、凄い臭いでしたよ……」

 

「ああ。流石に耐え難かったな……」

 

 びしょ濡れになった青年に対し、僕とダークネスはしみじみと語る。

 いや、本当に……彼にはまともな武器が手に入るまで戦闘禁止令を出したいくらいである。

 

「どうしてこんな所でゴブリンの大群と戦ってたんですか……?」

 

「あ、やっぱりこいつらゴブリンなのか。──うーん。オレも普通なら避けるんだがよ、この奥に怪我をした奴が居てな」

 

 まだ臭いが残っているため、辟易したように話しかけるダークネスに対し、彼はそう回答する。

 

 ……けど、それは少し妙だな。

 

「怪我人がいるの? 水魔法を向けた方向と違って良かったわ……ってあら? フェルナンド、ここには1人しかいないんじゃないの?」

 

「ふむ、私の記憶ではその筈だが。別の場所で目覚めた者が記憶を失った状況下でピンポイントにここに来る可能性は低いし、仮にそれが可能な強者ならば……」

 

「そもそも怪我をしないという事ですか。確かに、ゴブリンには魔法を覚えたてのぼくでも危なげなく勝てるくらいですからね」

 

 そうなんだよね。

 ここからだと、一番近い英傑でも数十km離れているし。

 怪我人とは一体どういう事なのだろうか。

 

「まあ、怪我人って言うと少し違うっていうか……早い話人間じゃねえんだよな。見せた方が早いと思うから、案内するよ」

 

「ああ、なるほど。……それはそれで気になる話だけれど……わかったわ。とりあえず、見てから判断しましょうか」

 

 アリスは納得したように頷いてから。

 

「では改めて。私はアリスリーゼよ。こっちの怪しい人はフェルナンドで、こっちの若い方はダークネス」

 

「……ん? ダークネス??」

 

「今それは良いですから!!」

 

 ダークネスが慌てたように自身の名前への疑問を止める。いじられキャラが定着してきたな。

 ちなみに僕はアリスから見て引き続き意味深キャラを確立出来ているようで、内心少し喜んでいた。

 

 そして。

 

「オレか? オレの名前は……あーうん……オレの名前は、ラインハルトだ」

 

「「「…………」」」

 

 僕たちは顔を見合わせる。

 

「……ねえ、フェルナンド。彼の名前は?」

 

「カルロスだ」

 

 アリスは再び納得したかのように頷く。

 ダークネスもうんうんと頷いていて。

 

「そう。じゃあ、あっちよね? カルロス」

 

「行きましょう、カルロスさん」

 

「案内してくれ、カルロス」

 

 僕たちは決してラインハルトなんて名前ではない人物──カルロスに案内するように急かす。

 

「!? カ、カルロス? フェルナンド、オレの名前を知ってんのか??」

 

 まだ臭うカルロスの疑問に答える者などいる筈がなかった。

 良い香りのするラインハルトだったら答えてあげたけどね。

 

 

 ──そうして、カルロスに案内されるがままに進んでみると。

 

 僕たちはそこでも衝撃的な光景を目にする事になった。

 

 この新世界において、次から次へと面白い出来事が起きているわけだけど、今回のそれは中々凄いと僕は感じるくらいには。

 

 

 具体的に何が居たのかと言うと。

 

 

『◯※×#%>€¥〜!』

 

 

 そこには、華奢な身体に人間ではあり得ない長く尖った耳、色白の肌に整った容姿。

 そして露出の高い服装をした、人間の女性に似た容姿だけど絶対に人間ではない謎生物……旧世界の創作物で言う所のエルフのような生物が居た。

 

 

 ……うん。ますます面白くなってきたな。

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