第十五話

 体育祭当日。

 雲一つない快晴の下、全校生徒がグラウンドに整列している。


「皆様に置かれましては……」


 校長先生の長話を聞き流しながら、大勢の人々が集まる観覧席の方へ目を向けた。

 暑い中、カメラを用意している生徒の保護者や、楽しそうにプログラムを広げている中学生など様々だ。

 ここにお父さんの姿はない。仕事が忙しいらしく、来れないことをとても残念がっていた。


(夏休み、顔見せに行こうかな……)


 そう思った瞬間、白い花が思い浮かび、胸が苦しくなった。あそこには戻りたくないと心臓が叫ぶ。刺さった刃はまだ抜けないらしい。


(ダメだなぁ……)



 開会式が終わり、まだ出番のない私は、明菜ちゃんと一緒に生徒用のテントで見学していた。

 第一種目は一年男子による100メートル走。時雨くんと瀬名くんが出るため、かなり楽しみだ。

 ワクワクしながら座っていると、二人の女子生徒がこちらへ近づいてきた。


「ねぇ、うちらも一緒に見ていいかな?」


「あ……舞ちゃん、佳奈ちゃん」


 よく明菜ちゃんと一緒にいる、天音 舞さんと、和泉 佳奈さんだ。


「最近、明菜ちゃんが美琴さんとよく一緒にいるから、私達も美琴さんと仲良くなりたいなぁ」


 少し緊張してしまうものの、明菜ちゃんの友達なら私も仲良くしたい。気づかってくれる彼女にそっと頷き、二人へ笑顔を向けた。


「う、うん。いいよ……!」


 明るく頷いてみせると、彼女達は安心したように笑顔を見せた。


「ありがとう、よろしくね!」


「よろしく〜」


 天音さんは髪が短くボーイッシュで、活発な子。

 対照的に、和泉さんは髪を肩まで伸ばしており、おっとりとした印象の子だ。

 四人並んで座った私達は、応援しつつも雑談を交わしていた。


「今日あっついねー!体育祭にピッタリ!」


「えー?涼しい方がいいよー。というか走るのだるいぃ」


 二人は印象通り対照的な性格をしているらしい。


「えと……二人は明菜ちゃんと同じ中学なの?」


「ううん。佳奈とはずっと一緒だけど、明菜とは席が近かったからそれでだね」


「そう、なんだ」


「うんー、舞とは幼なじみなんだー」


「お二人は本当に仲がよろしいですよね」


「全然趣味合わないけどね!」


 それでも長年付き合っていけることが羨ましい。無理に合わせなくとも、一緒にいられる仲なのだろう。

 笑い合う二人にほっこりしていると、100メートル走を見ていた天音さんが声を上げた。


「お!瀬名くん出てきたよ、明菜!」


「あ、本当ですね!瀬名くん頑張れー!」


「頑張れ……!」


 スタートラインに立った瀬名くんは、真剣な表情でクラウチングポーズを取り、準備をしている。


「位置について、よーい……」

 

 空砲の音が鳴り響くと同時に、並んでいた生徒が一斉に地を蹴りだした。


「は、速っ……!?」


 中でも、瀬名くんは他の追随を許さないほど素早く駆け抜け、あっという間に一着でゴールしてしまった。


「瀬名くんすごぉい」


「ですよね……!素敵です!かっこいい……!」


 はしゃぐ明菜ちゃんに天音さんが、楽しそうに話を振る。


「明菜って瀬名くんのこと好きだよねー!」


「好き……というよりは、とても大切な人という感じですね……!」


 純粋な目で答える彼女に、今度は和泉さんが首を傾げながら尋ねる。


「付き合ったりしないのー?」


(おお……ド直球)

 

「え、お付き合い……?考えたこともありませんでした」


「えぇ!?あんなに瀬名くんのこと話してたのに!?」


「はい……」


 惚けた表情で瀬名くんの姿を見つめる明菜ちゃんは、彼に手を振られると満面の笑みで振り返す。


(瀬名くん、頑張れ……!いけるかもしれないよ……!)


 密かに隣で応援しながら、邪魔をしないよう小さく手を振った。

 その時、突如としてグラウンド中に黄色い歓声が湧き上がり、時雨くんがスタートラインに立った。


(で、でしょうね……)


「うぅわ、時雨くんすごい人気」


「かっこいいもんねー」


 盛り上がっている声を聞いて、私の気持ちは小さく萎んでいく。

 明菜ちゃんはあんな風に言ってくれたが、ここまで注目を集めてしまう彼に、これ以上近づく資格があるのだろうか。

 

「位置について、よーい」


 先程と同様、銃声が鳴り響くと同時に走り出す。

 綺麗なフォームで地を蹴った時雨くんは、瀬名くんと同等かそれ以上の速さでゴールし、黄色い歓声が一段と大きくなった。


「おぉ……時雨くんもすごいねぇ」


「ね。それ以上に歓声がすごい……」


「……」


 やはりかっこよくて眩しい。色んな人に手を振っている彼を見て、胸がチクリと痛んだ。



 ――全学年の100メートル走が終わった。

 時雨くんや天音さんの活躍もあり、A組は現在四クラス中二位という結果になっている。


「あ、天音さんすごいね、足速いんだね……!」


「えへへ……時雨くんには負けるけどね」


「舞、運動だけは得意だもんねー」


「うっさいぞ、運動音痴。ほら、次借り物競争だよ、三人共行っておいで」


 天音さんに送り出された私達は、借り物競走の列に並んだ。この競技だけは運によるところが大きいため、練習という練習をしたことがない。


(人に話しかけなきゃいけないの緊張するなぁ……)


 ドキドキしながら明菜ちゃんと和泉さんの様子を見守る。

 走り出した彼女達は落ちている札を拾い、会場の人に声を掛け回っていた。


「日焼け止め持っている方、お貸しくれませんかー!」


「茶色のカバン〜!茶色のカバン持ってる人ぉ!」

 

(あ、あんなに大きな声出さないとダメ……?)


 よく考えれば人の物を探して借りる競技なのだから当然だ。彼女達ほど積極的にいける自信はないものの、せめて足を引っ張らないようにしなければならない。

 胃が痛くなっているうちに、明菜ちゃんが日焼け止めを持って一位でゴールした。


(す、すごいなぁ。明菜ちゃん……)


 続いて和泉さんも茶色のカバンを持ち、三位でゴールできていた。

 彼女達の列が終わり、暑さと緊張で具合悪くなりながらもスターラインに立つ。


(変なもの来ませんように……)

 

 そう祈りながら銃声と共に駆け出した私は、落ちていた札をめくり、思考が停止した。


『異性の友達』


(え……?物じゃないの?)


 ツッコミどころはあるものの、これならば聞き回らなくても大丈夫だ。

 ほっとしながら時雨くんの方へ振り返った私は、人集りを見て思い止まる。


(あ……だめだ)


 あんな中に入って、時雨くんを連れていくなんてことをしたら注目を浴びてしまう。女子になんて思われるか分からない。

 途中で方向転換を行い、瀬名くんの方へ駆け出した。


「せ、瀬名くん……!い、一緒に来て……!」


 精一杯の声でそう言うと、瀬名くんは迷うことなく頷いた。


「なんかわからんけど、わかった!」


 彼を連れて走った私は、なんとか一位でゴールすることができた。

 旗を持った実行委員の生徒が、こちらに声を掛ける。


「お題は……『異性の友達』ですね?」


 一瞬驚いたようにこちらを見た瀬名くんが満面の笑みで頷く。


「おう!めっちゃ仲良し!」


「うん……!」


 笑い合う私達を見て納得した実行委員は、一位の旗を差し出し、去っていった。


「ありがとう……!瀬名くんのおかげでゴールできたよ」


「敵に塩を送っちまったけど……まあいいか」


 瀬名くんと話しているところに、明菜ちゃんが駆け寄ってきた。


「お疲れ様です!お題はなんだったんですか?」


「異性の友達だってよ、由希じゃねぇのな?」


「う、うん。時雨くんも友達……だけど、連れていけないよ……」


 そう言うと、明菜ちゃんも瀬名くんも苦笑しながら時雨くんの方へ視線を向けた。


「たしかに……、あれは連れて行けそうにないですよね」


「ああ、美琴にはちょいきついな」


「う、うん……ごめんね?別のクラスなのに……」


「いいよ。悪い気はしなかったしな!」


「良かった……」


 ほっと一息つくと、再び自己嫌悪に襲われた。

 目立ち、目をつけられることを避けている私では、時雨くんに近づくなんてやはり無理だ。

 遠くで楽しげに話す彼の姿を見つめ、埋めようの無い溝を感じてしまった。

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