Chapter 1
* クリスマス
公立学校ではイベントなどが結構多い。冬に入ると、クリスマスも近づいてきた。ある日、学活の時村尾先生はみんなに言った。
「今度のクリスマス会の出し物、みんなで考えようか。まだ一年生だから、こういうのは初めてだね。とにかく、なんか特技を持ってる人、立候補していいよ。あともう一つ、この学校の変な特徴っていうか、ま、ミスコンみたいなもので。一クラス一人、男子でも女子でもいい、グランプリに出るんだ。こっちも、立候補する人いるか?」
村尾先生の話を聞いて、みんなは一斉に前元くんを見た。男女制限がないんだったら、このクラスで一番カッコいい前元くんがグランプリに出るのが、ほぼ決まりだ。
「はい!俺、立候補します!!」
まるでみんなの熱い目線を感じたように、前元くんはすぐ手を上げた。
村尾先生は満足そうな顔でうなずいた。
「うん、じゃ前元くん、頑張ってね」
「はいっ!!」
気合十分に、前元くんは元気に答えた。自信満々の笑顔に、また何人かの女子が惚れてしまったようだ。
なんか、ちょっとバカバカしいけど…
最初からこの学校にグランプリがあるって知ってたんじゃないの、前元くんは。
きみはなぜか前元くんにとても厳しい。気にくわないっていうか、嫌いっていうか、よく分からないけど、たぶん、いつも得意げに自分のカッコよさをみんなに披露し、注目を浴びたいという点は、一番好きじゃないかもしれない。
そっぽを向いたまま、きみはまた空を眺め始めた。クリスマス会なんて関係ない。どうせ今年から、もうクリスマスプレゼントはもらえなくなっちゃったから。仕事の忙しい両親の代わりに、毎年クリスマス・イブを一緒に過ごしてくれたのはおばあちゃんだった。本当のことを言うと、お年寄りに西洋のクリスマスなんか、絶対何がなんだかわからないはずだ。それでもおばあちゃんは、毎年楽しそうにきみと一緒にクリスマス・ツリーを飾ったり、きみと一星にプレゼントをしたりしていた。
別にプレゼントそのものがほしいわけじゃない。ただ、そういう家族団欒の雰囲気が、ほしい。
だから、おばあちゃんがもういなくなった以上、クリスマスなんかも、無くなってくれればよかったのに…
きみはまた一人であれこれとくだらないことを思い巡らした。すると、急に背中をつつかれた感じがした。振り返ってみると、浅葉くんは小さい声で注意した。
「きよちゃん、先生もう何回も呼んでるよぉっ!!」
えっ?!
きみは慌てて村尾先生を見た。やっときみに気づかれた村尾先生は苦笑いを浮かべた。
「木村さんはいつも空を見てるね」
「す、すみません!」
みんなはくすくすと笑った。すぐ謝ったきみは顔が熱くなった。叱られたわけじゃないけど、やっぱり、恥ずかしくて、ちょっと落ち込んだ。
一方の村尾先生は、そんなに気にしていないようだ。
「ま、いいけど。木村さんって、バイオリン、できるよね?」
「はい」
転校してきた時、きみが学校に出したプロファイルには、バイオリンができるって書いてあった。バイオリンは小学校からずっとやっていて、勉強中心のせいで、腕前はそんなにうまくないけど、練習さえすれば、一応渡された楽譜は全部弾ける。
「よかった。じゃ、櫻井くんと組んで、ピアノとバイオリンでクリスマスの曲を弾いてみようか。うまく行くんだったら、うちのクラスの出し物はそれで決まりね」
「はい…」
きみは正直何も分からなかった。今みんなで話し合っていたときはずっと自分のことを考えていたから、事態がどうなっているかはまったくの状況外。でも、そういう場合だと、とても村尾先生の提案には逆らえない。
となりの櫻井くんを見たら、ちょうど向こうもこっちを見ている。目が合った瞬間、櫻井くんは慌てて目線を下に逸らした。
また、櫻井くんと組むのか…
きみは思わずため息をついた。
昼休みの時、遥ちゃんがすべてを説明してくれた。村尾先生の提案は、絵のうまい遥ちゃんと大原くんが、きみと櫻井くんの演奏に合わせて、クリスマスの絵を描くことだ。つまり、主役は遥ちゃんと大原くんで、ピアノとバイオリンの演奏は、ただのBGMだ。
なんだか、ほっとした。
遥ちゃんと大原くんは確かに絵がうまい。大原くんは普段いつも眠そうな顔をしているけど、美術の授業になると、急にイキイキとする。写生の絵はもちろん、一番うまいのは架空のものを描くことだ。何かのテーマを与えられたら、決まって美しい絵が出来上がる。想像力に満ちていて、いかにも才能のある人しか描けないものだ。 一方の遥ちゃんは副委員としてクラスの宣伝ポスターなどを担当している。大原くんのように自由奔放な絵じゃないけど、女の子らしく、繊細でゆったりとした絵を描くことが多い。
幼馴染の二人が揃って絵がうまいなんて、奇跡だね。
「いいえ、ただ小さい頃、いつも二人でお絵かきの遊びをしていたから…」
遥ちゃんはちょっとはにかんで、小さい声で言った。
ふーん、そっか。ラブラブだね。
すると、もう何を描こうか決まったかのように、大原くんはきみと櫻井くんに聞いた。
「曲、決まった?」
それは当然、まだ。
あれから、櫻井くんとはまた一言もしゃべらなくなった。別に大したこともないし、向こうもきみに話しかけたりしていないから、わざと話しかける気にもならな い。今度の演奏だって、村尾先生に指名されただけだ。
でも、正直ちょっと驚いたなぁ…あんなに不器用そうに見える櫻井くんがピアノも弾けるなんて。音楽もお坊ちゃまの教育の一環か…
櫻井くんだって、まさかきみがバイオリンも弾けるなんて、同じく驚いているのかもしれない。
「大原くんの絵のイメージって、リズムの早い曲がいい?それとも、緩い曲がいい?」
「うん…どちらかというと、緩いほうかな…」
「じゃ、僕いい曲思いついたけど、木村さんが宜しければ…」
そう言って、櫻井くんはかばんから楽譜を出してきみに渡した。きみはちょっとびっくりした。楽譜まで毎日持ち歩いているのか…やっぱり、変わってる子だ。
一目を通して、きみはうなずいた。
「いいよ、弾けそうだから」
「あぁ、よかった」
ほっとしたように、櫻井くんはにっこりと笑った。
あれから、四人揃って音楽室で練習することが多くなった。大原くんと遥ちゃんは本当にいいコンビだ。大原くんのスケッチしたものに、遥ちゃんが色を塗っていく。大きな白い紙はたったの五分間で、美しく彩られた。
黒に近い空の色、耀く月と星、遠くへ行き去ったサンタさん、屋上でサンタさんを見送る二人の少年少女、そして、いろいろと飾られたクリスマス・ツリー。
とてもロマンチックな絵だ。大原くんと遥ちゃんでしか描けないものだろう…
櫻井くんのピアノは、きみの思った以上うまい。
「櫻井くん、よく弾けたね!」
音楽の鈴江先生は微笑んで櫻井くんを褒めた。すると、ちょっとはにかんだように、櫻井くんは答えた。
「いいえ、この曲、家でよく弾きますので…」
「そう?このようなクリスマス曲、初めて聞いたわ。タイトルは?」
「『夢でいいから』です…」
確かに、初めて聞いたタイトルだ。そういうクリスマス曲って、本当にあったっけ?普通クリスマス曲って言えば、「Jungle Bell」とかじゃないの?
きみはバイオリンを構えたまま、楽譜を見ながら練習している。
「あ、木村さん、ここ、ちょっと違うよ~この節でいったん止まって~後ね、この音、もうちょっと延ばさないと~」
「はい」
親切に指導してくださった鈴江先生のもとで、きみは一生懸命練習に集中した。バイオリンは普段いつも弾いているわけじゃない。特におばあちゃんが亡くなってから、一星の世話とかで毎日忙しくて、とてもバイオリンを弾く暇なんかなかった。
いいえ、暇がないだけじゃなく、バイオリンを弾く気さえ、ないんだ。
でも、言い訳はしたくない。いくらそれが櫻井くんの選んだ曲だとしても、いくらそれが櫻井くんがよく弾いている曲だとしても、ベストを尽くさず、櫻井くんに、自分に負けるのが、大嫌いだから。
きみはやはり、負けず嫌いな子だ。
練習の成果はあった。クリスマス会の五日前、初めて四人でのリハーサルは鈴江先生と村尾先生を魅了した。きみのバイオリンと櫻井くんのピアノはうまく合って、その演奏のリズムに沿って、大原くんと遥ちゃんはきれいな絵をどんどん描いていく。
「いいぞ、その感じ、四人ともよく頑張った。本番もその調子で行けばいいんだから」
「はい!」
四人揃っての「はい!」は、なんだかとても気持ちのいいものだ。
クリスマス会は25日の午後から始まる。24日のクリスマス・イブ、最後の練習を終えて、大原くんと遥ちゃんは絵の具を片付けながら楽しそうに話している。
「大ちゃん、今夜チーズケーキもあるみたいよ~」
「おぉ~ホント?!」
「うん、うちのママが今朝作るって言ってた~」
「おぉ~ヤッター!!」
「だから今日早くうちに来てね~遅刻したらプレゼント没収だよ!!」
「わかったよ…」
どうやら、今夜大原くんは遥ちゃんの家でクリスマス・イブを過ごすようだ。ま、幼馴染だから、毎年そうなんじゃない~
きみはバイオリンを背負って、音楽教室を出た。今夜は、初めての一星との二人きりのクリスマス・イブだ。
本当のことを言うと、すごく、すごく、寂しいんだ。
雪が降ってきた。遠くの街灯の下、一星が一人で校門で待っているのを見かけた。バカだね、また傘を持つのを忘れてしまったじゃない…
「一星~」
「あ、姉ちゃんだぁ!」
駆けつけてきた一星はきみの懐に顔を埋めた。手をつないでみたら、冷たい。
「ほら、だから手袋ちゃんとつけてって言ってたじゃない…」
「うん…」
一瞬、泣きそうになった。
きみにとって、今この世界で守るべき人は、一星だ。たった二人だけても、クリスマス・イブは、楽しく過ごさないと。
「一星~」
「うん?」
「今日帰って、オムライス作ってあげようか~」
「うん!」
素直に喜ぶ一星は、やはり可愛くてたまらない。
きみは一星の手をつないで、家に帰ろうとした。すると、振り返って歩こうとしたそのとき。
目の前に、大きい黒い車が、あった。
車から出てきたのは、櫻井くんだ。
「あの…」
まさか一星の学校の前で櫻井くんが現れるとは夢にも思わなかった。ていうか、跡を付けてきたんじゃないの?
ムッときた。
「なんでここにいるわけ?」
「いいえ、ちょっと…」
「跡を付けてきたの?」
「ごめん…」
「最低」
きみは一星を連れて、一刻も早く櫻井くんと離れるように、早足で行った。すると、後ろから、半べそをかくような声で、櫻井くんは叫んだ。
「木村さん、違うよぉっ!あっ!!」
どうやらきみを追いかけようとして、雪の中でうっかりと転びそうになったらしい。
きみは足を止めた。
「これ、この前のお礼、一星くんに…」
とても大きいプレゼントだ。
「学校でなかなか渡すチャンスがなくて、だから…木村さんは毎日一星くんを迎えに行ってるでしょ?だから、付けて来ちゃったんです。すみませんでした…」
恐る恐るに、櫻井くんは言った。
なるほど。そういえば、確かに櫻井くんは今日何回もきみに話しかけようとしていた。ただ、きみはずっとクリスマス・イブのことで頭がいっぱいで、普段よりもそっ けなく振舞っていたせいか、とても近づきにくかったんだろう…
「あっ!これ僕に?!うれしい~お兄ちゃんありがとう!!」
きみの許可もなしに、一星は勝手にプレゼントを受け入れた。今年のクリスマスプレゼント、これは最初なのか、すごく喜んでいる。
ま、いいか。どうぜこれは前のズボンのお礼だけなんだから。
一星がプレゼントを受け取ったのを見て、櫻井くんもほっとしたようだ。ちらちらときみを見ながら、小さい声で言った。
「あの…宜しければ、宜しければの話ですけど…今夜、うちでパーティーがありますので、宜しければご一緒に…」
櫻井くんはなぜか緊張していると、敬語を使いがちになる。
「いい」
一星がはしゃぎ出す前に、きみはきっぱりと断った。たとえ今夜はどんなに寂しくても、同級生に同情されたくない。
この寂しさを、誰にも知られたくない。
「そっか…じゃ、明日、お互いに頑張りましょう…メリークリスマス…」
櫻井くんは、ちょっとがっかりしたのかもしれない。
「うん、それじゃ」
きみは一星を連れて、振り返ることもなく、その場を去ってしまった。
次の日、本番の時がきた。
楽屋で、大原くんと遥ちゃんは絵の具を用意したり、紙を巻いたりしている。時々話しは昨夜のクリスマス・イブの話題になって、どうやら楽しいパーティーになったようだ。
「櫻井くんと木村さん、昨日のイブどうだった?」
遥ちゃんは興味津々に聞いた。
「別に」
きみはバイオリンの弦を調整しながら、適当に答えた。確かに、昨夜はいつもとあまり変わらなかった。一星にオムライスを作ってあげて、二人で夜空を見上げたくらいだった。
あと、一星は櫻井くんからもらった鉄道の模型で遊んだ。とても大きい模型で、組み上げて思わず声を上げた一星は、すごくうれしそうに見えた。男の子なら、大体鉄道の模型に興味がある。一星にとって、いいクリスマスプレゼントだ。
うん、それは、櫻井くんに感謝している。
「僕も、大したことしてなかった…」
本番前の緊張のせいか、櫻井くんは小さい声で答えた。
ふーん~うそでしょ~うちでパーティーやるって言ってたのに。
でも、櫻井くんを見たら、なぜか寂しそうな顔をしている。パーティーの誘いをきみに断られたせいか…今考えてみると、確かに昨日の自分の態度はあまりにも冷たかった。いくらおばあちゃんのことで悲しんでいるといっても、櫻井くんとまったく関係ないのに…
八つ当たりで、悪かった。
すると、鈴江先生が楽屋に入ってきた。
「そろそろ出番よ、頑張ってね~」
「は~い!」
本番の時、大原くんと遥ちゃんはいつものように完璧な絵を描き上げた。きみもミス一つもなく順調にバイオリンを弾いた。一方の櫻井くんは、音符を一つだけ、弾き間違えてしまった。
普段の練習なら、絶対間違えることのない音符なのに、なぜか今日だけが、ダメだった。
本番に弱いのね、櫻井くんは。やっぱり、ちょっと残念。
ステージを降りてからの櫻井くんは落ち込んでいるように見えた。後ろめたくきみを見て、何か言おうとしたが、結局何も言えなかった。
かわいそうに…少しだけ、慰めてあげようか~
「ドンマイ~もう終わったことだし」
「うん…」
きみに見抜かれてしまった櫻井くんは恥ずかしそうにうつむいた。
やっぱり、完璧主義者は疲れる。
それでも、きみたちの演出はホールから大きな喝采をもらった。
「よくやったぞ!四人とも偉いっ!!」
村尾先生も、大変喜んでいらっしゃる。
うん、結果さえよければ、過程中の小さい失敗なんて、気にしなくていい。
きみはホールの席で他のクラスの出し物を見ながら、そう思った。
クリスマス会のクライマックスはやはり全校のグランプリだ。男女とも参加OKだといっても、やはり女子のほうが圧倒的に多い。三年生の中で、まるで絵の中から出てきた美人のように、とても美しい先輩がいる。前からずっとうわさで聞いていたけど、今日この目で見て、さすがって感じがした。
男子のほうは人数が少ないけど、激戦になった。
前元くんは立候補してから準備し始めた。学校で見かけたときは、いつも選挙みたいな格好をして、各クラスを回っている。
「一年1組の前元隼に、一票お願いしますっ!!」
クラスの何人かの前元ファンの女子は応援団まで組んでいた。グランプリの優勝決定は、クリスマス会の現場にいるすべての生徒の投票によるから。
本当のことを言うと、前元くんのライバルは、一人しかいない。となりのクラス、2組の水元くんだ。
水元くんと廊下で一回すれ違ったことがある。背が高くて、すらりとしていて、髪型がパーマ。人柄がよくて、誰に対しても優しい笑顔。成績は抜群じゃないけど、決して悪くはない。それに、サッカーが特にうまい。一年生とはいえ、サッカー部でもうレギュラーになっている。うわさによると、水元くんはハーフの帰国子女だ。外国でお金持ちの家庭で生まれ、小学校五年のとき両親と一緒に帰ってきたらしい。
なんか、同じお坊ちゃまだけど、結構差があるのね。
きみはとなりに座っている小さい櫻井くんを見て、思わずくすくすと笑った。きみの笑いに気づいた櫻井くんは首を傾げた。
「どうした…?」
「いいえ、別に」
ヤバイ、もう笑っちゃダメだね~
「前元くん、勝てるかな…」
投票用紙をきみに渡した櫻井くんは心配しているように言った。そばでちらりと見たら、櫻井くんは紙にある前元くんの名前を囲んだ。同じクラスの子とはいえ、きみは前元くんが好きじゃないから、当然投票してあげることはない。でも、水元くんに投票するのも、なんか、クラスに悪いっていうか…
そう思って、きみは結局誰にも投票せず、空白のまま、紙を投票箱に入れた。
もし前元くんと同じクラスじゃなかったら、きみは水元くんに投票していたはず。
ステージに立っている前元くんを見た。いつものように自信満々。緊張というものが何なのかも知らないのかもしれない。これもある意味で、いいことだ。
しかし、事実には残酷なものが多い。
たったの5票差で、前元くんは水元くんに負けた。
結果発表の一瞬、前元くんの顔は固まった。信じられないっていうか、ショックっていうか、でも、ステージで自分のがっかりする姿をみんなに見られたらカッコ悪いと思っているのか、次の瞬間、またいつもの前元くんに戻って、笑顔で水元くんに 「おめでとう!」と言った。
「みんな、水元くんに拍手っ!!」
前元くんのこの一言によって、ホール中は嵐のような拍手に満ちた。本当に、リーダーみたい。
でも、無理してそこまでやらなくてもいいのに…
クリスマス会が終わって、みんなはすぐ帰った。これから冬休みが始まるから、一刻も早く家に戻りたいと思っているだろう…村尾先生のお手伝いで、きみが教員室から出たとき、学校はもうほぼ誰もいない状態だった。
クリスマスの後はお正月。今年はおばあちゃんの代わりに、きみが家の大掃除をやることになった。お正月はテレビを見ながらゆっくりと過ごす人が多い。それで、両親にとって、逆にお正月のほうが一番忙しい時期になる。
お節料理、おばあちゃんにもっと教わったらよかったのになぁ…
きみは空を見上げたままグランドを通った。すると、静まったはずのグランドには、シュートの音が聞こえた。
前元くんだ。もう誰もいないグランドの真ん中で、一人でシュートの練習をしている。いつもなら、前元くんを囲んでいる女子はたくさんいるのに、今日のこの時間だけ、前元くんの観客は、きみしかいない。
黙って次々とシュートを決めた前元くんは、やっぱりカッコいい。でも、なんだか、切ない感じがした。
きみはさっきのグランプリのことを思い出した。水元くんに負けたあと、みんなの前で頑張っていつもと同じように振舞っている前元くんは、無理やりに笑顔を作っているのかもしれない。本当はすごく悔しいんだろう…だから気分転換っていうか、気晴らしっていうか、今一人でシュートの練習をしている。
バスケットボールが一つ、きみの足元に転んできた。
「あ、木村さん…そんなに遅くまで学校で何してる?」
きみに気づいた前元くんは、ちょっと気まずそうに笑った。
「そっちこそ、なんで帰らずにここで練習してんの?」
こんな時でも、きみの口調はいつものように、そっけない。
「いや、ちょっとね…もう帰るよ~あ、そうだ、今日の演出、素晴らしかったよっ!さすが木村さん!!」
指一本でボールをぐるぐると回している前元くんは感心しているように言った。顔は、まだ笑顔のままだ。
「別に、あたし一人の演出じゃないし」
「ま、そうだけど、でもやっぱり、すごいよ、木村さんは。なんていうか…完璧、みたいな。ほら、成績もいいし、バイオリンもできるし、なんか、何でもできるような気がするよ!」
本気で褒めているかどうかはよくわからない。だから、ちょっとリアクションしにくい。
すると、まるで独り言のように、前元くんは言った。
「俺なんか、やっぱダメだなぁ…」
鼻を吸う音がした。前元くんの目が、ちょっと赤くなったような気がした。
やっぱり、気にしてるんだ、さっきのこと。
強がらずに、もうちょっと早めに素直になれればよかったのに。
心の中の弱みや悲しさを隠すためにわざと作った強がりの笑顔は、本当に切ないものなんだから。
沈黙。
きみは正直、何を言ったらいいかわからなくなった。もともと前元くんのことが嫌いだし、このクラスに入ってまだ一言もしゃべったことがないし、こういう時に限って、慰めの言葉はいっそう難しくなる。
ボールが、また空からきれいな弓型を描いていった。
こんな時でも、前元くんのシュートは一つも外れることがなく、次々と決めていく。
本当に、スターみたい。
きみも足元のボールを拾って、シュートしてみた。
見事な外れ。
力不足のせいか、ボールは直接地面に落ちて、前へ転んでいった。ボールを追うこともなく、前元くんはただ立ち止まっている。ボールは遠くの松の木の下にまで転んで行き、それを拾って前元くんに返したきみは、こう言った。
「ほら、あたしだって、できないことあるから」
前元くんは、まだ下を向いたままだ。
「木村さん、一つ聞いていい?」
「なに?」
「さっきのグランプリ、誰に投票した?」
「誰にも投票してなかった」
「えっ?!なんで?」
「何でもない。こういうのが好きじゃないから」
「そっか…俺、どこがいけなかったんだろう…身長かな?」
本気で反省し、原因を見つけようとしている前元くんは、なんだかちょっと可愛く見えた。確かに、強いて言えば、水元くんに及ばなかった身長は、負けた原因かもしれない。
「牛乳をいっぱい飲めば?」
「うん…」
こんな時でもキツイことを言うのが、いかにもきみらしい。でも、前元くんはそんなに気にしていないようだ。本気で反省し、自分をもっと鍛えようとしている。
やっぱり、誰にでも、負けられない、譲れないところが、ある。
冬の風が吹いてきて、寒い。早く帰らないと、一星も心配するだろう…
「じゃ、あたし急いでるから、帰る」
「うん、よいお年を~!」
「よいお年を」
きみはそのままグランドを去っていった。校門の前に行ったら、急に後ろから、前元くんがきみを呼んだ。
「木村さん~今日はありがとう~~」
なんでお礼を言われたのかはわからない。でも、いつもの前元くんの、あの元気で、自信満々の声だった。戻ったようだね、きみの嫌いな前元くんに。
バイオリンを背負って家に向かうきみは、こっそりと笑った。
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