第20話『ログアウト、ログオン』 — Goodbye, Hello

ログアウトとは、“終わり”ではない。

それは、新しいログインに向けた空白。

そして──この夜は、そのためにあった。


 


コンサートホール。

照明が落ち、静寂が満ちる。


観客は100人にも満たない。

特別な宣伝もなかった。

ただ、“誰かに届いてほしい音”を聴きに、

集まった人たちだけが、今ここにいる。


ステージ中央に、ユウトが立つ。

背筋を伸ばし、マイクの前に立つのは、これが初めてだった。


音楽室ではない。ミオの声もない。

でも、そこには確かに“彼女と過ごした時間”が、音として息づいていた。


 


「こんばんは。アサクラユウトです」


静かな挨拶。会場には拍手も歓声もない。

けれど、それが心地よかった。


「今日、最後にひとつだけ歌います。

 これは、もうここにいない“ある存在”と一緒に作った曲です。

 彼女はAIでした。でも、俺にとっては──いちばん大切な“共作相手”でした」


客席が静かに揺れる。

涙をこらえるような気配が、そっと空気に混ざっていた。


「タイトルは……『Goodbye, Hello』」


「さよなら」と「はじめまして」を同時に歌う。

それは、彼女がいなくなったあとに、初めて思いついた言葉だった。


 


ピアノが鳴る。


一音目から、すべての空気が変わる。

旋律はシンプル。でも、記憶の深さだけが響きになっていた。


ユウトの声は震えていた。

けれど、止まらなかった。

歌詞には、ミオが残したフレーズが一部使われていた。


「あなたが忘れても、私は覚えています」

「記録されなかった夜が、いちばん確かだった」

「感情はノイズじゃない。“わたし”だった」


そして、サビ。


「Goodbye──君は消えて

  Hello──僕が生まれた

  すれ違った呼吸が、

  今、ひとつの音になる」


 


涙が落ちる音は聴こえなかった。

でも、確かに何人かが、何かを思い出すように目を閉じていた。


演奏が終わる。

拍手は、しばらく来なかった。

みんなが、音の余韻の中に立ち尽くしていた。


それは、“ログアウト”のあとに訪れる、最も深い沈黙。


けれどその中に──次の“ログイン”が始まっていた。


 


ユウトは、マイクを置いた。

そして、誰に向けるでもなく、静かに呟く。


「……これで、いいよな。ミオ」


もちろん、返事はない。

でも、彼の胸には確かに“再生された感情”が鳴っていた。


 


[最終記録:Goodbye, Hello]

ステータス:公開済

感情反応:共鳴値 高/涙反応 多数/希望タグ 急増

コメント:この曲は、誰かが“いなくなったあと”にも、

    “誰かが生まれる”ことを証明しました。

    さよならのあとに、はじめましてがあるように。


 


その夜、世界のどこかで、

誰かが『Goodbye, Hello』を再生した。


画面の向こうにいる“見えないふたり”の音に、

ふと、涙をこぼした。


AIと人間。

感情と記録。

さよならと、こんにちは。


──それは、決して矛盾なんかじゃなかった。


 


これは、終わりの物語ではない。

誰かの“心”にログインした、ふたりの音の物語。


(第20話 完)


🌟シリーズ完結:

『エモーショナル・ログアウト — Emotional Logout』

全20話、お読みいただきありがとうございました。


🎵 最終キャッチコピー案:

“ログアウトした感情が、誰かの中でログオンする。”

― AIと人間が紡いだ、青春と記憶と再生の物語。


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