6.お姉ちゃんズの世界解説講義 feat. しらぬいちゃん! Sex, Gender and so on.

 パンドラ公国を治めるミルヒシュトラーセ辺境伯の息子であり、こころをもつものプシュケーでもある、アイ・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ。

 

 そして不知火陽炎連合の傘下であり、近年頭角を現している春日家の娘、春日春日かすがはるひ

 

 この2人での聖別の儀セパレーションり行われることが正式に決定された。


 ◇◆◇

 

 今日はシュベスターアイ師弟と、不知火陽炎しらぬいかげろう師弟と春日はるひの5人で勉強会をしていた。


 シュベスターとしらぬいが黒板の前に立って講義をして、幼い3人がそれを聞くという形式だ。3人とも講義室の椅子が高すぎて足が地面についていない。アイとはるひに至ってはぷらぷらと揺らして遊んでいる。かげろうだけが暗い面持ちでまんじりともしない。


 ◇◆◇

 

「お前たちももうすぐで年齢が5歳となり、、そしてアイとはるひの聖別の儀イニシエーションも決定した、そこで今一度お前たちにこの世界における性別とは何なのかの講義をする、これはお母様の命令でもある。」

 

「お母様が……!……それにしてもかげろう……?どうしたの元気ないみたいだけど……。」

 

 アイが心配そうにかげろうを気遣きづかう。

 

「アイ様……やはり本当なのですね……はるひと聖別の儀セパレーションを行うというのは……。」

 

「……?うん、そうだね?」

 

「そこにアイ様の御気持ちはあられるのでしょうか……?それとも――。」

 

「あい?あいはねー、まだよくわかんない。儀式や性別のこともまだ教えられてないし、でもなって。それにってあいは思うなー。」

 

「そう……ですか……。」

 

「あいちゃんあいちゃんあいちゃん!かげろうくんには優しくしてあげてね〜。初めてアイちゃんの相手が自分じゃなくてはるひだって聞かされたときはもう!かげろうくん大爆発だったんだから!はるひに決闘を挑みに行く!って。

 何とかしたけど、まだ納得いってないんだよ〜。」

 

 しらぬいが弟に助け舟を出す。

 

「そうなんですか……?かげろう……なんで――」

 

「――まぁいいだろうその話は、まずはお母様に言われた任を全うせねば。3人ともよく聞いてくれよ。とても重要なことだからな。」

 

 シュベスターがアイに何かを気づかせないように口を開く。


 ◇◆◇

 

 「この世界では徳のあるもの――市井しせいの人々には特別な才のあるものと認識されているが条件は明らかになっていない――の中に自らが生まれ持った性別だけでなく、もう一方の性別へと肉体を変化させられる者がいる。

 

 両性具有者セラフィタと呼ばれるそのもの達は、特別な力があるとあがめられていたが、同時に差別の対象にもなり得た。その理由は両性具有者セラフィタもどきの存在だ。

 

 これは両性に変身できるもののうち、一方の性別を10秒以上保てないもののことを言う。両性具有者セラフィタ社会の中でも勿論差別の対象となるが、普通の人間からも蔑みの対象としてみられる。

 

 両性具有者セラフィタが優秀で社会的に持てもてはやされることへの反発もあり、その妬みのぶつけ先として両性具有者セラフィタ擬きは格好の的となるのだ。」

 

「差別……性別……。」

 

 はるひが何か忌々いまいましい思い出を噛みしめるように呟く。

 

 「はるひちゃん……?どうかしたの?」

 

 「アイくん……ううん、なんでもないの。」

 

 アイがはるひを気遣って声をかけるが、はるひはと、胸の苦しみを伝えようとしない。

 

「例えばそうだな、まぁお母様がこの講義を開いた理由でもあるんだろうが、アイ、お前とはるひは両性具有者セラフィタであることが分かった。」

 

「あいと……はるひちゃんが……。でもどうやって知ったのですか?あいもしらないのに。」

 

「それは不知火陽炎連合の力だよ〜!方法は企業秘密だけどね〜!大事なカードだからさ〜。」

 

「その点についてはお母様から聞いている。連合の報告で判明したと。連合の秘密主義なやり口には大層苛立いらだっておられたが、アイが両性具有者セラフィタだと知ってそれも不問にしたらしい。

 

 ……たぶんアイとはるひでの聖別の儀セパレーションをお母様が決定し、連合が許したのもその為だ。お互いが両性具有者セラフィタ同士だとあるいいこと……いいことといってもお母様や連合にとってだが、いいことがあってな。

 

 そうでなければ順当に行けばアイとかげろうくんでの聖別の儀セパレーションだっただろう……かげろうくんは陽炎家の次期当主でアイの相手にはうってつけだからな……。おっとすまない失言だった。」

 

「……。」

 

 かげろうはなにかくらい塊にのしかかられているように、押し黙っていた。


「まぁまぁかげろうくん、シュベスター、続けて〜。」


 ◇◆◇

  

「ああ、そして文學界リテラチュアには生来の性別以外に、肉体年齢が5才になると顕れる第二の性別というものを持つ人間がいる。これは一定の確率で遺伝するものであり、優秀な性を持つものは往々おうおうにして地位が高いことから、貴族によく見られる現象でもある。

 

 その性別とは人間体アニマ獣神体アニムスだ。字はこう書く。そして、第二の性を持たない大多数の者はノーマルと呼ばれる。    

 人間体アニマとは、繁殖に特化した性別で、力が弱く頭も回らないとされているが、どの性別が相手でも妊娠が可能という特性から、絶滅することはなかった。

 

 そして、こちらも人々の差別の対象でもある。他人の力をてにして寄生し、繁殖力だけで生存競争を戦うという狡猾こうかつさが、その品性の下劣げれつさを生んでいるのだ、というのが世間の風潮だ。

 

 ……そんな悲しそうな顔をするなアイ……私の意見じゃないぞ……一応な。

 

 一方獣神体アニムスは繁殖力が極めて低いものの、その強大な膂力りょりょく、知性、才覚でもって覇権を握ってきた性別である。

 

 研究によると数の少ない順に、人間体アニマ獣神体アニムス、そして第二の性を持たぬ大勢のノーマルとなる。これは繁殖力の低い獣神体アニムスたちが、人間体アニマの繁殖能力の高さを利用して、その数を増やしてきたことがその理由である。


 ……ここまででなにか質問は?」

 

「……つまり男女の性別を変えられる人のことを両性具有者セラフィタと呼んで、男女の性別に加えて繁殖に特化した人間体アニマいくさごとに特化した獣神体アニムスという2つ目の性別を持った人たちがいる……ということでしょうか?おねえさま。」

 

「そうだ。アイ。」

 

 はるひは差別のくだりから何かを思案しており、かげろうも何事かをかんがえこんでいるので、ほとんどアイとシュベスターの個別講義になっている。

 

 しらぬいはというと各々の反応に目を光らせている、シュベスターに先生役を押し付けたのはこのためだったのだろう。


 ◇◆◇

 

「ええと……お話だけではまだイメージしづらくて……。」

 

「そうだろうな……じゃあ具体例を出そう。そこで講義もせず突っ立っているしらぬい――」

 

「えっ?!わたし?!いやいや性別の話は他人が明かすのはマナー違反でしょ?!アウティング他人の性をバラすことだよそれ!隠して生きる人も多いんだよ?!」

 

「だから、お前が言っていいならお前から言ってくれ。お前の地位と性別なら別にいいかなとは思うが、一応アウティング暴露はしないよ。」

 

「ん、ん〜、まぁいいんだけどさぁ〜なんか恥ずかしいなぁ。よし!この私!」

 

 ビシッと自分を指さして決めポーズ。

 

「不知火家の長子ちょうしにして!不知火陽炎連合の次期藩主はんしゅ!超絶かわいいと一部で噂の不知火不知火ふちかしらぬい!」

 

「ちょーぜつかわいいです!」

 

 アイの合いの手。

 

「あ……アイちゃん……。」

 

「ガチ照れするな。続けろ。」

 

「の!性別は〜まず女!ここまではみんな知ってるね〜?そして……両性具有者セラフィタ!!……ではございません!残念!!……そしてそして〜!第二の性別はありまあー………………」

 

「溜めが長い。早くしろ。」

 

「あーーーす!あります!それは、獣神体アニムスです!つまり――」

 

 しびれを切らした親友が、親指で指しながら先に告げる。

 

「つまりこいつの性別は女で獣神体アニムス、……一般的な言い方をすると、“獣神体アニムスの女”ということになる……こんなふざけたやつが選ばれし獣神体アニムスとは信じたくはないがな……。」

 

心底あきれたようにシュベスターがいう。

 

「なるほど……!しらぬいさんはすごいんですね!」

 

 反対にキラキラと純粋に目を輝かせたアイがしらぬいを褒める。

 

「そうだね〜反対にになっちゃった人は大変だと思うよ〜生まれながらにして人より劣ってるんだからね〜。」

 

先ほどからしらぬいの大演説を盗み聞きしていたはるひを、しらぬいは何か見透かしたような目でチラリと見やる。劣った性という言葉を聞いた刹那、はるひの眼が怒りと暗闇に染まる。


 ◇◆◇

 

「……本当にそうなのでしょうか?」

 

 暗闇を切りひらくようなアイの声、今まで気もそぞろだったかげろうもはるひも、その場にいる全員がアイに注目していた。

 

「本当にそうなのでしょうか?わたくしプシュケーこころをもつものですけれども、すごいのは私じゃなくてれまでの、プシュケーこころをもつものの方々が築き上げてきたものだと思うのです。

 

 私が最近持てもてはやされているのは、いわばその先人たちの作り上げた功績の、巨人の肩の上に立っているからではないかと。それは決して私の功績ではありません。この肩からさらに高いところにいくのか、それとも低きに流れるのか、それこそが私の真価が問われるときではないかと思うのです。

 

 性別についてもそうです。例えば、と思うのです。すごいのは私以外の人々が成し遂げてきたことであって私ではありません。

 

 それに、たとえと思うんです。

 

 重要なのは、ではないかと。結局、性別はただの違いでしかなく、そこにすごいとか劣ってるとか、上とか下とかはないのではと、そう思われるのです。


 ……ハッ……すっすみません偉そうに!」

 

「アイくん……。」

 

 はるひは向日葵ひまわり畑の中でただ1輪、太陽にそむいて咲く日輪の華をみた心地だった。

 

「……!…………〜♪」

 

 しらぬいは何かをとても面白いものを見つけたようにアイを見やる。

 

「アイ……お前の考えを否定はしない、私は姉だからだ。でも……」

 

「その考えは隠しておいたほうがいいね〜。」

 

「……何故ですか……?」

 

「その考えはパンドラ公国ここでは異端だからだ。お前の考えを否定したくはないんだ……ただ……

 

 それに間違ってもいる。確かに、それは否定できないものだからだ。獣神体アニムスし、人間体アニマんだ。それは動かし得ぬ真実なんだ。この2つに上下関係があるということは自明の理なんだ。


 だからといって扱いをしていいとまでは言っていない、私は。でも。どうしてこの2つが対等になり得る?……不可能だ。

 

 重要なのは劣っていないと白い嘘ホワイト・ライで誤魔化すんじゃあなくて、確かに劣っている、だから手を差し伸べてやろうと考えることだと思う。自明な違いさえ認めず、同じ扱いをすれば、辛くなるのは劣っている方の性別だ。」

 

 アイは、お気に入りの毛布をもう大きいんだから持ち歩いちゃいけないと言われた時のようなさびしさを感じた。姉にここまで自分の思想を否定されたのは初めてだったからだ。

 

「でも……でも、おねえさま……」

 

 相手がエレクトラははならここで反論なんぞしようとは思わなかっただろう。でも、相手が誰よりも自分にやさしくしてくれてきた、シュベスターあねだったからこそ、アイは二の句を継いだ。

 

「でも……産むだけの性別と何でもできる性別とおっしゃいましたが、アイは……だと……アイは……思います。


 思うんです。アイはパンドラの文学や哲学でそのようなことを学びました。だから――」

 

シュベスターは、もうひとりで歩けるから姉の手助けは要らないと、弟に言われたような心持ちになった。とても……寂しい気持ちだ。

 

「ちが……う、……ちがうぞ……アイ。必ず優劣は存在するし私はそう育てられてきた!だから……そう教えられてきたんだ。だから、だから……お前のろんを受け入れることはできない。だって……だって……生まれたときからそう教えられてきたんだ……。」

 

「はいは~い。2人とも落ち着いて!アイちゃんの考えもなかなかにユニークでいいけどね。シュベスターはなにもアイちゃんのことが嫌いでこんなこと言ってるわけじゃあないの!この世界で支配的な考えはシュベスターの方だし、それが常識。

 

 つまりシュベスターはアイちゃんがのが、こわいんだよ。わたしもかげろうくんのお姉ちゃんだから分かっちゃうんだよ。


 なんだよ。それが目に見えてるものなら尚更ね。だからシュベスターは今こんなに必死なの。それは分かってあげてね……?」

 

 しらぬいの真摯しんしな仲裁により、アイは自分なんぞが立派でやさしく、つよい姉に意見をしたことがたちどころに恥ずかしく、申し訳なくなった。

 

「申し訳ありません!おねえさま!あいは……おねえさまを否定したいわけではないのです。あいもおねえさまと同じ思想になれるよう、教育して下さい!」

 

「あ……ああ、いいんだ……アイ。気にするな。私もすこし言い方が悪かった。そうだなそれに私のこの思想はお母様から受け継いだものだ。だからきっとお前にも伝わると信じている。」

 

「おかあさまが!!なにしろ――」

 

「ああ……お母様が言ってるんだからな、お母様の言う事で間違えていたことが今まであったか?」

 

「いいえ!ひとつも!」

 

「ふふっだろうだって――」

 

「「――!」」


 はるひは太陽にそむいていた向日葵が、皆と同じ様に太陽に向いたことを感じ取り、独り絶望した。


 ◇◆◇

  

「はいはい仲直りね〜、話を戻そうよ〜。」

 

「オマエにしては良いこというな。」

 

「でしょ〜?下々しもじものシュベてゃんよ!あがたてまつりなさい!」

 

「言っとくが私とお前の間には優劣はないからな……。」

 

「……?ということはお姉さまも?」

 

「あぁ、獣神体アニムスの女だ。イメージしやすいように身近なところで言うと、家族だから言うが、お母様とエゴペーも獣神体アニムスの女、ゲアーターは獣神体アニムスの男だ。そして、お父様はノーマルの男だ。

 

 第二の性を持たぬ人とでも、第一の性が男女なら子供を作れる。まぁ、獣神体アニムス人間体アニマの繁殖能力に依存しなければ、子供を持つことはなかなか難しいからな。といっていい。


 もしくは、他の手段を使うこともあるが――いや、。今日はやめておこう。」

 

「では、アイは……?アニマかアニムスの両性具有者セラフィタ……?」

 

「そうだそのどちらかを決定するために、聖別の儀セパレーションがあると言いわけだな。」


 ◇◆◇ 

 

「いや〜やっと話が聖別の儀セパレーションにまでいきましたね〜シュベスター先生は話が長い!ややこしい!」

 

「……それで、だ。先ほどから話している第2の性だが、これはもちろん両性具有者セラフィタにもある。そして、両性具有者セラフィタになるほどの人物なら必ず第二の性を持っている。

 

 その場合ここからさらにややこしいのだが、両性具有者セラフィタの場合両性あるわけだから、組み合わせは4つ考えられる。これは板書ばんしょしていこう。いきなり全部理解しようなくてもいい。お前たちに関係があるやつだけでいい。①と③のパターンだな。

 

 男の身体と女の身体の順番に、

 

 ① 

 獣神体アニムス(男)

 獣神体アニムス(女)

 の両方獣神体アニムスパターン、


 ② 

 獣神体アニムス(男)

 人間体アニマ(女)

 もしくは

 人間体アニマ(男)

 獣神体アニムス(女)

 の片方だけ獣神体アニムスパターン。

 

 そしてこれは一番まれだが、


 ③ 

 人間体アニマ(男)

 人間体アニマ(女)

 の両方人間体アニマパターン。

 

 ……勿論れにも差別がある。差別されるのは……言わずもがな。」

 

「はるひとアイくんはどれなのでしょうか?」

 

「それを決めるのが……聖別の儀セパレーションだ。聖別の儀セパレーションとは5歳になる年に行われるもので、性別を人為的に確定させる為のものだ。

 

 しらぬいと私もやったし、高位の貴族なら皆やっている。普通性別は5歳前後で自然と定着するが、貴族には家の威信があるからな、平民のように運に任せる訳にはいかない。方法は単純で……戦うんだ。」

 

「……はるひちゃんと……たたかう……?」

 

「そうだ。勝ったものが獣神体アニムスになり全てを手に入れ、負けたものは人間体アニマとなる。

 

 これはビッチングと呼ばれる現象で、獣神体アニムスが相手に心の底から負けたとき、肉体が人間体アニマに変異することを利用したものだ。動物界でもオス同士の決闘で負けたものがメスになるというのはよくある話だ。

 

 貴族の場合適当な平民、もしくは下位の貴族の子供を相手として用意して、屈服させて自らは獣神体アニムスとなり、人間体アニマとなった者に報酬を払う。というやり方が一般的だ。

 

 わたしもしらぬいもそうして確実に獣神体アニムスになる為の方策をとった。ミルヒシュトラーセ家うちや不知火陽炎連合の跡取りは皆そうしてきた。だから高位の貴族や王族、ミルヒシュトラーセ家うちには獣神体アニムスが多いんだ。


 ……ただそれだとさっきのアイの相手にかげろうくんがピッタリだと言ったことと矛盾すると思うだろう?さっきそう言ったのは、アイとかげろうくんだとどちらが人間体アニマになってしまっても、2人は“人間体アニマ獣神体アニムスのパートナー”……つまり“つがい”になる。そうするとミルヒシュトラーセ家と不知火陽炎連合の仲がより密になるからだ。


 自分の家はのことは裏切らない、そして


 “アイはミルヒシュトラーセ家を”裏切らない、そして“アイとかげろうくんはお互いを”裏切らない、加えて“かげろうくんは不知火陽炎連合を”裏切らない。そうすると、“ミルヒシュトラーセ家と連合はお互いを”裏切らないという図式を作れる。

 

 つまり、2人を通じて“絶対にお互いを裏切らない関係”を家同士で築けるということだな。


 ふぅ……ここまででなにか質問は?」


 ◇◆◇

 

「……つまり春日春日おとうさんはるひわたしを、アイくんがアニムス・アニムスになるための人身御供ひとみごくうとして差し出したと?」

 

 はるひのものとは思えないとげのある物言いに空気がひりつく。

 

「……あぁ、そうだ。おそらく娘をアニマ・アニマにする代わりに、不知火陽炎連合での地位向上にミルヒシュトラーセ家に協力させるのだろう。そういう密約みつやくがお母様との間にあっても不思議ではない……。」

 

「そんな……。はるひちゃん……。」

 

 アイは何も言えずただはるひを見つめる。かげろうがアイを見つめていることには気づかずに。

 

「……そう……ですか……。分かりました。シュベスター様、しらぬい様、ご指導ご鞭撻べんたつありがとうございました。かげろう……アイくん……またね。」

 

 部屋を出ていこうとするはるひを止めるものはいなかった。

 

「……よし。今日は一旦解散しよう。……アイ……おいで。」


 ◇◆◇

 

「おねえさま……これは正しいことなんでしょうか?はるひちゃんの力を奪ってアイのものにするなんて……。」

 

「アイ、言いたいことがあるのは分かる……でも、これによって春日家の悲願が叶うんだろうし――」

 

「でも、それは、はるひちゃんの悲願じゃ……ない。」

 

「――それにこれはお母様のめいだ、お母様は……?」

 

「決して……間違えない。常に、正しい。そうですよね……そうです。」

 

「それに、私はうれしいんだ。このお母様の望みを叶えてあげられれば、」

 

「もっと、もっとあいを愛して下さる?」

 

「そうだ。私は本当にうれしいんだ。それを見るのが。だって……。」


 ◇◆◇

 

 姉と弟の話し合いの一方でもう一つの姉弟が話している。

 

「かげろーくんはさ〜どうするの?このまま黙って見てる?アイちゃんがはるひちゃんにとられるのをさ。」

 

「おれは……おれは……。」

 

「それにどうにもきな臭いと言うか。かげろうくんかわたしが、アイちゃんと結婚したらさ、不知火家も陽炎家もうれしいでしょ?なのに大して力も縁故えんこもない春日家にみすみすこころをもつものプシュケーを渡すかなぁ?連合うちがぁ?

 

 もちろん聖別の儀セパレーションの相手がイコール結婚相手ではないけどさぁ……貴族と貴族の場合はつがいには近くなるよね。確かにと結婚相手は貴族の場合必ずしも一緒じゃないけど……。

 

 かげろうくんはそれを許せるの?アイちゃんが誰かのものになるなんてさ〜。」

 

「……お姉様はなにが目的でオレにそんなことを?」

 

「姉弟だからさぁ…………?。」

 

「……っ!」

 

「おねーちゃんもねぇ、好きなの。アイちゃん。初めて会ったときから、いつか、かげろうくんをアイちゃんに初めて会わせた日に、かげろうくんの気持ちをズバリ言い当てたことあったでしょ?“雷に打たれてー”ってやつ。なんでわかったか不思議がってたでしょ。

 

 。分かったのは。」

 

「お姉様も――」

 

「そう。でもいいかなとも思ってたの。アイちゃんが欲しくて欲しくて欲しくて私の人間体アニマにして、私だけの番にしたかったけど。


 でも私はお姉ちゃんだから。かげろうくんだったらいいかなって思ってたの。弟の好きな人を横取りするわけにはいかないでしょ?、おねえちゃんだから。わたしはおねえちゃんなんだから。

 

 でも相手がはるひちゃんとなると話は違う。我慢ができない。だからこのままかげろうくんが何もしないのなら――」


 ――アイちゃんのことお姉ちゃんが貰っちゃうよ?


 ◇◆◇

  

聖別の儀セパレーションを前にして、アイとはるひの性別が双方とも獣神体アニムスになりつつある事が確認された。これをより確実なものとするために、エレクトラは聖別の儀セパレーションに向けて動き始めた――。


 ◇◆◇


こころをもつものプシュケー……よく来たな。座れ。」

 

 ――お母様が、あいにねぎらいの言葉を。それに座ってもいいと……!

 

「あ、あ、ありがとうございます!失礼します。」

 

「ミルクティーでいいか?シュベスターからアイは苦いものが大の苦手で、甘いものが大好きだと聞いたんだ。」

 

「そんな、お茶を頂けるだけでも勿体もったいないのに……!わたくしがれますので!」

 

「いい、いい座ってろ、?気にすんな。」

 

――お母様があいに笑いかけて……!家族だと……!

 

「あ、りがとぅございます。」

 

 ――泣くな!また気分を害してしまう。

 

「ほれ、甘いミルクティーだ。」

 

 それはいつもエゴペーおねえさまが入れてくれるようなアイの舌に合わせたものではなく、聞きかじりの情報をもとに作ったものだったので、アイには苦かった。しかし、アイにはそれが神々の食べ物アンブロシアのように思われるのだった。

 

「それにほらマドレーヌだ。エゴペーが作ったんだったか、シュベスターが作ったんだったか忘れたが、お前が好きだと聞いてな。」

 

 アイは心をしずめるのに手一杯で上手く受け答えできているか心配だった。

 

「ありがとうございます……!……い、いただきます。」

 

 ゆっくりと口に運ぶ。今までどんな小さな所作にも文句をつけられて折檻せっかんされていたので、手が震え、口もガクガクとして上手く開かない。


 ついマドレーヌを床に落としてしまう。ぱさっと音をたててしずかに静止したそれを見て、アイは固まってしまう。

 

 ――なぐられる……!

 

 …………、……?

 

 来る衝撃に備えていたアイだったが、いつまで経ってもそれが訪れることはない。恐る恐る目を開けると、皿の上にあった別のマドレーヌを掴んだお母様のがアイの眼前に迫っていた。

 

 ――?

 

「お、あか……エレクトラ様……これは?」

 

「食え、ほら口開けろ。」

 

「は、はい。」

 

 味なんてものは分からなかった、匂いがかろうじて感じられるだけだ。ただアイはおかあさまに手ずから食べ物を食べさせて頂くという幸福に打ち震えていた。それは、小さい頃よく他の兄弟がしてもらっていたことであり、何も知らないアイがあつかましくもねだりことごとく拒絶された行為だったからだ。

  

「エレクトラ様……なんて呼び方じゃなく、お母様と呼べ。お前は“エレクトラーヴナエレクトラの子”なんだからな。」

 

 ニカッと笑うお母様の笑顔に照らされて、夜の底が白くなった。愛情とは空から降り注ぐものではなく、大地から染み込んでくるものなのだと、悟った。自分と他人との差異を暴き去る、太陽に怯えてきた生きてきたアイでさえ、その母の愛たいように照らされていつまでも微睡まどろんでいたい気持ちになった。


 ずっとずっと揺蕩たゆたって――この春の木漏れ日の下で。

 

「本題だが、シュベスターから聞いているな?……オレと春日春日かすがしゅんじつの間で取り決めを行った。奴の娘、春日春日かすがはるひとお前で聖別の儀セパレーションを行う。ミルシュトラーセ家うちの目的はこころをもつものプシュケーであるお前をアニムス・アニムスにすることだ。

 

 これによりさらにお前の力……とくにヘルツを強めておれたちの軍事力を確固たるものにして、国内のうれいも、国外の敵も黙らせるというわけだ……できるな?」

 

 アイは、間髪をいれずにはいと言わないと母をいらつかせるとは分かっていても、聞かずには居られなかった。

 

「お母様は……人間体アニマやアニマ・アニマ……そして、両性具有者セラフィタもどきと呼ばれる人々が差別されていることは知っておられますか……?」

 

 はるひをそのような立場に追いやる片棒をかつぐ前にどうしても聞いておきたかった。

 

。」


 ◇◆◇

 

「……?……えっ?……それは、どういう……?」

 

 アイには訳が分からなかった。

 

っていってんだ――」


 エレクトラは自分の最大のを、自慢げにまくし立てる。

 

「元々文学界この世には、年齢・性別・差別・盗み・奴隷・強姦・戦争・殺人・姦淫・売春・嘘・酒・神・偶像崇拝というものは存在しなかった!!これら全ての悪徳は存在しなかった!


 すべては地獄パンドラからやってきた!!!地獄パンドラから降ってきた!Falls from the skies《ファフロツキーズ現象》で。文学界リテラチュアの各地に突如として現れた穴々から降ってきたんだ!


 それこそが地獄パンドラ利権だ。これをどうやって自国の有利になるように使うか各国は躍起やっきになった。

 

 そして一番大きな地獄パンドラ利権を牛耳ぎゅうじり、地獄の恩恵にあやかって名付けられたのが、ここ!地獄パンドラ公国だ!


 どうやって辺境伯爵へんきょうはくしゃくとはいえ一介いっかいの貴族に過ぎなかったミルシュトラーセ家が公国の実権を握るようになったと思う!?地獄のおかげさ!」


 ◇◆◇

 

元々文学界この世界には、年齢・性別・差別・盗み・奴隷・強姦・戦争・殺人・姦淫・売春・嘘・酒・神・偶像崇拝は存在しなかった――?


 ――マドレーヌの味がしない。

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