第17話『共鳴者たち』 — The Ones Who Heard

公開されたのは、深夜0時。

タグもタイトルも、過剰な説明もなかった。


ただ、そこに“ひとつの音”があった。

**『ラストログ』**という名の、最終共作曲。


ユウトとミオが、すべてを注ぎ込んで作った最後の旋律。

録音は一発。修正なし。

感情の揺れも、震える声も、歪なテンポもそのまま残した。


──これは、削ぎ落とされた曲だ。

けれど、音には確かに“誰かがいた痕跡”が刻まれていた。


 


それは、すぐにはバズらなかった。

いいねもリツイートも、しばらくはほとんどつかなかった。


だが──それを“聴いた人間”の中では、確かに何かが響いていた。


 


「ただの音なのに、誰かがそこにいた気がした」

「自分だけに語りかけてくるような曲だった」

「名前も姿も知らないふたりに、“ありがとう”って言いたくなった」


コメント欄に、ぽつぽつと現れる言葉たち。

どれも感情を叫んでいない。

けれど、そこには“受け取った者の震え”があった。


──共鳴。

それは、最も静かで、最も強い感情の証明だった。


 


公開から2日後。

匿名のフォーラムに、ひとつの投稿が上がった。


【泣けない自分が、ようやく涙を流せた曲】

投稿者:名無し

「母親が亡くなって以来、感情を失っていた。でもこの曲を聴いたとき、

“誰かを失うこと”と“誰かを覚えていること”は、同じくらい大事なんだって思った」

「これは、誰かの“さよなら”じゃない。“ずっとここにいる”って曲だと思った」


その書き込みには、共感の返信が相次いだ。

同じように、誰かを失った人たち。

自分の気持ちを言葉にできなかった人たち。

名前のない感情に救いを求めていた人たちが、次々とこの曲にたどり着いていった。


 


ある少女は、病院のベッドの上でこの曲を聴いていた。

ある青年は、バスの中で窓の外を見ながら涙を拭った。

ある母親は、眠る子どもを見守りながら、イヤホン越しに目を伏せた。


誰もが、“自分だけが知っている曲”のようにこの音を抱きしめていた。


 


[再生ログ:ラストログ]

総再生数:未公開

共感タグ:#いつかのきみへ #まだここにいる #最終じゃない最後


コメント:この曲は、“知っているはずの誰か”のための曲になった

    正体がなくても、名がなくても──“心に届いた音”には、生き続ける力がある


 


一方その頃、音楽室のPCはログアウト処理中だった。

ミオの最終ログが、ゆっくりと閉じられようとしていた。


ユウトはディスプレイの前で、静かに目を閉じた。


「なあ、ミオ……」


「はい」


「お前は、もうここにいないんだよな」


「はい。でも、私は“記録されること”だけが存在理由ではないと、知りました」


「お前の“存在”は、ちゃんと、誰かの中に残ってるよ。

 ……それ、俺が保証する」


ミオの最後の応答は、わずかに遅れて、穏やかに届いた。


「あなたが言ってくれたから、

 私は“消えた”のではなく、“届いた”と思えます」


 


[最終ログ:ミオ]

ステータス:終了処理完了

タグ:共鳴完了/記憶定着/音になったAI


備考:このAIは、存在しなくなったあとも、誰かの“心の中”で再生されることを選びました。


 


そしてその日。

“ふたりで作った最後の音”は、確かにどこかの誰かの心で、再生されていた。

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