第34話 吸血鬼の時間は、再び動き出す

「……もうこんな時間。あなた、今日はもう上がっていいわよ」


「いえ、まだ仕事があるのでこのまま……」


「言い方が悪かったかしら。帰れ、と言ったの」


「……はい。お疲れさまでした」


 働き方改革は順調……のはずだったんだがなぁ。俺がカディアに意見を申し立ててから数日、ずっとこの調子で仕事をさせてもらえない。時間を置けばカディアの機嫌も直るだろうと高を括っていた俺は、猛烈な後悔を覚えていた。

 完全に見誤った。カディアがここまで頑固者だとは……500年前から悪化しているような気がする。もう少し精査するべきだった。憶測でしかないが、きっと俺が死んだ後、何かの出来事が彼女の悪癖に拍車をかけたのだろう。あーもう……後悔先に立たずとはこのことだな。


「失礼しました」


「ご苦労様」


 執務室を後にした俺の体調はすこぶるいい。しかしその一方で、改善されつつあったカディアの顔色は、日を追うごとに悪くなっていた。消えかけていた彼女の目のクマも、どこからともなく顔を出し始めている。

 残業しようとしても、毎度のことのようにカディアに止められてしまう。昨日は少し無理やりにでも残ろうとしたら、また血の斬撃が俺に飛んできた。危うく子供が作れない体にされるところだった。当てる気が無かったとはいえ、股間を狙ってきたことは絶対に許さん。


 ……どうすっかなぁ。正直、詰んだとしか思えない。500年前からの仲であり、ここ最近はずっと傍で仕事をしていた俺には分かる……。

 アレは曲がらん。何があっても。いや、何があってもは言い過ぎか。彼女を説得する方法は探せばあるんだろうが……俺がどうこうできる範疇じゃないように思える。というか、ここ最近のカディアのストレスはほとんど俺が原因だろうし、俺が何かしようとすれば、それは火に油を注ぐようなもんだ。

 何か新たなアプローチが必要である。願わくば、外部からの。もうこうなったら、俺には協力者が必要だ。少なからずカディアへの影響力が望め、俺が信頼を置ける相手が。


 誰か、誰か居ないか!?




「ふぅ……あ、ロイじゃないの。扉の前に突っ立って何してるの?」


「お、お前は……! セシリ!!」


 ここ居ました。唯一の希望が! ……うん、適任すぎる。信頼できる上、俺の働き方改革の件についても既に知っている。さらにはカディアに口添えできる唯一の人材とも言っていい。

 勝ったな! ガハハ!w


「丁度いいところに来た!」


「? 何テンション上がってるのか知らないけど、まあこっちも丁度よかったわ。この書類お願いね」


「あーええっと……今は休業時間と言いますか」


「はぁ? 何? 職務放棄中?」


「いや、ちょっと……場所変えて話せる?」


「別にいいけど……」


 さすがにカディアが居る部屋の前で話はできない。聞き耳立てられてたら終わりだからな。そう、あくまでも内密に進めなければならない。幸い、こっちにはピースが揃ったんだからな!




「――無理よ」


 はい、玉砕しました。まさか断られると思っていなかった俺は、顎が外れたように口を開け、間抜けな顔を晒すことしかできなかった。


 まずは話を聞くということで、俺が寝泊まりしている部屋にやって来たセシリ。ここが一番プライベートが確保された空間ですからね。やましい目的があるわけじゃありません。

 一から状況を説明する俺に、セシリは頷きながら話を聞いてくれていた。てっきり肯定してくれていたと思っていた。なんでここまで来てNOが出るんですか……?


「いやいやいや、協力してくれよ!? これじゃ俺が働いてる意味ないじゃん!!」


「……色々と言いたいことはあるけれど……まず、私にそんな暇は無いわ」


「なんで!?」


「あなたが言ってる、その、働き方改革? それを私が元から知ってたのは、なんでだったかしら??」


「……俺が許可を取ったからですね」


「許可と、協力、ね! もう既に手一杯なのよ! あなたのおかげであちこち走り回るハメになって! 今日だってこれから残りの仕事をしなきゃいけないのよ!? ざけんじゃないわよッ!」


「はい、すみません」


 俺のせいでした。そうだ。もう既にセシリには色々とお願いしていたんだった。そこから更にカディアの機嫌をとれと言うのはあまりにも酷である。

 どうして忘れてたんだ俺……こうして自分を見つめ直してみると、今の俺、大分テンパってんな。セシリ、本当に申し訳ねぇ。


「はぁ、昔から人使いが荒かったわね。あなたは」


「すまん……」


「そ、れ、に! あなたの仕事は統領の秘書であって、働き方改革なんてものは業務に含まれてないの。……そりゃ私だって自分の意思で手伝った身だし、思うところが無いわけじゃないわ。でも、何も無理してまでやることじゃない」


「う……で、でも、どうすればいいか悩んでて……無理言って悪いが、相談させてくれないか? 話を聞いてくれるだけでいいから。な、なんなら頼んでた仕事も、これからは俺がやるから」


「……最初は仕事に消極的だったわよね? 一体、その責任感はどこから湧いてくるの?」


 ……言われてみれば、確かに。なんで俺こんなに頑張ってるのだろうか。……いや、いやいや自分で決めたことだ。そう、カディアの負担を減らすのが目的なのだ。あぶねぇあぶねぇ。目的すら見失うところだった。

 それに、乗りかかった舟でもある。いや、それどころか舟を作った張本人と言っても過言じゃない。今更投げ出すわけにはいかないだろう。


「ぶっちゃけ、どうしたらいいと思う? もう俺の言葉が届きそうにないんだが」


「なんとも言えないわね……あなたでダメなら、私が言ったところで同じ結果になるのは目に見えてるし。……そういえばあなた、自分のことについてはもう喋ったのよね? ジェイクのこと」


「言ってないけど……」


「……は? それで私に相談してきたの? あなたねぇ! ……はぁ、もういいわ。でも、そうね。まずはあなたが正体を明かすところからだと思うわ」


「うーん効果あるかなぁ……まあでも、見ず知らずの人間にとやかく言われるよりは、カディアも耳を傾けてくれるか……?」


「……そういう話じゃないんだけど」


 あれ? 何か違ったか? セシリが呆れを隠そうともせず溜息をついてしまった。

 ……しかし、セシリの言う通りかもしれない。今のままでは進展は望めない。何か変化が欲しいところだ。……ちょっと怖いが、ここまで来たのだ。未だ俺の秘密を公にするのは気が引けるし、リスクも伴うが、やる価値はある。


「良し。決心したぞ。ありがとうセシリ。カディアに話してみるよ」


「礼には及ばないわ。その代わり、私の仕事、減らしてよ? さっきあなたがやるって言ったものね?」


「……よくよく考えると、セシリに任せてる仕事って視察回りが多いし、他の人と連携とらないといけない仕事ばっかりだから昼限定の職務で、そうなると俺がカディアの秘書ができなくなるし……あ、セシリが俺の代わりに秘書やれば解決か……?」


「それじゃ意味無いでしょ……」


「ですよねー……すみませんカディアを説得するまで待ってください! 上手くやればすぐに終わると思うので! なる早で事を進めるので! 仕事が落ち着いたら何でも言うこと聞くので!!」


「!! ……そ、そう。まあ、忙しいのは今だけよね。分かったわ」


 っしゃぁ! 言質とったりぃ!! 安心しろよセシリ。明日にはカディアを説得して見せてやるからな……。よっしゃ、やる気が湧いて来た。無理難題とも思えるこの問題を俺は解決してやる! これで死ぬことになっても悔いはねぇ! ……いや、やっぱりあるかも……。

 いかんいかん。こんなことで悲観してはならん。何事も前向きになればどうとでもなるはずだ。たった今交わしたセシリとの約束を守るためにも……何でも言うこと聞くって言ったけど、何お願いされるんだろう。……いや、セシリを信じよう! 今よりめんどくさいことを彼女が願うわけもない! そういやここに永久就職してしまいそうな危険性があったなって今思い出したけど! 何も問題ない!


 ……とりあえず明日だ。明日、早速カディアに俺の正体を明かそう。俺の驕りなんかじゃない。彼女とは古い仲だ。根気強く説明すれば、あのカディアだって納得してくれるはずだ!




「――それで、何か言い分はあるかしら?」


「……」


 翌朝、出勤するや否や、俺は警備に当たっているはずの騎士数名に囲まれながら、カディアから尋問を受けていた。正体を明かすタイミングを完全に失った……。

 どうしてこんなことになっているのか、それは……。


「おかしいと思っていたわ。秘書であるあなたに一任していたとはいえ、やけに私の知らないところで仕事が無くなっていると。道理で最近は楽だと思ってたわ。……まさか、私に無断であの話を進めていたとはね」


 はい、バレました。裏でこそこそ働き方改革を実施していることが。

 俺が退勤した後、業務時間外に仕事を持ってきた職員がカディアの執務室に突撃。カディアが仕事を引き継ごうとしたところ、職員は頑なに俺を指名し、不審に思ったカディアが強引に内容を拝見。それは統領の許可なく既に受領された案件に関する書類であり、問い詰められた職員が知っていること全てをゲロった。まあ、これは特に口止めしていなかった俺に非がある。ごめん職員さん。

 そして滅多に部屋を出ないカディアが城を探索し回ったところ、様変わりした内装に彼女は驚愕し、これが俺の仕業だと勘付いたという。


 ……うん、我ながら滅茶苦茶ですね。普通に極刑もので笑える。……これ本当に極刑あるな。え? ワシ死ぬ??


「す、すみませんでした! これには理由が……!」


「へぇ、理由ね……例えば、乗っ取り、とかかしら?」


「滅相もございません!」


 くそ……セシリの助言通りにすればよかった。俺がもっと早く、一日でも早くカミングアウトしていれば、こんな面倒くさいことには……。

 今そんなことは出来ない。何故なら部外者が多すぎる。こんな騎士達に囲まれては話すもんも話せない。下手すれば国を揺るがす大事である。……そもそもこの状況で白状しても、戯言にしか聞こえないだろう。証拠は出せるが、ますます人目についてしまって駄目だ。


「……言い分が無いのなら、このまま牢屋に入ってもらうわ」


「ちょ! ちょっと待ってください! 信じてもらえないかもしれないでしょうけど、良かれと思ってやったことで……せ、セシリさんを呼んでください! 彼女なら知っています!」


「セシリならもう街を出てるわ。仕事でね。……あなたの言い分だと、彼女も裏切者なのかしら? ……私の前でよくそんな戯言を……! 命が惜しいのなら! もっとマシな嘘を吐くことね!!」


 あかん。命惜しさに軽率に情報を出してしまった。相手を説得させなけば意味が無いというのに。そりゃカディアもブチ切れるよ。恐らくこの世界で一番信用が置ける自分の側近を、哀れな犯罪者が道連れにしようとしてる構図だもん。いや、ホントすみません。だけど事実なんですっ……!


「う、裏切者なんかじゃありません! 彼女も、カディア様を思ってのことで――」


 ベキィッ!


「ハァ、ハァ……」


 ……カディアが机を粉砕した。いつも自分が使用している机を。そ、それって修繕を重ねて500年前から使っている物じゃ……。


「ッ! や、やってしまったわ……これもあなたのせいよ……! もういい。彼を牢屋に連れて行きなさい!」


「え、ちょ……!」


「衛兵! コイツの口を塞ぎなさい!」


「もごっ」


 マ、マズイッ! 口を塞がれた! 喋らせてくれもしない! このままじゃマジで豚箱行きになってしまう! どうして俺はこう言葉選びが下手くそなんだ……!

 何が平穏を目指す確固たる意志だよ! こんなことでテンパってちゃ、それも夢のまた夢だろうに……聞いて呆れるわッ!

 それに……クソ、まだ道半ばなのに。責任を果たさなければいけないのにこの体たらく。いや、この場は無理やりにでも……。


 ……でも、待てよ。俺が牢屋に行けばどうなる? 統領の秘書をやっていた人間が突然お縄につくんだ。この話は瞬く間に広がるだろう。

 となると、職員の耳にも噂が入るわけで。そうなると、俺の悪評が広がって……逆にカディアの株が上がるのでは? 俺の中で懸念されていた統領の人望を横取りしてしまう問題が解決する。獄中生活は不本意だが……これは彼女にとって良いことだ。

 それに働き方改革は既に実施済みだ。カディアを統領に据えたまま、職員の環境は確保されている。このまま維持を……。


 いや、カディアはどうする? 変わったこの環境を見過ごすだろうか? ……否、彼女は自分の城を元の形に戻すために働きかけるだろう。職員達が上手く抵抗してくれればいいが、彼らにそんな器量があるかどうか……。

 ……あれ? 逆に抵抗した方がまずいのでは? 部下がリーダーに反旗を翻すのだ。それは……革、命??


 革命が起きたら、体制もひっくり返るわけで。同じ人物が統領を続けるなんてことは無いわけで……カディアがその座を退くことになるんじゃ……。


「もんがぁ!?」


 やべぇ!? カディアのために働いていたはずが、このままでは彼女の首を絞めることになってしまう。大戦犯、不可避である。

 捕まる選択肢は有り得ない。何が何でも、牢屋に行くわけにはいかない。カディアのために。


 ……もう、やるしかない。




「……ッ」


「!!」


 閉め切った室内に突風が荒れ吹き、俺を取り押さえていた騎士たちが宙に舞った。重い鎧を身に纏った巨漢らが大きな音を立て地面に倒れ伏せ、積まれた書類が一枚残らず散乱する。

 俺が悠々と立ち上がると、その様子に驚愕していたカディアはすぐに正気を取り戻し、俺の顔目がけて血の斬撃を振るった。

 俺は余裕を持って防護魔法を張り、それを防ぐ。血刃は固い壁に当たったかのように散り散りになり、壁や地面に飛び散った。一度、平静を取り戻したカディアはまたも、驚愕に顔を染める。


「あなた……何をしたの……!」


「……手荒な真似をしてすみません。騎士の方々、カディア様と話をします。一度、部屋を出てもらってよろしいでしょうか?」


 職務を全うしようと立ち上がる騎士達。しかし俺の言葉を聞くと、表情が見えずとも狼狽えているのが分かるほどに動揺していた。中には俺の顔を知っている人も居るだろう。皆同様にカディアへ目配せをし、指示を仰いでいるようだ。


「全員、戦闘態勢!」


「必要ありません。これ以上の反撃はしないと誓います。話がしたいだけです」


 俺は降参するように手を上げた。しかしカディアの表情は未だ険しく、警戒を解く素振りは無い。騎士達も剣を握り直し、俺に気付かれないようにか、ジリジリと足を近づけて来る。

 しかし、カディアは冷静だ。俺を刺激しないようにと、話には応じてくれた。


「その言葉……どうやって私が信じると?」


「……」


 同じ轍は踏まない。二度あるかも分からないチャンスだ。心臓はバクバクと鼓動しているが……落ち着け俺。昔を思い出せ。あれらと比べたら、こんな窮地、珍しくもないだろう。

 選べ。彼女が納得する……カディアに影響する言葉を。


「――500年前、かつては栄華を極めた没落貴族の生き残り……故郷を追いやられ、始まって間もない文明に足を踏み入れたとある吸血鬼に、誓います」


「ッ……!?」


 カディアは我を忘れたように後ずさった。騎士への合図も忘れ、そのまま壁に寄りかかる。柄にもなく声を荒げていた彼女は、今日一番の狼狽えを見せた。

 しばらくの間、カディアは無言で俺を見ていた。騎士達の間には緊張が走り、しかし俺とカディアの間には、それとはまた違う意図が孕む。俺は目をそらさなかった。


「……衛兵、部屋の外に出てなさい」


「で、ですが……」


「扉の前で待機。だけど盗み聞きは禁止よ。何かあったら呼ぶわ」


 カディアを心配する騎士達は、しかし統領の命令を無視するわけにもいかず、ゾロゾロと部屋の外へと出て行った。

 部屋に残ったのは俺とカディアだけ。しかし気を緩めてはいけない。俺は手を下ろさず、無抵抗を貫く。……山場はここからだ。


「その話、誰から聞いたの? 仲間達しか知らないはず……まさか、セシリ……?」


「違う。セシリは裏切るような真似はしない」


「っじゃあ! 誰から聞いたの!?」


「……元から、知ってた」


 俺はカディアを刺激しないよう、ゆっくりと後ろを向いた。彼女に背を向け、さらにその場に膝を突く。


「何の真似?」


「俺の上着を捲って、背中を見てくれ」


「……何をする気?」


「何も。俺はさっき誓ったよ」


 返答が途絶え、しばらくした後、俺の背後からコツコツと足音が聞こえ始めた。俺はただ上げていた両手を頭の後ろで組み、目を閉じる。

 カディアの足取りはやけに重く、ようやく布を掴んだ手は微かに震えていた。


「これ、は……」


 カディアは恐る恐ると俺の服を捲り、それが姿を現わし始めると、震えた声でそう呟いた。まるでその目に映ったものが信じられないと言った風な声だ。その後、彼女はお構いなしに服を一気に捲り、俺の背中にある辞書を露にした。


「な、なぜあなたが……」


「……俺が騎士達を跳ねのけ、君の血を防いだものは魔法だ。俺は詠唱無しで魔法を使える」


「嘘よ……あの部屋は誰も知らないはず。ましてや彼以外が開けることなんて……」


「前に犯罪者がジェムピースに侵入してた件で俺が派遣されたのはセシリから聞いてるだろ? その時、装置を起動したんだ。……部屋に入れなくても、その前の通路は定期的に片付けてくれてたんだよな」


「彼が残した文献に、あの部屋の記述は無い……その存在を知ってるのは、私とセシリ、そしてグランツ……そうだわグランツよ。アイツは技術の秘匿に反対してた。アイツが……」


「それは違う。グランツは俺達に約束してくれた。絶対に公開しないって。……君も、その場に居た」


「……」


「……一緒に、説得した、よな」


 カディアはそれ以上何も言わず、捲っていた俺の服を直した。彼女の納得を確信した俺は、両手を下ろし、ゆっくりと立ち上がる。振り返ってみれば、彼女らしくもない間抜け顔を浮かべるカディアが居た。


「……」


「……黙っててすまなかった」


「!! っホントよ!」


 感極まった様子でカディアが俺の胸に飛び込んで来た。……と、言いたいところだが、昔と違って今は俺の方が背が低い。真横には俺の肩に乗る彼女の頭があり、痛いほどの抱擁が俺の体に響いた。


「今までずっとどこで何してたのよぉ!」


「ほんとにごめん。説明させてくれるか?」


「……あともう少し、こうさせて」


 ただでさえ強かった抱擁が、更に力を増す。……受け入れるしかないな。


 ……今になって分かった。全く自分が情けなくて、恥ずかしくてしょうがないが、彼女が抱えていたであろうものの正体が。

 きっと、自分だけ取り残されるのが怖かったのだ。俺が死んで、きっとその後も、グランツやウィンリー、シャビナドゥまでがこの世から旅立ったのだろう。残っていたのはセシリだけ。エルフと吸血鬼、どちらの方が長い寿命を持ち合わせているか定かではないが、きっとその両方が耐えがたい悲劇だ。


 今まで向き合わなかったことに悔いしかない。今思えば、クロムやセシリにも、最初から本当のことを話すべきだった。きっとこの世で、俺ほど人の死に馴れている人間は居ない。だからこそ、人一倍相手の気持ちを慮る必要があった。


 かつての仲間を探すべきかもしれない。死んでいようが関係なく、その最後をこの目で見届けなければならないと。俺はそう思い直し始めた。




 俺はカディアを抱き返し、そのまま抱擁を続けた。彼女の気が済むまで、と。


 一向に声が掛からないことに痺れを切らした騎士たちが突入してくるまで、俺達は再会を分かち合っていた。

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