第38話 ドラフト

 夏の甲子園の決勝は猛暑日だった。この時代は令和より平均気温が4℃ほど低い。それでも真夏は暑い。天気予報では36℃まで上がると言っていた。相手は因縁のPF学園。ライトの守備位置から、うちのエースが炎上する様子を見ていた。才能はある。でもまだ二年生。あと一年早く入学してくれていたら……そんなことを思ってしまう。


 うちの打線は八回までに五点。桑原相手にここまで取れたのは立派だ。ただ、岸原に本塁打を浴びてすでに十失点。控え投手もおらず、交代のタイミングも逸している。疲労や球数も限界だ。ベンチから伝令が俺の投手用グラブを持ってマウンドへ走る。走りながら外野の俺を手招きしていた。


 ――俺が投げるのか。


 正直、気が重い。俺の変則フォームはすでにPFに研究され尽くしている。以前、滅多打ちにされたばかりだ。それでも選択肢はない。結果は予想通り。さらに打たれて天を仰ぐしかなかった。


 甲子園にPFの校歌が流れる。超満員のスタンドが静かにその旋律を聞いていた。高校野球、楽しかった。でも俺にとっては通過点にすぎない。高校時代に築いた分析技術は、きっとこれからの野球人生でも武器になる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 甲子園が終わると、空気が一気に騒がしくなった。今年のドラフトは高卒選手が大豊作だ。

 俺の周りにもスカウトや記者の数が明らかに多い。最近では記者に話しかけられることが多すぎて街に出られないほどだ。


 この時代の記者のコンプライアンスは終わっている。普通に無許可で校内に侵入してくるのが面白い。移動教室の際に取材を申し込まれて仰天した。もちろん、その記者は周りに通報されて追い出されていた。校門には警備員が常駐して、部外者の侵入を防いでいるんだが、裏のフェンスを登って侵入してきたらしい。

 俺は「パ・リーグ以外ならどこでもOK」と公言してきた。この辺りの真意についてどうやら聞きたい記者が多いらしい。そのままの意味で、パに指名されたら大学に行くだけなんだけど。

 でも、それを無視して指名してきそうな球団もある。

 大学進学の準備はしてある。もしセ・リーグに入れなければ、野球推薦ではなく一般入試で進学するつもりだ。推薦入試は十月頃に行われ、学力も見られるので三年生は皆、勉強に必死だ。国体も終わった。


 朝の新聞のドラフト特集に、俺の名前が大きく載っていた。


 庄内毅。ライト/投手。奈良・飛鳥台高校、兵庫県尼崎市出身。甲子園通算打率6割、歴代最多の18本塁打。

 春の選抜ではKKコンビを打ち砕き、飛鳥台を初優勝に導いた。敬遠ホームランなど、数々の伝説を甲子園に残した。投手としても最速152km/hの速球を持ち、強肩を生かした送球にも定評がある。

 パ・リーグからの指名を拒否しており、指名された場合は大学進学の意向。ただし進学先の大学名を公表しておらず、ブラフと見なす球団も多い。さらに有力大学側もセレクションの受験を否定しており、情報は錯綜している。

 日ハムと大洋はすでに一位指名を公言。競合は必至。打撃はプロ級との評価が高く、どの球団からも一位指名の可能性がある――。



 競合一位。評価はありがたい。プロの世界では年俸がすべてだ。今はまだ一億円プレーヤーが珍しい時代。だが、いずれ球界は大きく変わっていく。その先駆けになりたい。

 最初の年俸が高ければ高いほど、大台に到達するまでの時間は短くなる。


 ただ、頭が痛いのはパ・リーグからも指名されるのが確実なことだ。進学を装って回避したいが、推薦を受けていないため、強行指名されるリスクが高い。仲のいい阪急のスカウトには事情を話して理解してもらっているが、すべての球団が納得するとは限らない。


 ドラフトにおいて岸原との比較は避けられない。

 成績では俺が圧倒しているが、アッパースイング打線、金属バット頼み、などと批判されている。金属打ち――高校で活躍できてもプロでは通用しないタイプ、という評価だ。反発係数の高い金属バットで成績を出しているだけ、と言われれば、反論は難しい。

 それでも、俺は信じている。アッパースイングはプロでも通用する。いずれ評価が決着する日が来るはずだ。


 飛鳥台高校として初のドラフト候補に、学校も大わらわだった。視聴覚室に記者会見場を仮設し、報道用のマイク台や学校ロゴ入りの背景パネルを用意する。先生たちは楽しそうに作業していた。非日常を味わっているようで、見ていてこっちも少しうれしくなった。


 指名が確実なのは、俺と四番の浜田ぐらいだろう。セカンドの守備の上手いやつにも調査票が来ていた。指名されてもおかしくない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ドラフト当日。会見場に控える予定の三人は、午後の授業を免除されて会議室で打ち合わせに入っていた。進行役の教頭が、資料を手に段取りを説明している。


 正直、テレビで流れるのなんて、指名直後のコメントくらいじゃないかと思うんだけど……校長による「本学の歴史と教育理念」の演説まで用意されているらしい。まるで卒業式みたいなテンションだ。内心ツッコミたくなるが、黙って聞くことにした。


 何度も教頭に念押しされたのは、「パ・リーグに指名されても、この場では拒否を明言しないこと」。進路に口出しはしない、とは言うものの、“世間の反発”という空気を読めという話らしい。

 確かに、テレビで「拒否します!」なんて映像が流れて、それがリピート再生でもされたら、印象は最悪かもしれない。仕方がない。


 控室では、浜田と雑談していた。どうやら阪急と話がついているらしく、「2位、場合によっては外れ1位もあるかもしれん」と、嬉しそうに話していた。俺の予想でも、競合を避けた球団が外れ1位で浜田を狙ってくる気がする。


 本人には言わないが、こいつは本当に真面目だ。分析班の出してくる資料を頼りにするだけじゃなく、自分でも相手投手の映像を研究してノートを取っていた。俺や岸原のような“競合覚悟”のタイプとは違って、堅実に上を目指すスタイルだ。プロでも長くやれるタイプだと思う。


 ちなみに、この時代のドラフト制度は、令和とほぼ同じ形式。唯一の違いは「プロ志望届」がまだ存在しないことくらいだ。それ以外は、セ・パ共通で公平に行われる――はずなんだが。


 ドラフトは意外なことに紆余曲折があってこの形になっている。俺としては、“逆指名制度”の話を聞くたびに思う。選手が球団を選べるなんて建前のせいで、裏金が横行し、結果的に球団側が音を上げて撤廃された。あと、国体に出た選手を特別扱いして指名順をズラすルールとか、大卒と高卒で別日程のドラフトとか、正直、場当たり的すぎる変更があった時期もあった。

 2位以下は「ウェーバー制」で、戦力均衡を目的として弱いチームから順番に指名する仕組みになってるけど、1位には適用されていない。逆指名といい、俺にはどうしても東京の某球団の意向が透けて見えて仕方がない。まあ、言っても仕方ないけど。


 順調そうな浜田とは対照的に、セカンドのやつは今日は会見場に呼ばれないかもしれない。控室には来ているが、新聞社の予想では指名圏外らしい。けど、進学先はしっかり押さえているし、彼なりに将来を考えているのはわかる。


 ドラフトの新聞特集を眺めながら、誰がどこに行くのか、他愛もない話をしていると、隣の会見場が騒がしくなってきた。どうやら報道陣の入場が始まったらしい。

 いよいよだ。ドラフト。人生が大きく動く一日が、始まろうとしている

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