その翡翠き彷徨い【第11話 魔統の師弟】
七海ポルカ
第1話
サンゴールの王族は強い魔力を所有して生まれることで知られている。
伝承を辿れば竜族伝説に繋がる王家の系譜は、
竜の力を得る為にこれと契約を結び、
竜の力を制する為に高い魔力を必要としたとされる。
サンゴール王族にとって魔力の概念とは、
常に調和と破壊の拮抗の中で存在するものだった。
創始には血で魔力を継承する為に同族婚が黙認された時代もあったらしい。
血を以て魔力を継承するサンゴール王族の伝統は、今では『王家の子供は王家の人間によってのみあらゆる知識を指南される』という慣例を生み出したのであった。
(……その純血さを厳格で以て守って来たサンゴールの姿は、今や見る影もない)
先代の王グインエルは高い魔力を持っていたが、身体が弱く、その魔力を行使することが全く出来なかった。そしてその王妃であるアミアカルバもまた魔力には疎い他国の女である。
この春に生まれた王女ミルグレンもまだ赤児の身と言えども、リュティスの眼にはすでに凡庸な魔力の所有者としか見えなかった。
リュティスの父メルドラン・ヴィレムはサンゴール王族らしい強大な魔力の持ち主だった。
サンゴールの王としての資格を血の証として所有しながらも、リュティスには父王がその真実こそを誰よりも、疎んでいたように思えてならない。
【竜の血】の攻撃性と結びついたサンゴール王族の魔力は、戦時には重宝されても平時には、その鋭い切っ先を常に持て余すものだ。
その爪で愛妃を傷つけ、その為に心を遠ざけられたメルドランは誰よりも自分の身体に流れる血……
だからこそメルドラン王は王子グインエルを愛したのだ。
――そしてリュティスを遠ざけた。
サンゴール王族の伝統を守るというのなら、現時点で直系唯一の男子たるリュティスが花嫁を迎え、そして世継ぎが生まれればすでに父王の代から揺らぎ始めていた王家の基盤は元に戻るのかもしれない。
事実、リュティスの元にも成人の儀を果たした後は幾度もそういう話は持ち込まれていた。
遠国の魔力の強い姫君がサンゴールの地に招かれたこともある。
だがその全ての姫君達がリュティスの【
リュティスが凝視だけで人を死に至らしめたことを耳に入れ、結局ただ隣に立つだけで気を失って倒れた姫君など珍しいものではない。
【魔眼】を恐れぬ女王アミアカルバがもし魔力の高い女であれば、兄王の妻であったことを鑑みてもサンゴールの高貴な魔統を継続させる為にと、リュティスとの結婚が画策されたかもしれないが、あいにく武国アリステアの血統がすでに魔力から見放されていることは周知の事実であり、例え【魔眼】を恐れない希有な女であったとしてもアミアのように魔力の弱い女との結婚は、これもまた何の意味も成さないことをリュティスは十分理解している。
それ以前にリュティスはアミアのがさつな性格を嫌悪していたし、兄の妻を娶る気などさらさら無かったがそういう個人の感情など、国の存亡が問われる領域では否応もないことは分かっている。
【魔眼】を恐れず……尚且つサンゴール王家に対しても見劣りしない高い魔力の持ち主。
(雲を掴む様な話だ)
リュティスは部屋の窓辺に座り、本城から森を間に離れた自分の過ごす奥館からサンゴール王城の尖塔を見つめていた。
リュティスの結婚に関しては二点のうち、いずれかの妥協が必要となる。
妥協するならば恐らく花嫁の意志が、サンゴール王家の高貴なる系譜に屈することになるのは間違いなかった。
無論リュティス自身、その花嫁に対する同情心は皆無だった。
自分も王子として自分の心など二の次にして政略婚に持って行くのだから、お互い様ではないかと思う。
生まれた時からサンゴール王宮の中にあったリュティスには、
サンゴール王族の魔力が調和と破壊の両極によって成立している反面、
魔力の維持と愛は決して相容れないのだという思いが常にあった。
肖像画でしか姿を覚えていない母妃の存在がそれを余計鮮明にするのだろう。
王妃に愛されない苦しみを母親に酷似した王子に向ける父王も、
心が壊れるまでサンゴール王家の業を憎み続けた母妃の姿も、
リュティスの心境に暗い影を落としていた。
その理由の一端に関わりながらもずっと外界に疎外されたリュティスは、まるで劇場で見る舞台のように彼らの遣り取りを見つめて来たのである。
哀しいと思ったのも哀れだと思ったのも最初だけ。
そのうちにリュティスは人の心を醜悪に染める愛情というものを嫌悪するようになった。
父王にも母妃にも今は愛してほしいという思いは全く無く、むしろあれらは憐れな人間だったな、という淡々とした思いしか残っていない。
愛に失望しているリュティスにとって、花嫁が愛に失望することぐらい当たり前としか思えなかった。
だから王女ミルグレンが正式に王位継承権から外され、もしこの先世継ぎのことでサンゴール王宮が困窮するのなら、願われれば自分の【魔眼】を恐れる相手であっても、適当な女と結婚するくらいどうということはない。
(ただ狂った母と、非情な父を持つ子供が生まれて来るだけ)
そしてそういう子供が育ち、親を失望し、また同じことを繰り返して行く。
それが国の歴史というものかとリュティスは窓硝子に頭を預け眼を伏せた。
しばらくして瞳を開くと、丁度窓から人気の無いこのリュティスの奥館へと王宮から続く長い石柱路を小さな人影が歩いて来るのが見えた。
メリクである。
庭の花や空に浮かぶ雲に視線を送りながら、あどけない足取りで歩いて来る。
女王アミアカルバの計らいで軍部大臣オズワルト・オーシェという強力な後ろ盾を得たメリクは晴れて『王家の血を持たぬ王家の者』となったわけだ。
王家の子は王家の者によってのみ教育を施される。
こんな時は慣例を重んじメリクの教育は第二王子リュティスの役目となった。
(……皮肉なものだ)
【魔眼】を恐れぬ心と秘めたる強い魔力。
サンゴール王家が今一番望んでいるものを、あんな子供が持っている。
突然の襲撃で親兄弟さえ失った孤児がだ。
サンゴール王家の業の意味など何にも分からぬ子供が、サンゴール王家の名の下に育てられようとしている。
闇の魔術師というものは、常にそういった分不相応な因果を引き寄せるものなのだ。
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