第2話 潜流映写手術
三日が経った。
白庭に血の漣が咲いたあの光景は、今も念安の脳裏に焼き付いて離れない。
血花が爆ぜた一瞬の銀光。潜流が断たれたときの鋭い震動。
そして、死の間際に彼が口にした未完の言葉——
それらすべてが、彼女の胸のいちばん柔らかいところに棘のように突き刺さっていた。
表向きには、すべてが静かに平常へと戻っていった。
学校は再び潜流巡検を始め、都市の放送は「精神浄化法(Purity Drift Law)」を標準周波数で繰り返す。
まるで、張慕言など初めから存在しなかったかのように。
だが、午後の片隅で、彼女は耳にしてしまった——同級生たちの密やかな囁き。
——「張先生、去年脳腫瘍って診断されたよね?」
——「そうそう、あれグリオブラストーマ(Glioblastoma Multiforme)ってやつでしょ、もう末期とか…」
——「なのに今年また教壇に戻ってきたんだよね。まったく昔と変わらず…」
——「まるで…複製されたみたいだよな。」
その言葉たちは、針のように念安の耳へ突き刺さった。
標準化された潜流の授業で機械的に問題を解きながら、
彼女の心拍だけが、徐々にリズムを崩していった。
——もし本当に、張慕言が手遅れの病だったなら、
なぜあの日、あれほど完璧な潜流曲率で、講壇に立てたのか?
それとも——
彼は完璧などではなかった。ただ、誰にも見えていなかっただけ。
念安は唇を噛み、
心の奥で熱を帯びていく疑問を、密かに抱き続けていた。
——そして、あの夜。
彼女は、答えを探すことを決意した。
—
夜。
都市の潜流灯塔(Drift Beacons)が、空から冷たい青の光を投げかけていた。
校舎はがらんとしていて、巡回しているのは「潜流巡視ロボット(Drift Sentinel)」だけ。
その足音が、脈動のような機械音を刻んでいた。
念安は黒の私服に身を包み、帽子のつばを深く下ろして、裏口から廃棄資料棟へと忍び込んだ。
そこはすでに「非活動区域(Inactive Zones)」として都市ネットワークから除外されているため、
潜流信号(Drift Signal)はほとんど届かず、監視カメラも大半が休眠状態だった。
最上階で、彼女は一枚の錆びた扉を見つけた。
扉には、割れた銘板がぶら下がっていた:
【潜流実験アーカイブ(Drift Research Archive - Obsolete)】
念安は深く息を吸い、そっと扉を押した。
軋むような、かすかな音が静寂を裂く。
部屋の中には、半ば凍結した潜流の塵が漂い、水母のように静かに揺れていた。
彼女は「携帯共振キー(Portable Resonance Key)」を取り出し、空中に隠されたアクセス周波数(Hidden Access Frequency)を描き出していく。
遠くの角にある「潜流端末(Drift Node)」が、ひっそりと起動した。
波紋のような暗色のインターフェースが現れる。
念安は指先を震わせながら、ただひとつ知っているコードを入力した——
P-72-01。
張慕言の教師識別番号。
画面が揺れた。
そして、浮かび上がってきたのは、一件の「隠された潜流回響記録(Hidden Drift Echo Recording)」。
そのタイトルは、冷たく、簡潔だった:
【潜流映写手術(Basin Echo Transfer Procedure)・認証記録者:蘇霊溪】
念安は拳を握りしめ、指先に熱を感じながら、再生ボタンにそっと触れた。
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