第3話 やっべえ、苦戦するの超楽しい!
短剣を鞘から引き抜いて、素早くスライムに斬りかかる――。
――つもりだったのだが、あれ?
おかしいな。鞘から抜けないぞ。
「よっ、はっ、ふんっ!」
何度も短剣の柄を引っ張るが、全然抜けない。
んん? もしかして刀身が錆びてる? いや、女神が用意してくれた物だ。不良品のわけがない。
となれば……まさか、おれの力が足りない!?
大抵の場合、剣は不意に抜け落ちてしまわないように、鞘と摩擦を発生させて保持される。まともな腕力があれば、その摩擦力を容易く上回って引き抜くことができるのだが……この体ではそれすらできないようだ。
こんな事態は初めてだ。腕力不足で剣が抜けないなんてあり得るのか。びっくりだが、面白い。目からウロコだ。
とかやっているうちに、スライムがこちらに気づいてしまった。ぴょんぴょん跳ねて向かってくる。
先制攻撃失敗だ。それどころか、武器が抜けない今、むしろ先制攻撃を受けるのは――。
「うわ、ちょっと待った待ったっ」
スライムは身を縮こませて力を溜め、次の瞬間には勢いよく飛びかかってきた。
「くうっ!?」
おれは横に飛んで、かろうじて回避する。が……。
「ぐえっ」
本当は受け身を取りつつ前転してすぐ構え直すつもりだった。しかし実際は、腹から地面に激突してしまった。結構痛い。
イメージする動きに、体がついてこれないのだ。
視界の端でスライムが追撃を仕掛けようとするのが見えた。
おれは慌てて、地面を無様に転がって逃げる。なんとか立ち上がり、次の攻撃に備える。
「はぁっ、はあ……っ」
もう息が上がっている。このまま攻撃を避け続けるのは無理だ。早めに決着をつけなければ。
「ふんっ、ぐっ、ぎぎぎっ!」
おれは腰から鞘を外し、右手で柄、左手で鞘を握って全力で抜きにかかる。少しずつ、鞘から刀身が見えてくる。
いける……! 次のスライムの突進にカウンターを食らわせて撃破してやる!
思惑通り、スライムは正面から勢いよく飛び込んできた。
今だ!
けど、あれ、剣、抜けないじゃん。おれの体力じゃ、抜けるまで全力を維持できるわけなかったじゃん。
ということは当然、カウンターの一撃など振るえるはずもなく――。
「――うぐぅっ!?」
突進の直撃を受けて、おれはひっくり返った。
スライムのサイズは成人男性の頭を一回り大きくしたほどあり、内容物はほとんど水分。ちょっとした石塊と同等の重さになる。それが勢いよく飛んでくるのだ。
粘度のある体とはいえ、その体当たりには、石塊でぶん殴る程度の威力がある。
つまり、充分に人を殺せる。最弱とはいえ、スライムは危険な魔物なのだ。
「……がっ、はあ、はあ……っ」
なんとか立ち上がる。前に出していた短剣が若干の盾になってくれた。だが支えていた両腕がひどく痛い。打撲? いや、この弱い体では骨折してることもあるうる。
スライムは追撃せんと、再び力を溜める。
「く……っ」
おれは久しぶりに――いや、もしかしたら初めて死の危険を感じた。
これまでにない焦りと恐怖、疲労、痛み……!
「くく……っ、はははっ、ははははははっ!」
やっべえ、苦戦するの超楽しい!
この興奮! この緊張感! この充実感!
この戦いを制することができたなら、どれだけの達成感を得られるだろう?
ワクワクしてきた!
でも無理! 今日は勝てない! 剣も抜けず、攻撃アイテムも用意してないんじゃ勝機があるわけない!
スライムの突進を全力で回避し、息を荒げながら距離を取る。
おれはバックパックから携帯食料を取り出し、スライムの眼前に投げつけた。スライムはそちらに注意が引かれ、食料にかぶりつく。
その隙におれは撤退するのだ。
「ふふふっ、この借りは必ず返す! 首を洗って待っているがいい!」
おお、まるで宿敵に対するリベンジ宣言だ! まさかこれを言える日が来るとは!
スライムは食料に夢中で、こっちを無視してるけど。
それを尻目に、おれは疲労と痛みにまみれた体を引きずってホムディスの街に戻っていった。
ともあれ、今のおれの実力がよくわかった。なるほど、最弱だ。
これは鍛え甲斐がある! 自主的に鍛えた経験がないから、どう鍛えればいいのかよくわからないけど! その術を探すのも、なんだか面白そうだ!
「ふふふっ、ふふふふ……っ!」
すっかり紅く染まった空を見上げ、おれはかつての友を思う。
やっぱりおれが言った通り、なにもできないところから挑戦していくほうが、楽しい人生になりそうだよ……。
「なんだ、あの子。あんなボロボロで、なにが嬉しいんだ……?」
街の門番が不気味なものを見たように言っていたが、おれは一切気にしなかった。
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※
次回、いい宿を見つけたエリオットでしたが、一泊した翌朝、全身が激しい痛みに襲われ身動きできなくなってしまいます。果たして、エリオットの身になにが起きたのでしょうか!?
『第4話 痛いの最っ高~!』
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