第六夜 座敷わらし
素人が怪談を集めるうえで最大の難関は、アウトプットの機会確保であると思っている。
人から聞いて集めるだけなんだからアウトプットは要らないだろ、と思われるだろうが、聞いたその場で楽しんで『はい、おしまい』とすると、それは単なる消費であり蒐集とは言えない、というのが私のこだわりである。
聞き集めたものを誰かに伝える事で初めて蒐集品として完成するのだ、とまで言うと言い過ぎのきらいもあるが。
その話が興味深い話であればあるほど、自らの脳内で何度も咀嚼し、出来る限りこなれた形で誰かに伝えたくなる。
ところが、怪談を聞かせてくれる人に比べ、怪談を聞いてくれる人は圧倒的に少ない。
アマチュアの悲しいところである。
怪談を話しても嫌がられない、喜んで聞いてくれる間柄の友人は貴重であり、顔を合わせると開口一番に「新作ある?」と水を向けてくれるような人は、誠に稀有な存在である。
このお話は、普段は聞き手としてご助力頂いている、大変に得難い怪談仲間の遥さんという女性より聞かせていただいた。
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遥さんは、ホラーやオカルトの類をエンターテイメントとしてこよなく愛する人である。
ホラー映画は洋の東西を問わず大好物であり、サスペンス寄りからガチガチのスプラッターまで、ジャンル関係なく何でも来いというタイプだ。
心霊スポットの突撃レポは仕込みありでもリアリティ重視でも構わない、都市伝説考察や実際の凄惨な事件の解説、人怖に未解決事件まで、ホラーに僅かでも掠るならば好き嫌いなく味わい尽くす、面白ければ何でも良しという雑食ぶりである。
当人は霊感など皆無だそうで、実際に不思議な体験をした事はないのだが、そこは問題ないのだそうだ。
曰く、『直接怪異に関わることなく、安全圏から、無責任に楽しむのが至高』だそうで、この点は大いに共感できる。
類は友を呼ぶとは良く言ったもので、遥さんの周囲には同好の士が集まっており、女子会と称しては互いにお勧めのホラー映画や動画の情報を持ち寄り、鑑賞会をしているのだという。
そんなホラー仲間の中で一番親しいKちゃんという女性が、この話の主役である。
ある日遥さんはKちゃんと二人、いつものようにホラー映画鑑賞会に興じていた。
2本ほど立て続けに映画を楽しみ、少し休憩しようかと部屋を明るくして、空になったグラスにビールを注ぐ。
互いの感想などぶつけ合いながら取り留めのない話をしているうちに、ふと疑問が湧いて出た。
この子、オカルトを本気で信じてるタイプだったっけ?
Kちゃんとは知り合って5年程にもなる友人であるが、心霊に関するスタンスは聞いたことがなかったかも知れない、と思い立つ。
遥さん自身があまり真剣にオカルトを信じないタイプであるが故か、友人にも積極的に確認する事がなかった。
長い事一緒にオカルト趣味を楽しんできた間柄であるし、今更聞くのもどうかなと思いながらも、一度気になってしまうと聞かねばどうにも収まりが悪く、何の気なしに質問を投げかけた。
「ね、Kちゃんて幽霊は本当にいると思う人?」
Kちゃんはぼんやりと考え込む素振りを見せた後、「ん〜、幽霊はいないんじゃないかと思うなぁ」とのんびりした調子で答えた。
あ〜、あたしもおんなじタイプだわ、と遥さんが返すよりも僅かに早く、Kちゃんは続けた。
「でも妖怪はいるよ」
いると思う、ではない。
存在を信じている、でもない。
当然のように『いる』と言い切る予想外の答えに、呆気にとられる。
幽霊と妖怪って別物扱いなのか?と、素朴な疑問が浮かばないでもなかったが、それよりもこの言い様は明らかに、実際に見ている者の表現だ。まさかこんな身近に実体験持ちが居たとは。
遥さんは軒並み上がるテンションを抑えつつ、詳しく話を聞く事にしたのだそうだ。
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遥ちゃんに話したこと、なかったっけ?
うちの実家、座敷わらしがいるのよ。
知ってる?座敷わらし。
ちっちゃい子供みたいな見た目の妖怪でね、住み着いたお家に幸せをもたらすんだって。
でも座敷わらしが出て行っちゃったり、住んでる人がその家を出ちゃうと逆に不幸になっちゃうらしいのね。
私、六つ年上のお姉ちゃんがいてね、実家に住んでた頃はずっと一緒の部屋だったのね。
私が小学校1年の時だったかな、お姉ちゃんと二人でお部屋で遊んでたのね。おままごとか何かをしてたんだけど、部屋の隅の箱に入れてあった犬のおもちゃが突然動き出してね。
昔あったでしょ、スイッチを入れるとキャンキャン鳴いて、少しすると脚が動いて歩いて、また鳴くっていうおもちゃ。
あれが、誰も触ってないのに勝手に動き出したの。
私びっくりして、怖くて泣いちゃってさ。
でもお姉ちゃんは笑いながら、「電池がズレてたのが、何かの拍子にはまって動いただけだよ」って、犬のおもちゃをつかんで、スイッチを切ったら止まったのね。
でね、電池が古くなってたのかな〜なんて言いながら電池をいれるとこを開けてみたら、入ってなかったのよ、電池。
今度はお姉ちゃんもめちゃくちゃビビって、二人してママのとこに走ってってね。
そしたら、ママが普通に言うのよ「座敷わらしちゃんが一緒に遊びたがってたのね」って。
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だから、座敷わらしは、ひいては妖怪は実在するのだと、そういう事なのだろうか。
何とも釈然としないまま、遥さんは確認する。
「んじゃ、実際に座敷わらしを見た訳ではない、ってこと?」
Kちゃんの答えは「そ、私とお姉ちゃんはね。でもママは実際に見た事があるらしいのね」であった。
そうして、Kちゃんはそのまま話を続ける。
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うちのママ、ちょっとだけ見える人でね〜。
まだ私が小学校に入る前くらいかな、夜寝てる時にね、あ、ママは私達と別の部屋で寝てたんだけどね、夜中にふと目が覚めたんだって。
で、何となく寝返りうって横を向いたら、裸足の足が枕元に見えたんだって。
ママそれを見て、私かお姉ちゃんが怖い夢を見て、眠れなくなってママの所に来たのかなぁ、って思って、どっちが来たのか確認しようと目だけで上を見たのね。
そしたら、足首から上が何も無かったんだって。
くるぶし辺りから下の部分だけが、枕元に立ってたらしいの。
ママそれを見て、「あ〜、座敷わらしちゃんだったのね」って思って、気にせずそのまま寝ちゃったんだって、強いよねw
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そこまで話すと、Kちゃんはケラケラと笑い、それ以上の話は続きそうになかった。
Kちゃんの話を鑑みるに、彼女の実家に起こった現象は彼女の母親の申告以外、座敷わらしの存在を示唆する要素は何もない。
遥さんは喉元まで出かかった『それ、座敷わらしじゃなくて、なんかもっとヤバい奴っぽくね?』と言う言葉を飲み込んだ。
と同時に、最初にKちゃん自身が発した『座敷わらしの住み着いた家を出ると不幸になる』との言葉を思い出し、一人暮らしをしているはずのKちゃんの事を思うと、『あ〜、それは座敷わらしだわ』とも言えなかった。
肯定も否定もしがたいジレンマに陥った遥さんは、考えあぐねた末に「何それ、マジで?ヤッベぇ!」とだけ返し、Kちゃんに合わせて一頻り笑いあった後、お手洗いに逃げ込んでその場を切り抜けたのだそうだ。
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「ねぇ、この話、意味分からん過ぎてヤバくないです?
Kちゃんの実家に居るの、本当に座敷わらしだと思いますか?
有識者のご意見をひとつ聞かせてくださいよ」と、遥さんは真剣とも冗談ともつかぬ面持ちで、私に尋ねた。
ただの怪談好きであり、何の見識も持ち合わせない私にできることは「何その話、ヤバいね」と笑って、トイレに逃げ込むことだけであった。
-了-
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