君は壊れた希望の星

RioRio

第零話

 教科書を開くと、真っ赤な罵詈雑言で埋め尽くされていた。

 慣れてくれない痛みが締め付ける中、後ろからクスクスと嫌な笑い声が聞こえてくる。

 彼女達の嫌がらせは、今日も変わらず続いていた。


(どうして……?)



 ──少し前までの日々を思い返す。

 手作りのお菓子を美味しいと笑って食べてくれていたこと。みんなでショッピングへ出かけ、お揃いのキーホルダーを買ったこと。

 周りと何一つ変わらない、仲の良いグループだった。


「零ってさ、料理だけは得意だよね」


「だけ……!?」


「たしかにー!お弁当もメルヘンチックだよね。私の趣味じゃないけど!」


「あはは……」


 からかわれることはあっても、こんな風に嫌がらせを受けることはなかった。

 自分の愚かさを思い知らされたあの日までは。


「零ー、飲み物買ってきて?私コーラね」


「私オレンジジュース!」


「メロンソーダ買ってきて」


「う、うん!買ってくるね!」


 待たせてしまわないよう、早足で一階の自販機へ向かい、指定されたものを買い揃えた。

 教室前へ戻ると中から話声が聞こえる。


『ホント便利だよねー!』


『ね。てか見た?あの変なキーホルダー』


『見た見た。あんなのお揃いでつけるわけないのにね?真に受けててウケる』


(へ……?)


 明らかに私の話だということがわかり、扉の前で足を止めてしまった。聞きたくない話は続いていく。


『でもいい加減、パシリにするのも飽きたくない?』


『あ、わかるー。空気読めないしねあの子』


『見ててムカつく時あるし……』


 鋭い言葉が次々に刺さり、嫌な汗が背中を伝った。いつ彼女達の機嫌を損ねてしまったのだろう。


(とにかく謝らなきゃ……)


 震える手で扉を開け、足を踏み入れた。


「あの……」


「あ、おっそーい!」


「もう喉カラカラだわー」


 普段通りに振舞われ、今聞いた話は幻聴だったのかと勘違いしそうになる。

 それでも、事情を聞かないことには改善のしようがない。


「さ、さっきの話……どういうこと?私、なんかしちゃったなら……」


 彼女達から笑顔が消え、どこまでも冷たい言葉が飛び交った。


「は?聞いてたの?」


「立ち聞きとか趣味悪ぅ……」


「そういうのが一番空気読めないんだけど」


「き、聞こえちゃって、ごめんね……」


 蔑むような瞳が痛い。煩わしいほど脈打つ心臓とは裏腹に、血の気が引いていく。

 謝罪の言葉を口にしたものの、彼女達はより一層不機嫌を顕にした。


「元から思ってたから言うけどさ、一緒にいるの恥ずかしいんだよね」


「そうそう。今まで我慢してあげてたけど、イタいんだよ」


 いつもの冗談ではなく、本気で思っていることが表情から伝わり、呼吸が上手くできない。

 それでも話し合えばわかると甘く考えていた私に、鋭い矢が打ちこまれた。


「てか、友達だと思ったことないし」


「え……?」


 聞き間違いを信じて目を見開いていると、他の二人も次々に同意しはじめる。


「ひっどぉ、それ正直に言っちゃうー!?」


「あははは……!私も言おうと思ってた!」


「う、嘘だよね……?」


 縋るように尋ねるものの、彼女達は黒い笑みを貼り付けながら言葉を続けた。


「いや、嘘なわけないじゃん」


「便利だから一緒にいてあげただけ」


「そ、そんな……」


 力が抜け、持っていたペットボトルが床へ転がり落ちた。


「ちょっと落とさないでよ、炭酸なんだからさ」


「本当に使えないよね」


「じゃあ私達行くから、友達ごっこ終了ってことで。明日から話しかけないでね」


 彼女達は落ちていた飲み物を拾い上げ、私から去っていってしまった。

 ドッキリのネタばらしをされることをどこかで期待しつつも、あの目が遊びだとは思えない。

 頭が割れるように痛み、その場で蹲った。



 ──まやかしの日々が崩れさり、今に至る。

 何度謝ろうとしても相手にしてもらえない。それどころか、嫌がらせは日に日にエスカレートしていく。

 最初は気にしてくれた子もいたのだが、きっと何かを言われたのだろう。『ごめんね』と告げられたきり、話しかけても返事をされなくなってしまった。


(今日も一人だな……)


 空き教室の隅でお弁当を食べることに慣れてしまい、何も感じないままぼんやりと過ごしていた。せっかく作っても、美味しいと思えない。


(どうしたら、いいのかな……?)


 お父さんには心配をかけたくないため、先生を頼ることはできない。そんなことをすれば十中八九連絡がいってしまう。


(あと、頼れる人は……)


 いくら考えても思いつかない。やはり、耐え続けるしかないのだろう。


 涙を堪えながら立ち上がり、チャイムが鳴る前に教室へ戻った。


「……?」


 先程までと雰囲気が違い、クラス全体がピリピリしているような気がする。

 すると、先程まで無かった花瓶が机の上に置かれていることに気がついた。


「なに……これ?」


 白い花が一輪だけ挿されている。

 わけがわからずに戸惑っていると、突然彼女達の一人が声を上げた。


「はーい、みんな注目!」


 わざとらしい笑みを浮かべた三人が愉しそうに言葉を続ける。


「美琴 零に死んでほしい人手を上げて!」


「……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。が、クラスメイトは次々に手を挙げている。


「もっと見やすいように、高くあげて?」


 高々と挙げられた何本の手。そんな信じたくない光景に吐き気が込み上げた。彼女達に脅されて、仕方なく手を挙げた生徒もいたのだとは思う。

 だが、この花はそういうクラスの総意だったのだろう。


「みんな零に死んでほしいってさ!」


「……っ」


 その場で膝を折り、胃の中の物をぶちまけてしまいそうになる。


「こんな所で吐かないでね、ゲロ女ちゃん」


「ただでさえ臭いんだからさ!」


 目の前で言われているのにも関わらず、声が遠くに聞こえる。

 そこに先生がやってきて、驚いたように私達を見た。


「美琴、どうした?大丈夫か?」


 胸の痛みに耐えられず、言ってしまおうかという甘えを後ろから遮られた。


「美琴さん、お花が好きみたいなので、クラスのみんなでプレゼントしたんです!」


「そうしたら、泣きそうなくらい喜んでくれたみたいで……」


 退路を断つように嘘をつかれ、先生は納得したように頷いた。


「なんだそうだったのか。美琴はみんなから愛されているんだな!」


「……ち、が」


「制服切り刻まれたいの?」


 耳元で囁かれ、抗えないまま頷いた。


 授業の内容が頭に入って来ず、酷い目眩が襲う。焦点の合わない目で白い花を見つめた。

 頭の中で囁くような幻聴が聞こえる。


『誰も助けてくれないね?』


(そう、だね……)


『それなら本当に死んじゃう?生きてて良いことある?』


(それ、は……)


 卒業までの一年。

 死ぬという選択肢は私の前に現れ、感情を蝕みはじめた。

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