第十四話

 体育祭に向けての練習が始まり、私達は炎天下の中グラウンドに集まっていた。

 男女共に団体競技を行っている中、私達は日陰に座ってクラスメイトの練習姿を眺めていた。


「時雨くん、いくらなんでも多いですよね……?」


 クラス対抗リレーや応援合戦、それから騎馬戦に100メートル走。明菜ちゃんも困惑するほどの競技に彼は出るらしい。


「そ、そうだよね。大丈夫なのかな……?」


 頼りにされていることはわかるものの、薬のこともあって心配になってしまう。無理をしていなければいいが。


(ほ、本当に大丈夫なんだよね……?)


 運動に支障をきたすような病気ではないと思うのだが、それでも不安だ。


 そんな時雨くんは現在、男子の団体競技である騎馬戦の模擬戦をしていた。

 比較的小柄な彼は、騎手役として三人の男子生徒の上に乗っている。立ったり座ったり見ているだけでも落ちそうで恐ろしい。


「……騎馬戦って怖いね」


「そうですね。時雨くんは中学の時も騎手役でしたので、慣れているのかもしれませんが……」


「そうなんだ……」


 ドキドキしながら模擬戦を見守っていると、時雨くんが相手のハチマキを取った。


(や、やった……!)


 その姿を見て小さく喜んでいると、周りで見ていた女子の歓声が聞こえてきた。


「時雨くんすごい!!」


「さすがだね!!かっこいい!」


 駆け寄れる子達が羨ましくなる。労いの言葉なら後でいくらでも言えるというのに、この気持ちは一体なんなのだろう。


「ありがと、本番もこの調子で頑張るね」


「うん!応援してるからね!」


 私なんかよりも明るくて可愛い子ばかりだ。優しく笑いかけている時雨くんを見ると、胸が締め付けられる。


「零ちゃん?」


「……あ、何?明菜ちゃん」


「いえ……険しい顔をされていましたから」


「え……?そ、そうだったかな……?」


 全然自覚がなかった。モヤを振り払うように笑って見せると、明菜ちゃんは微かに微笑む。


「気になるのですか?時雨くんのこと」


「え、な、なんで……?」


「恋する乙女の表情に見えましたから」


「なっ……!?」


 とんでもないことを言われ、変な声が出てしまった。日陰にいるのにも関わらず、頭が熱くなっていく。


「ふふ……零ちゃんは可愛らしいですね。妬けちゃいます」


「か、可愛くなんてない、よ。……それに、私なんかじゃ釣り合わない……」


 思うだけでも烏滸がましい。時雨くんにはもっと相応しい相手がいる。卑屈になる私に、明菜ちゃんが優しい声で告げた。


「そんなことはないと思いますよ」


「え……」


「たしかに。彼は憎たらしいほどなんでもできてしまう人です」


「う、うん……そうだね?」


 黒い感情を漏らしている明菜ちゃんに戸惑いながらも頷くと、彼女は言葉を続けた。

 

「ですが、零ちゃんは誰にも負けないくらい優しくて素敵な女の子です。私はあなたが時雨くんに劣っているとは微塵も思わない」


「……!?」


 強い口調ではっきりと言われ、目を見開いたまま固まってしまう。


「交流が長い訳ではありませんが、私は零ちゃんの良いところをたくさん知っていますから……!」


「明菜ちゃん……」


 初めて言われた言葉で泣きそうになっていると、彼女は手を握ってくれた。本気だということが温もりから伝わってくる。


「大丈夫です。零ちゃんの恋なら、相手が誰であろうと全力で応援しますよ」


「……あり、がとう」


 再度時雨くんの方へ目を向け考えた。 私の気持ちはどうなのだろう。彼の力になりたいこの思いは、恋なのだろうか。


「リレーの練習するから、みんな集まって!」


 時雨くんの呼び掛けで我に返ると、立ち上がった明菜ちゃんがふわりと微笑んだ。


「行きましょうか」


「うん……!」



 ――練習が滞りなく進み、体育祭までの日数が少なくなってきたある日の夜。

 買い物からの帰り道、小さな公園の前を通りかかると、中から物音が聞こえた。見覚えのある後ろ姿が目に移り、思わず足を止めてしまう。


(時雨くん……?こんな時間に何をしているんだろう……?)


 暗くてよく見えないものの、彼はバトンのようなものを投げては取ることを繰り返している。何かの練習をしているのだろうか。

 そっと近づいてみると、足音に気づいた時雨くんがこちらへ振り返った。


「……あ、美琴?こんな時間にどうしたの?」


「こ、こんばんは。買い物の帰りで……時雨くんこそ何をしてたの?」


「応援合戦の練習をしてたんだ」


「応援合戦?」


 いつも別のところで練習をしているため、何をやるのかまだ知らされていない。


「そう。ちょっと不安なところがあって、絶対に成功させないといけないから……」


 真剣な表情で呟く彼は、少し疲れているように見える。多くの種目に出なくてはならない上に、学級委員としてクラスをまとめているのだから当然だ。


「えと、あんまり無理しないで……ね?」


 気休めにもならない。むしろお節介になってしまうような言葉しかかけてあげられない。それでも彼は微笑んでくれた。


「ふふ……うん、大丈夫。でも美琴にバレちゃったからちょっと休憩しようかな」


「あ、ごめんね。練習の邪魔しちゃった?」


「ううん。丁度安定してきたところだから」


「なら良いんだけど。……あの、迷惑じゃなければ、一緒にいてもいい……?」


 心臓を高鳴らせながら恐る恐る尋ねると、時雨くんはからかうような笑みを見せた。


「……寂しいの?」


「そ、そうかも……?」


「……いいよ。座ろうか」


「うん!」


 時雨くんの言葉が嬉しく感じてしまう。

 ベンチに座り、街灯に照らされる彼の横顔を見つめていると、ほわほわした感情が体を温めた。


「あの、聞いていいかわからないんだけど、応援合戦ってバトン使うの……?」


「バトンは使わないんだけど……。一応まだ秘密にしてるみたいだから、誰にも言わないでね?」


「う、うん」


 前にも似たような事を言われ、違う意味でドキドキしてしまう。もっとも、内容は比べ物にならないほど重いものだったが。


「和風の羽織りを着た演舞なんだけど……宙に投げた刀を見ずに取る演出が思ったよりも難しくて……」


「はい……?」


 まるでバトル漫画のワンシーンのようだ。聞くだけでも難しそうで、時雨くんが苦戦するのも頷ける。


「そ、それ、他の人もやるの?」


「いや、俺だけ。絶対にかっこよくなるからって言われて断れなかったから。できるようになるまで練習してたんだ」


「もしかして、毎日……?」


「そうだね」


 知らなかった。なんでもできてしまう時雨くんだからこその期待なのはわかるが、無茶振りに近いのではないだろうか。

 裏で相当の努力を重ねている事実を知り、ふと思い当たった。


(もしかして、テストもそうなんじゃ……)


「あ、あの……ちょっと逸れちゃうんだけど」


「うん、何?」


「テストのこと、先輩に過去問貰ったり、先生に聞いたりしてるってほんと……?」


 感情の読めない瞳で私を見つめた時雨くんは、静かに頷いた。


「ほんと」


「そう、なんだ。だからあんなにすごい点数が取れるの?」


「……まあ、先生の性格とか、過去問の出題傾向とか見ていれば、大体わかるから」


 サラッとすごいことを言われ、次元の違いを思い知らされる。出題傾向ということは、過去一年どころではないのかもしれない。


「すごい、けど……どうしてそこまでするの……?」


「……俺の探り?」


 声のトーンが僅かに低くなり、ビクッと肩が震える。あまり踏み込みすぎると今度こそ嫌われてしまうかもしれない。


「ご、ごめ……ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」


「……うそうそ。そんなに怯えないでよ」


 笑ってはいるものの、何を考えているのかわからない。それでも彼は、どこか虚ろな瞳で答えてくれた。


「……そうしないといけないから」


「それって、どういう……?」


「さぁ……これ以上は内緒」


「う、うん……そっか」


 やはり、触れられたくないことだったのだろうか。これ以上無理には聞けない。


「ふふ……なんか美琴には不思議と話しちゃうな」


「そ、そう……?」


「うん。……何でもするとか言われたから、口が軽くなってるのかな?」


「あえ……」


 いきなりそのことを言われ、どんな表情をしていいのかわからずに静止する。


「ふふっ……変な反応」


「むむ……」


 軽くむくれながらも、先程プリンを買ったことを思い出し、時雨くんへ差し出した。


「……ん?」


「あの、こんなので良ければ……練習の差し入れに」


「え、いいよ。美琴のおやつでしょ?それ」


 戸惑う彼に対し、首を振って微笑んだ。


「ううん。時雨くんいつも頑張ってるから、ちょっとしたご褒美……!」


 すると、途端に時雨くんの瞳が大きく見開かれ、苦しそうに顔を歪めながら頭を抑えた。


「え……?だ、大丈夫?」


「だい……じょ……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼の身体が、ぐらりと横へ倒れ込む。


「時雨くん……!!」


 慌てて肩を掴んで支えると、ようやく気がついたように弱々しく微笑んだ。


「ごめ……ありが、と」


「だ、大丈夫!?家まで送る?それとも救急車の方が良い!?」


 腕の中で小刻みに体を震わせる彼は、ゆっくりと首を横へ振った。


「大、丈夫。ただの、軽い貧血……だから」


「で、でも……」


 苦しそうな呼吸を繰り返す姿が、不安を煽る。彼はそんな私の腕から離れ、ニコッと笑って見せた。


「ほんとに大丈夫。……ね?」


「……」


「そんな顔しないで?練習の疲れが出ただけだよ」


「う、うん……」


 頷いたものの、やはり不安だ。もしも今の言葉が嘘で、持病の何かだったらと思うと泣いてしまいそうになる。


「……大丈夫だから。もう少しだけここにいて話してくれる?」


「それは、いいけど……」

 

 適当な雑談をしているうちに、時雨くんの顔色は元に戻っていた。念の為家まで送り届け、心配で胃を痛めながら帰路へついた。

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