第13話 親子

「私、不老不死なの?」

 それまで黙って話を聞いていた有紀子が声を発した。

「パパは、有紀子に永遠の命を授けたかった。だが、残念ながらそうではない。老化速度が50分の1程度になっただけだ。いずれ寿命は尽きる」

 泊里が顔をゆがめた。

「50分の1か。これまで80歳まで生きられた者なら4千年、100歳の者なら5千年ということだな」

 神山が口角を上げた。

「理論上はそうだ。外傷が無ければ、という条件付きだが」

 そう言って有紀子を見る泊里の目は、娘を愛する父親のものだった。

(4千年も生きるんだって。すごいわね)

 アマテラスが感嘆した。

(普通の人間が20年の老後を過ごすとして、その50倍。1000年の老後を過ごさなければならない。その長い拷問に、私なら耐えられない。第一、誰が介護するというんだ?)

 ツクヨミは呆れていた。馬鹿げていると思った。

「でも……」

「そうだ……」有紀子の困惑に答えたのは神山だった。「……生血をすすり続ける必要がある。その衝動を抑えることはできないだろう。罪を隠ぺいできる独裁者にはできても、一般人には不可能なことだ」

 神山は断じた。

「有紀子は特別な人間なんだ。永遠に生きていてほしかった」

「私、普通の人間で良かった」

 それまで棒のように立っていた有紀子が崩れ落ちるように座り込んだ。

「バンパイア幹細胞を創る時に、それをリセットする対抗幹細胞を創らなかった? 副作用を考えなかったのか?」

「考えたさ。しかし、それだけの時間も予算もなかった」

 泊里がうなだれた。

「そうか。……事情は分かった。その治療、私が引き受けよう」

「できるのか?」

 泊里が目を細めた。

「生命は本来、不可逆なものだ。バンパイア細胞を除去するのは無理だろう。だから、バンパイア細胞の新陳代謝を抑制するホルモンでも見つけよう」

「簡単に言うのだな」

 彼がため息をこぼした。神山の言葉を信じられないのだ。

「簡単さ。私は量子コンピュータを使用する権限を持っているからね。数百億通りのシミュレーションもあっという間だ」

「君は学会を放逐されたはず。どうして量子コンピュータが利用できる?」

「私にだってスポンサーはいるのだよ。……解析は一瞬だが、ホルモン分泌細胞をつくるのに数か月かかるだろう。その間、君たちには隔離施設に入ってもらうよ。完璧な介護をしてくれる施設だ」

 神山は親指を立てて見せた。

(まさか、あそこ?)

 千絢の背筋が震えた。

(案じるな。アマテラスには関係ない)

(そう、……そうよね)

 彼女はトラウマの恐怖をコントロールし始めていた。

「君たち?……私もか?」

 泊里が驚き、訊き返した。

「ああ、最初に、自分を実験材料にしたのだろう? その肌の艶を見れば分かる。長く我が子の血を飲んでいたのだろう。彼女が家出した後は、街で一般人を襲った」

 泊里が小さくうなずいた。

(ツクヨミの推理通りね。泊里博士が夜な夜な出没するバンパイアだわ)

「研究の時間は無限に欲しいだろうが、我が子の死を看取りたくはないだろう。治療を受けろ」

「……そうか。私もか……」

 彼は同じ言葉を繰り返し、ホッと息をこぼして肩を落とした。

 その後、泊里の血液も採取した神山は、どこかに電話を掛けた。

「神山だ。二人ほど収容してほしい」

『氏名と年齢を?』

 千絢のSaIは応答する相手の声も捕えていた。

「一人は中年男性、一人は女子高校生。バンパイアだ。匿名で3カ月ほど頼む」

『バンパイアだと?』

 不審の色を帯びた声がする。

「だから匿名だ。彼の国の動向が分かるかもしれない。そちらにもメリットのあることだ。つべこべ言うな」

 彼は強引だった。

『……了解』

 通話はそれで終わり、20分ほどで迎えの車が到着した。黒塗りのリムジンだった。まるで軍人のような巨躯の男が二人降り、拘束具を示した。

「施設に到着するまでの措置だ。バンパイアの身体能力は不明なのでね」

 巨漢の一人が言った。

「私たちに特別な力などないよ。長命なだけだ」

 泊里は神山に目を向けた。

「二人の安全は保障するよ。3カ月の辛抱だ」

 神山はそう告げ、拘束具を付けられた親子を見送った。

「僕は……、僕の仕事は?」

 リムジンが遠ざかった後、三埼が情けない声を上げた。

「ああ、君か。簡単で体力がいらず、安全で高報酬の仕事が欲しかったんだな?」

「そうだよ。有紀子を手放す条件だ」

「そんな仕事があったら、私がやっているよ」

「俺に死ねって言うのか?」

 彼は非難の目を神山と千絢に向けた。

「仕方がないな。私がしばらく飼ってやる。必要になった時には細胞の一つも分けてもらう。だから、それまでは家で寝ていろ」

 彼は財布を取り出すと彼に預けた。それから顔を千絢に向けた。

「これから忙しくなる。アマテラスにも特殊任務が下るだろう。それまで力をつけるのだ」

 彼は、そう言い残してエレベーターに乗った。

(ツクヨミ、特殊任務って何? 神山博士って、何者?)

(不明。データ不足です。まずSaIの充電を)

(何だか分からないけど、分かった)

 千絢は、神山の財布を手にして立ち尽くしている三埼を置いて、神山のマンションに向かった。


                       ――Level‐1 完――

            ――Level‐2 潜入東和民主共和国へ続く――

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