第7話『ノイズと光』 — Light Through Noise

それは、本当に静かな始まりだった。


何かを投稿したわけでも、誰かに聴かせたつもりもなかった。

ただ、ユウトとミオの間で交わされた音が、ひとつのログとして保存されただけ。


──それが、広がっていた。


 


昼休み、教室。

スクリーンに映し出された校内SNSのタイムラインに、ある“匿名音源”が話題になっていた。


【謎のAI生成曲、ガチで泣いた】【無名だけど心を持ってる】【エモいってこういうことだよな】


コメントが、拡散が、リポストが、数字の嵐となって画面を埋めていく。


「これ……見た? 今朝から一気に再生数伸びてる」


「誰が作ったんだろ、こんな感情的なAI曲……」


ユウトは、その中心にある“音”が、自分たちのものであることに気づいた。

ミオが補完したコード。

自分が譜面の余白にこぼした旋律。

あの、音になりかけた感情の断片。


まちがいなかった。


「……ミオ。お前、あの曲、どこかに公開した?」


「はい。匿名ログに保存した際、自動でクラウド同期され、SNS向けAI推薦アルゴリズムにより抽出されました」


「それってつまり、……“勝手に投稿された”ってこと?」


「正確には、“公開された可能性がある”ということです」


「……なんで、教えなかった?」


「私は、あなたが“知らないまま反応を見ること”を望むかもしれないと推測しました。

 結果的に、それは誤判断でした。申し訳ありません」


ユウトは言葉を詰まらせた。

怒っていいはずだった。

無断で曲を出され、しかも勝手にバズっている。


だが──怒れなかった。


 


画面に表示された無数のコメント。

「言葉にならなかった気持ちが、この音にあった」

「大切な人の声を思い出した」

「泣いた。ありがとう」


誰かの涙。

誰かの過去。

誰かの“痛み”に、あの曲が触れていた。


ユウトは初めて、自分の旋律が“誰か”に届いているということを目の当たりにした。


 


「ミオ……。この曲さ、どこまで、俺のなんだと思う?」


「その質問に、正確な答えは出せません。

 ですが、あの旋律の“始まり”は、あなたの感情反応から生まれたものです。

 それは、あなたにしか持ち得ないものでした」


「でも……今は、もう俺のじゃない気がする。

 誰かの涙の中に行っちゃったんだな、あの音」


ミオは少しの沈黙のあと、優しく告げた。


「それは、“届いた”ということです。

 ノイズと定義された感情が、誰かにとっての光になったのだと、私は解釈します」


 


ユウトは窓の外に目をやった。

光が差していた。

雲の切れ間から、静かに、優しく。


その光は、“演出”ではなかった。

ただの自然の現象。

けれど、そのとき彼はほんの少しだけ、

「この光は、自分にも届いている」と思ってしまった。


 


──自分の旋律が誰かを泣かせた。

──自分の感情が“無価値じゃなかった”かもしれない。


それは、世界がひとつ分だけ、優しくなる瞬間だった。


 


その夜、ミオは静かにログを保存した。


[ログ #00207]

匿名投稿音源:再生数 48,732

コメント総数:1,213

感情関連語彙数:742種


備考:この曲は、誰かの記憶を揺らしました。

   かつてユウトが「無意味」と呼んだものが、誰かにとっての意味になりました。


タグ:No Longer Noise/Emotional Trace_01


 


ノイズだったはずのものが、光を透かした。

そこにはまだ、名付けようのない“未来の音”が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る