第6話 青春を謳歌する者です

 待ちに待った念願の夏休み。早速俺は実家へ戻り、悠々自適な毎日を……過ごすことは出来なかった。


 はい、分かってましたよ。リズも帰省しますもんね。地元が一緒ということで、案の定行動を共にすることとなり、今まで以上にリズと時間を共有した。家に居ようがお構いなし。娯楽なんてものが何も無い田舎で、何をするわけでもなくリズと休みの日を過ごしていた。

 ただまあ、この時代において俺の秘密に一番近づいた相手ということもあり、精神的な休暇にはなっていた。魔法使いであることをカミングアウトした後、リズには色々と俺のことを話している。まあ主に魔法関連だが。


 最近ではうちの妹と仲睦まじく遊ぶリズの姿を見かける。我が物顔で家に入り浸るリズに内心呆れてはいたが、なかなか娘が家に居る時間がないと嘆くおじさんを見るのはいい気味だった。ざまぁ。


「リズちゃん好きー!」


「うふふ、ありがとうございますわ」


「お姉ちゃんって呼んでいもいーい?」


「!! もちろんですわ!」


 おい、あんまりリリーに変なこと吹き込むんじゃない。リリーはお前じゃなくて俺の妹だからな? 母さんもニコニコしてないで止めろよ。リリーはあなたの可愛い娘ですよね??


「リズちゃんが私の娘になったら嬉しいわね~」


 敵でした。こうなると頼れるのは親父だけ……しかし今は農作業をしているから、この場には居ない。俺がどうにかするしかないか……おいリズ、頬を赤らめてチラチラこっち見んじゃねえ。いくらお前でも、リリーは絶対渡さんからなッ!!!




 そんな日々を過ごし、夏休みが終わるまでまだ余裕がある中、俺は悪ガキ4人衆の約束を守るため寮に戻って来た。言わずもがなリズも着いて来た。おじさんがまた泣いていた。

 そして俺は、海に向けて準備を始めようとした時、避けられない問題を忘れていたことに気が付いた。


 ……あ、俺、水着、着れないじゃん。


 ということで、約束通り海に到着しましたが、俺は木陰で休むことになりました。試験を乗り切った嬉しさで完全に忘れていた……あぁ皆、楽しそうだなぁ。


「そんなに泳ぎたかったのですの?」


「当たり前だろ……何の為に俺は海に来たんだ」


「そんなに肌を晒したくないですのね……」


 ちくしょう。平然とリズが着いて来たのはもういい。深い絶望に沈む俺の心は、そんなことでいちいち揺れ動いたりしない。

 あぁどうしてだろう。野郎同士で水をかけあっているだけなのに、あんなに神々しく見えるのは……。これが、青春か……。クソッ!!


 そのうち、少しバテ気味のエルバートが戻って来た。お前体力無いな~。俺が交代してやろうか? ハッハッハッ! ……はぁ。


「ゼェ、ハァ、なんでセロとダリルはあんなに体力があるんだ……。ロイもどうだい? 男の裸体なんて誰も興味ないさ」


「俺が気にすんだよ……」


「ならそんなに恨めしそうな目でこちらを見ないでくれ……リズベットもどうだい? せっかく海に来たんだし」


「ロイが来ないのなら嫌ですわ」


「こっちもか……」


 うーむ、俺の方は仕方ないといえ、確かにリズは暇じゃないだろうか? 男のじゃれ合いを見る趣味が彼女にあるわけない。現に死んだ目で海を眺めている。こいつらと遊ばないなら遊ばないで、少しは一人だけでも夏の気分を味わってもいいのでは? べ、別にリズの水着姿が見たいわけじゃないんだからね……!!


「リズ、エルバートの言う通りだ。俺はいいからお前も遊んで来いよ。せっかく海に来てるのに勿体ないぞ?」


「……はぁ、仕方ありませんわね」


 リズはそう言うと、持ってきた鞄の中身を漁り始めた。おお、準備万端じゃん。本当は楽しみにしてたんじゃないの~? 全く、素直じゃないなぁ俺の幼馴染は。


「はい、これロイのですわ」


 いや、だから水着は……ん? やけに布面積が多いな? ……! こ、これは!!


「父上にお願いしていましたの。遊泳に特化したウェットスーツなる物の試作品ですわ。市場に出回っていない代物ですのよ」


「ご丁寧に首まわりまで生地があるぞ!?」


「そこは改良予定らしいですわ」


 す、素晴らしい! 技術の進歩とは何と素晴らしきものか!! 手首から指先、足首から爪先までは露出しているが、俺が使っている手袋は防水性。いける……! 俺も夏を謳歌できる……!!


「け、けど何で今になって……」


「あそこにロイを混ぜるのが癪でしたのよ……でも、あなたが思ったより残念そうで、根負けしましたわ」


「リ、リズ……!」


 幼馴染の成長が止まらない……! くっ、泣かせに来てやがるぜ。とことん俺のツボが分かっているみたいだな。こんなこと小恥ずかしくて口には出せないが、リズとは以心伝心、相棒のような絆を感じる……! 俺達、ズッ友だな!!


「では、私とロイは着替えてまいりますわ……くれぐれも、覗くなんて考えないように。ミスタールーベンス」


「おぉ怖い怖い。大丈夫、邪魔はしないさ」


 エルバートは海に戻り、俺とリズは岩陰に隠れた。もちろん別々のですよ?

 試作段階ゆえ着用に難はあったものの、俺は無事に水着を着ることが出来た。体の隅々までを見渡し、問題が無いことを確認する。うん、大丈夫そうだな。背中も露出していない。


「ロイ、こちらは終わりましてよ?」


「俺も」


 ……なんか、気恥ずかしいな。めっちゃドキドキする……あぁ、俺にもこんな童心が残っていたんだな……青春だぁ。

 互いに着替えが終わったことを確認し、俺達は岩陰を出た。


 か、可愛い!! 水玉模様のフリルが付いたワンピース水着だ! なんでこんな水着の文化が発展してるのかよく分からんが……まあヨシ! いつもお嬢様らしく上品で周りに冷たいリズだが、過剰にならない程度に彼女の幼さを引き立て、キュートに仕上げている。これは……120点! くそ~写真が欲しい。写真に収めておじさんに自慢したい。おじさんの血涙が見たい……!

 おっと、女の子がおめかしをしているんだ。ここは褒めないとな。


「リズ似合ってるよ!」


「…………エッロ」


 ……え?


「ご、ごほん。あなたも似合っていますわ。さて、行きますわよロイ」


 ……?? き、聞き間違いか? そ、そうだよな! いくら俺の耳が良いとはいえ……ないない! 男の水着姿で、ねえ? ましてやあのリズが? ないないない。何かの間違いだろ、うん。……聞かなかったことにしよう。即刻、記憶から削除だ。




 リズとの絆に早くも崩壊の危機が訪れ、このことは墓場まで持っていくことにした俺は、全てを忘れて海を満喫した。忘れた、筈だ。セロがいきなり深い所に潜って行っては、海藻を引きちぎって食べ始め、リズ以外の皆で笑っていたりした、気がする……あかん、耳にこびりついてしまった。

 水着姿のリズに悪ガキ達がデレデレしつつ、無事に青春を謳歌した後、俺達は学園の寮に戻り、残りの夏休みを消化した。


 そして後期が始まり、学園生活が再開した頃、学園主催の催しを俺達は耳にした。

 始業式の学園長からのお話である。


「さて、授業が再開されるわけだが……皆も知っているだろう。近々、毎年恒例となっている体育祭を執り行う。学生諸君が主体となって活動して欲しい。詳しい日程や組み分けについては――」


 ほう、体育祭とな? 学業が本分であり、特にそこに重きを置くジェイフォード学園の生徒からすれば、体を動かす機会なんてほとんど無いと思っていたが……健康を意識した取り組みもあるんだな。まあ実際、魔法使いを志す奴らは大半が魔法や技術専門の職、あるいは冒険者になるだろうからな。ある程度、体力がないと話にならないのかもしれない。そこら辺は魔法で融通が利くとはいえ、元の身体能力も大事ではあるからな。




 その日の授業を終え、学園の外で待ち合わせていた悪ガキ4人衆は、いつものように遊びに集まった。

 場所は中央から少し外れたボロボロの家屋。安く売り出されていたその家を、俺達はなけなしの金を出し合って借りていた。要はここが新しい遊び場だ。エルバートの実家に送り返されていたギャンブル道具は全てここに移されている。

 エルバート曰く。


「ふふ、驚いたかい? 僕も例に漏れず実家に帰省した時、頭を下げて親に許しを貰ってね。なんとかコレクションは取り戻したよ。ロイにも見せたかったなぁ僕の華麗な土下座を」


 いや、見ても困るが。とはいえエルバートの尽力によって俺達は秘境を取り戻していた。リズもこの場所の存在を知っているが、もう教授らに密告する心配はない。もちろん俺が犠牲になってのことだが。


 相も変わらず不良らしく遊んでいた最中、学園長が話していた体育祭についての話題が持ち上がった。


「そういえば体育祭なるものが始まるみたいだね」


「あ~言ってたでやんすね」


「初等部の頃から毎年ありましたけど、何かちょっと違うみたいですね?」


「うん。何か魔法の腕前が全面的に試される競技が多いらしいよ」


「ほーん」


 過去の話に混ざれないのは残念だが、今年に関してはエルバート達も具体的な内容を知らないらしい。魔法の腕前を試される、か……うん、潜伏一択だな。適当に加減して悪目立ちを避ければいい。特に問題ないイベントだ。


「残念だったねロイ。体力勝負ならヒーローになれたのに」


「ん? 俺?」


「そうそう。君、結構鍛えているだろう? 魔法学校じゃなきゃ、モテモテだったろうに……」


「いや、ないない。勉強優先とはいえ、俺より鍛えてる奴なんてもっと居るんじゃないか?」


「いやいや、そんなに腹筋バキバキに割れてる奴なんて君くらいだよ。相当の力持ちだろう?」


「これは実家が農家だからだよ。体力仕事をしてただけだ」


 まあ、嘘なんですけどね。ステータスが引き継がれたせいで体が仕上がってるだけです。ボディービルダーほどとは言えないけど確かに筋肉はある。ジェイク以前の時は武器を振り回してることが多かったからな。ちなみに俺は着痩せするタイプだが、筋肉の詰まり具合は誰にも負けない自信がある。


「ロイが水着を着るまで、あんなに筋骨隆々だとは知らなかったでやんす」


「あーまあ、普段厚着だしな。どう? 印象変わった?」


「うん。エロかったね」


「エロかったでやんす」


「エロでしたね」


「おい」


 お前ら揃いも揃ってふざけやがって……リズの衝撃発言思い出しちまったじゃねーか。忘れかけてたのに。ちくしょう。


 そんな下らない話をしていると、家屋の扉をノックする音が響き渡った。うわ、噂をすれば。今良いところなんだけどな……お迎えが来てしまったようだ。


「お邪魔しますわ」


「やあリズベット。ささ、ロイのことは好きにしてくれ」


「お前、俺を売るのに躊躇ないよな」


 もはや恒例となりつつある薄情な漫才をしつつ、俺はリズの手に握られた見慣れないスクロールに目を付けた。


「それ何?」


「委員会からのお知らせですわ。体育祭の詳細が発表されましたので」


 リズはそう言うと、トランプが広げられたテーブルに躊躇なくスクロールを広げ、内容を俺達に見せて来た。中身には体育祭の日程、チームの人数、種目についてが事細かに綴られている。

 今朝の話だというのに随分と手際がいい。もともと準備されていたのだろうか? 内容は……フムフム、自由参加と。なーんだ、強制じゃないなら出る意味ねーな。


「それで、私からあなた達にお願いがあって来ましたの」


「「「え?」」」


 え? あのリズが? 俺だけならまだしも、こいつらに頼み事とは珍しい。しかしこのタイミングとなると……。


「体育祭は自由参加。出場には5人のチーム登録が必要ですわ。ぜひあなた方を頭数に参加したいと思っておりますわ」


 やっぱりそうなるよなぁ。俺達に頼んでまで出場したいとなると……目的はなんだ? リズにとって得ではあることなのだろうが……。


「わ、悪いけどリズベット……君も知っての通り、僕らはあまり競技には不向きな性質でね?」


「問題ありませんわ。初めの障害物レースと次の魔法弾合戦を勝ち上げれば、後は優勝者を決める個人トーナメントのみですもの」


「だからそこまで行くのが難しいって……」


「心配せずとも、私とロイが居れば勝てますわ。それにあなた方にとっても価値のある話だと思いますけれど」


 リズはそう言うと、スクロールの終盤に書かれた文言を指さした。

 なになに……『優勝者には、法に抵触しない範囲のもと、一つだけ自由に校則を設ける権利を与える』? なんだこれ? とんでもないことが書かれているな。こんなの優勝者次第で規律乱れまくりになるじゃん。

 仲間達もその文を読み、次第に目を輝かせ始める。


「なんだこれは……!?」


「話によりますと、校則を減らす権利にも変更可のことですわ」


「……ハッ!? それってつまり……」


「つまり、優勝しましたらあなた方がコソコソとやっているこの遊びを、学園が容認するようになりますわ」


 夢がありすぎる。凄いなそれ……やばい、エルバートの目がガンギマっている。食い入るようにスクロールを見始めたぞ。セロとダリルも身を乗り出しているし……あれ? これ……やる流れか?

 ま、まあ出場自体は問題ない。しかしそうなるとリズの目的もこれなのか? いやこれは、優勝者……つまり、優勝した人物が参加しているチームではなく、優勝した人物本人への褒美ということになる。フッ、見誤ったなリズ。この罠にあっさりと引っかかる俺では――。


「私の目的はこの権利とは別なので、あなた方が好きにしていいですわ。参加希望書にこの要望を書かないといけないらしいですの。私はその権利をチームに譲ると書きますわ」


 あれ~? 俺の目論見が見事に外れ、リズは変わらずこちらの様子を窺っている。……何を企んでいる? 本当に何も無いのか?


「それ、リズのメリットは?」


「私の目的は売込みですわ。開催にあたって国の重要な役員方も見に来るらしいですの。ここで活躍すれば家名の評判が上がり、私自身も将来を約束されますので」


「へーそんなに重要な行事だったのか」


「今年からだそうですわ」


 ……なんか、違和感がある。何かは分からないが、偶然にしては出来過ぎじゃないか? 俺が転入したばかりで、いきなり行事内容が変わる……まあ、あるっちゃあるか。いけない、いけない。いくら俺とはいえ、自意識過剰が過ぎる。それに……。


「よし! 任せたぞリズベット! ロイ! 夢の礎となりたまえ!」


「犠牲になるわけじゃないぞ」


 エルバート達はもうやる気満々だ。こいつらが参加するというなら、俺もやらない選択肢はない。こんな奴らだが、俺のかけがえない仲間だ。それによく考えたら、名ばかりとはいえこれは体育祭……青春じゃねえか。俺もやる気が出てきた。あと他人事みたいに言っているエルバートだが、頑張るのはお前もだからな??


「こうしてはいられない! 早速、特訓だ!!」


「「おぉ!!」」


 エルバートに続き、セロとダリルも意気揚々と部屋を出て行った。退学が懸かっていた時より元気じゃないか? あいつら。


「あ、そういえばリズ。今日はどうする?」


「……こうなってしまった以上、デートは中止ですわね。私達も作戦を用意しなければならないですわ」


「了解」


 っしゃぁ~、頑張りますかぁ。……ん? そういえばリズ、デートって言ったか? 彼女の口からそんな言葉が出るなんて……まぁ、別にいいか。言われてみれば確かにいつもデートだったし。

 さて、そろそろ考え無しに行動を起こした馬鹿どもが戻って来るかな。

 お、来た来た。


「あの~、特訓とか付き合ってもらってもよろしいでしょうか……?」


「……ハァ」


 溜め息を零したのはリズ。気まずそうにしている3人を見て、俺も溜め息が出そうだった。……まあ、勝てなくてもいいかぁ。

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