第25話 剣がストーカー

 ……魔動車で移動するんだったと早々に後悔し始めて丸一日。体力は持つだろうが……精神的にキツイものがある。もう24時間ぶっ通しで歩いたり走ったりしているが、目的地はまだまだ遠い。どこかで野宿しなければならない。


 荷物すら無く、計画性のけの字も無いまま始めた国外逃亡。頑丈な身体にものを言わせて、俺はどの国の管轄でもない道を歩いている。

 ここら辺はダンジョンが無数にある。そのひとつひとつがどれも小規模であるとはいえ、ここまで仕事をしにやって来る冒険者はほとんど居らず、地上すらも危険地帯になっている。そこら辺に魔獣が徘徊しているからな。


 ……そして、俺が向かう目的地の前には、更に過酷な旅路を強いられる不毛の地が広がっていた。




 トゥーザン砂漠。500年前となんら変わらぬ乾燥地帯。その広大な砂地には文明の跡らしき廃墟がポツポツと残っているが……前よりも減っている気がする。やはり長い年月を経て、今もなお風化していっているのだろう。ここは気象の変化が激しいからな。竜巻に襲われたくはないが……運が良くても、一度は遭遇するだろうなぁ。


 はぁ……ただでさえ長い道に嫌気が差しているというのに、ここを通るのは憂鬱な気分が増す。ひたすらに暑いのもそうだが……例に漏れず、この場所も思い入れのある地域だ。

 今は見る影も無いが、ここには集落があった。廃墟がボロボロになりながらも残っているのは、その名残。かれこれ……そう、3000年以上も前の話だ。懐かしい……俺がランドの時、彼らの生活基盤を整え、この砂漠でも集落は安定した生活を送っていた。試練の一環としての協力だったが、充実した日々を送れていた。まあ、にっくき太陽神のせいで全てが無に帰したが。

 というより、逆によく廃墟なんか残っているな。もうとっくに朽ち果てていてもおかしくないのに……やはり雨の女神は偉大である。元気にしてるかな?


 そんなことを考えつつ、俺はその先を眺め……全然見えそうにない目的地に思いを馳せる。……まだまだ歩かないとなぁ。


「あちぃ……」


 普段から厚着をしているおかげで火傷の心配は少ないが、ほとんど黒い服のおかげで熱中症まったなしである。いや、こんな程度で体調は崩しませんよ? 俺の身体はサボテンもびっくりの保水力を持ってますから。しかし、辛いもんは辛いんです。


 とはいえ、この砂漠を乗り越えたらようやく目的地にたどり着く。かつての故郷、ニジュランド王国へ。俺とクロムが生まれ育った場所である。ついでにランドも。

 この世界で最も古い歴史を持つ国である。忌々しい時代が終わった後も、形だけではあったが生き残った国だ。古い知恵や歴史が載っている書物も、いくらか現存しているという話もある。


 ……今気づいたが、そういや俺、不法入国者になるのか。生活とかできる? それにクロムにも追われてて、彼女がニジュランドに足を運ぶ可能性も……深く考えるのはやめよう。うん、こんなこと考えてたら平穏な生活なんてできないわ。知らぬが仏だぜ。


 そろそろ日も沈むし、適当な場所で休もう。……屋根のある廃墟があればいいが、求めすぎかな? せめて砂塵から身を守れる場所に居なきゃ……。


 食べ物は無いが、水は生みだせる。夜は冷えるが、火も用意できる。こういう時、魔法が使えると便利だ。全人類が魔法使いになればなぁ。……夢の無い話になってしまうが、それはそれで面倒なことになるか。下手したら社会が崩壊しそう。


 とりあえず、寝床は確保できた。5時間くらい休めば疲れは無くなる。……静かだなぁ。最近は仕事やら他の予定やらで忙しかった。やはり人には孤独な時間が必要だと身に染みる。


 しかし、こうしていると昔を思い出す。クロムがあんな感じになっちゃったからというのもありそうだが。

 魔王討伐に向け、ニジュランド王国を出立した際、丁度この砂漠で仲間達と夜を過ごした。クロム以外の2人とは、ほとんど面識が無かった。エルナはただのワガママ娘という印象で、カリアは聖女というイメージそのものの淑女だった。そういや、俺が彼女に奇跡を学び始めたのも、ここでカリアと語り合ってからだっけ。


「……」


 そうして回顧を終えると、虚無感に襲われる。……本当、何やってんだろうな俺。はぁ、あの頃は良かったなぁ。やることが決まっていて、ただひたすらそれに没頭すればよくて、世界は俺の主観でしかなくて……結局、後からそれじゃ駄目だと気づかされたが……何も知らない気楽さが、ただただ恋しい。


 ……パチパチと音を立てる火花が俺の眠気を誘う。


「明日から、頑張ろ……」


 俺は重くなっていく瞼に抗わず、そのまま眠りについた。




「……やっと着いた」


 どれほど歩いたか。砂漠で眠った後、起きてからひたすら砂を踏み、俺はニジュランド王国の国境に辿り着いた。それから更に、馬車を雇って中央まで。硬貨の換金に手間取ったが、なんとか助かった……。


 国境付近を巡回している騎士隊と鉢合わせた時はどうなるかと思ったが、難なく入国を許可された。時代の変化とは早いもので、過去に戦争があったとは思えないほどの温情を感じる。魔動車はまだ一般的でないようだが、歩かずに済んだ分、良しとしよう。


 さて、せっかく中央地区までやって来たわけだし……まずは墓参りでもするか。




 ……と、思ったが、どこに目的の墓があるのか分からん。よくよく考えれば、アイツがどう死んだのかも知らされていない。もしかして俺より長生きしてた? それに500年も時間が経ってるからなぁ。かつては名高い貴族であったパーソンズ家も、見る影が無い。やはり、俺が家出し、更にはその問題児が大成してしまってから立場が厳しくなったのだろう。

 弟の墓は見つからなかった。……散々迷惑をかけておいてあれだが、墓参りの一つもできずに申し訳ない。せめて安らかな最後であったことを祈ろう。


 いや、やることもないんで現地住民に聞き込みしようとも思っていたのだが、気になるものを見つけてしまったので、墓参りは一時中断したのだ。

 場所は人が賑わうメインストリート。出店もいくつか出ていたので何か祭りをしているのだろう。その中心部に、人だかりが出来ていた。


「さぁさぁ! 次の挑戦者は誰だ!」


 何やら市民が騒いでいる。挑戦者? 腕自慢でもしてるのか?

 と、思っていたら見知らぬ男に声を掛けられた。


「ん? 兄ちゃん旅人かい?」


「あ、はい。そうですけど」


「ははは! やっぱり! 変な格好してると思ったぜ!」


 なんだコイツ。初対面だよね? 陽気というか……あぁでも、なんかこの国の人って、ほとんどこんな感じな気がする。別に南国でもないのに、なんでこんなパーソナルスペースを取らない人が多いんだ。お、俺は別にいいんだけどね??


「お、あれ気になるかい?」


「まだ何も言ってないんですけど……」


「ありゃあな、いわゆる『勇者の選定』だよ。今テキトーに決めたけど」


「勇者?」


「おうよ! 数日前に地面から剣が生えて来てな」


 えっ何それ怖っ。超常現象すぎるだろ。


「変な話だろ? 後から地下深くにまで続く空洞が見つかったんだよ。まるで埋まっていた剣がひとりでに顔を出してきたんだ! それからはもうお祭り騒ぎよ! 誰が勇者になるんだ! ってみんな剣を引っこ抜こうとしてるのさ!」


「へ~不思議なこともあるもんですね」


「ああ! きっと名のある英雄の得物にちげぇねえ。良かったら兄ちゃんも腕試しにどうだ?」


「はははっ遠慮します」


 絶対ロクなもんじゃない。剣が現れた? 勝手に? どう考えても誰かのイタズラか……剣そのものが特殊な代物だったらもっと性質が悪い。恐らく魔法か奇跡が関わる物だ。……いや、ただ魔法で鍛えただけの物なら別にいいか。特殊な加工が必要だが、さほど珍しい物でもない。

 勇者の選定って……仰々しいなぁ。誰かが勝手に置いただけだろ。現れてから数日と言っていたし、未だ抜いた人は居ないのだろうが……あれ? 本当に感じか? い、いやガッシリ埋まってるだけだろ。うん。関わらんとこ。


「無理にとは言わねえけど……いや! どうせなら兄ちゃんも見て行きなよ! 気が変わるかもしれねえぜ?」


「え? い、いや! 俺は別に……」


「水くせえなぁ。ほら! 良く言うだろぉ? 旅は道連れって!」


 ちょ、強引すぎだろ! 服を引っ張……酒クサ! こんな真昼間から飲んでんのかよ!! 道理で……。

 変に抵抗するわけにもいかず、そのまま俺は連れられ……件の剣を見た。


 なんか、もう分かって来たわ。……うん。予想通りの厄ネタでしたね。


「あぁ~! 残念! 次は誰だ!」


「俺がやる!」


 そう言って意気揚々と出てきたのは筋骨隆々の大男。見ただけでこの場に居る誰よりも力があることが分かる。

 しかし……『フンヌ!!』と意気込み、顔を真っ赤にしながら突き出た柄を引っ張ったものの、剣は微動だにせず、刀身が折れそうな気配も無い。鼻から蒸気が漏れ、目玉が飛び出しそうな勢いだけど、あの人大丈夫そう?


「ゼェハァ、ゼェハァ……」


「え、え~と、期待のチャレンジャーでしたが、さすがは伝説の剣! 一筋縄ではいきません! さぁさぁ! 次は誰だ~!!」


「あんな強面でも駄目か! こりゃ手強いぞ兄ちゃん!」


「いや、結構です」


「またまた~! そんなこと言って本当は試してみたいだろ?」


「いえ、全然大丈夫です。冷静沈着です。お疲れさまでした」


 全く興味関心の無かった俺の心は更に冷え込み、何があっても近づかないという固い意志が出来上がった。

 俺はこの場を早々に立ち去らなければならない。マジでやってられん。


 この場を盛り上げてるあの男、適当に伝説の剣だとかぬかしてやがるが……そんな嘘でもない。というか、限りなく近い。何も知らねえはずなのに適当に言い当ててるのが腹立つ。


 あれはランドの剣である。鍛冶神ブラスの手によって作られ、精霊の加護をも受けている武器だ。実際に、あれで太陽神の首を切り落としたんです。


 なんでこんな所にあるんだよ……。俺がテオだった時、ランドが身に着けていた武具は、本人の遺体ごと地の深くまで落下したって聞いたのに。

 ……ん? 剣が、生え出てきた? まさか、本当に地中から出てきたのか?


 だ、だけど何で今になって……。




 カラン……。


「……ん?」


 なんか、足元から金属みたいな甲高い音が――。


「さぁ! 新しいチャレンジャーがやって来たぞ! 彼は……あれ?」


「あれ? どこいった?」


「ん? あの人が抜いたんじゃ」


「いや、俺ずっと見てたけど、近づいてすらなかったぜ?」


「じゃあどこいったんだよ」


 見間違いだろうか。……いや、幻覚だな。遠近法とかそこら辺の錯覚で見えているだけだろう。

 だから足元に転がってるように見えてるこの剣は何も関係ない。うん。特に俺には全く関係ない代物だ。うん。うん。




「――はぁっ、はぁっ」


 ざけんなよマジで。人違いも甚だしい。……俺は決してランドなんかじゃないぞ!


 なにか剣に意思のようなものがあるのか、ヤツは勝手に俺に近づいて来た。せっかく賑わっていた催しが台無しである。誰かに気付かれる前に逃げ出したはいいものの、全く恐怖が拭えない。怖いよ俺。運命がとことん俺を追い詰めてきている。

 世界から嫌われ過ぎてて自己嫌悪に陥りそう……。なぜこうも思うように事態が動かないのだろう。まあ、そりゃ自業自得の時もありましたよ? だけど、これはいくらなんでも理不尽過ぎませんか? 俺そんなに悪いことしてませんよね??


 動き出した足が止まらない。今はとにかく、ヤツから離れなければ。


「ぁいてっ!」


 焦っていたからか、柄にもなくコケてしまった。恥ずかしっ! 通行人が冷めた目でこちらを見下ろして行く。うぅ……本当に俺が何をしたんだ。あまりにも散々じゃないか? せっかく新天地にやって来たというのに、これでどう新生活をスタートすればいいんだ! やってられん!!


 そしてすぐに立ち上がり、俺は足に違和感を覚えた。なるほど。見下ろすと、底が剥がれている靴があった。

 このブーツは冒険者を始めた頃に仕立てた物だ。最近、遠出をしたり砂漠を歩いたりと酷使していたのが良くなかったのだろう。いや、逆にここまで壊れなかったのが凄いくらいだ。今までありがとう。よし、新しいのを買わないと。




「いらっしゃい」


「どうも」


 というわけで近場の武具屋にやって来た。流石の俺でも、ボロボロの靴のまま外を出歩く趣味は無い。幸い、金には余裕がある。奮発して一番良い物を頼むのもアリかもしれない。

 さて、広い店だが……おお、靴の品ぞろえがいい。まあ冒険者でなくとも生活必需品だからな。当たり前か。


 ……うん。これがいいだろう。元々履いていた物と大差ないシンプルさだが、耐久性は更に高そうだ。サイズも合っている。


「すみません。これください」


「はいよ。お客さん、旅人かい? 見ない顔だ」


「あはは、そうです。しばらく滞在しようと思ってるので、ぼったくらないでくださいよ?」


「いやいや! まさかそんなことしないよ。どの商品も値札通りさ。ほぉ、ブーツか。……ありゃ、そいつはどうしたんだい」


「長旅で壊れちゃったみたいで……」


「よかったら下取りするよ。貸してみなさい」


「え? いいんですか? 結構使い古してるんですけど……」


 俺は申し訳なく思いつつ、壊れたブーツを渡した。店の爺ちゃんが訝しむようにブーツを見つめる。


「儂なら修理できるさ。そうだな……うん、2割引きでどう?」


「お願いします!」


 良かったぁ。当たりの店だ。よそ者なのに、こんなに良くしてもらえるなんて……厄日だと思っていたけど、やっぱり世の中捨てたもんじゃないな。下手したら涙が出るレベル。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


「はい!」


 いやぁ、良かった良かった。これで安、心……。


 ……気のせいだろうか。カウンター裏の戸棚に見覚えのある剣が置いてあるのは。ま、まあ武具屋ですし? 剣なんてゴロゴロ置いてるわけで。中には似た物もありますし……。


 カタカタカタカタ……。


 なんか……動いてないか? ジワジワこっちに近づいて来てるような……。


「はい、お待ちどうさん。そした」


「これお代です」


「あぁ、ありが」


「ありがとうございましたッ!!」


「え、あ、またおいで~……」


 俺は一目散に逃げだした。




 ……おかしい。いくらなんでも、おかしい。まるで瞬間移動して、俺の所に付いて来ているみたいだ。そんな子に育てた覚えはないのに……!!

 いや、本当に何の力が働いているんだ。不可解すぎる。確かに手元に戻って来るような力はある。だけどそれは風の流れに乗って来る力によるもので、精霊の加護ゆえの……精霊?


 そういえば、ウィンシーは何をしているのだろうか? ランドの剣に風の祝福を与えた張本人であり、精霊の中で俺の唯一の知り合い。手から離れることないようにと自動で戻って来る機能を与えてくれて……そういや、剣を手放すようなことはしたことが無かった。もしかして、これも加護の力?


 た、魂レベルで感知しているのか……? いや、違う。だとしたらテオとして転生した時点で戻ってくるはず。だとしたら……ハッ!!


「まさか」


 俺は誰にも見られないよう、おもむろに右手の手袋を外した。そこには雨の勇者の証が刻まれている。それは心なしか、熱を帯びているようだった。

 こ、これかぁ!? 忌々しい転生スキルのせいで体に現れて……でも、これが浮き出たのは俺が5歳の時、今から10年前の話だ。なんで今になって……。

 いや、待てよ。ランドの遺体、その正確な位置は俺にも分からない。しかし、それがとんでもなく深い場所で……土やら石やらに埋もれているとして、剣が地中を掘り進めたとしたら……? それが、今なのか? 今ようやく顔を出した? じ、時間の問題だったってこと?

 大いにあり得る。そもそも風の祝福を受けたのも、雨の女神に課された試練の一つだった。その仕組みが、この証を追跡するものなら……。


 ……俺の存在がバレてる? ま、まずくないか? そんな可能性、考えてなかった。もしかして今もどこからか……。

 いや、落ち着け。冷静になれ。俺はまだ、を使っていない。一回たりとも。それは神と交信するための唯一の手段。それに俺が見つかっていたら、何かしらの接触がある……か? どうだろう。雨の女神たる彼女は気まぐれだった。俺に災難が降りかかるのを笑って見てたりして……。


 うん、考えるのはよそう。あっちから連絡が無いってことは、まだバレてない。そういうことにしよう。こんな可能性をいちいち気にしてたら、俺の身が持たん。

 何しろ、今の俺の問題は……。


 カラン……。


「……こいつだからなぁ」


 ホラー映画さながら、突然背後に現れた純白の剣を見て、俺は頭を抱えた。

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