第2話 なんだこれ、最高じゃん!

 水の音が聞こえる。人々の喧騒も。


 気がつくと、どこかの街の噴水広場でおれは座り込んでいた。


「ここは……」


 ん!? 声が高くなってる!?


 すぐ自分の体を確認する。手足はずいぶんサイズが小さくなっている。立ち上がってみれば、視点が低い。背も低くなっているようだ。手足の動きは少々ぎこちない。前の体とは筋力が違うからか、動作の力加減を変える必要があるようだ。まあ、すぐ慣れる。


 噴水の水面に顔を映してみれば、傷ひとつない若々しい顔。


 まるで自分とは思えない、いかにも弱そうな細い体だ。


「本当に、少年だ……」


 やった! 女神は本当に願いを叶えてくれたぞ。


 それから周囲を確認してみる。


 見覚えのある街並みだ。確か……そう、ホムディスの街だ。


 周囲には強い魔物のいない平和な街だ。近くにはいくつも初心者向けのダンジョンがあり、少し足を伸ばせば難易度が高い代わりにそこそこ稼げるダンジョンもある。冒険者にとっては、初心者から中級者まで人気のある街だ。


 最弱な体に生まれ変わったおれが、新たな一歩を踏み出すに相応しい街と言っていい。


 女神が転送してくれたのだろう。ありがたいことだ。


 さらにありがたいことに、今おれが身につけているのは初心者向けの装備だ。革の鎧、小手にブーツ。短剣。どれも防御力や攻撃力は最低レベルだが、軽くて扱いやすいものばかり。今のおれに合っている。


 バックパックの中身も、安物のポーションに安物の携帯食料などなど。いかにもな初心者セットだ。いくばくかの金もある。


 これなら事前準備はいらない。


 女神エテルナに感謝して、簡単な祈りを捧げ、おれはさっそく街の外へ向かうことにした。


 今の自分の力を、確かめてみるのだ。


 相手は、最弱の魔物と言われるスライムあたりがいいだろう。


 どんな戦いになるか、今から楽しみだ。


 こうしてワクワクして歩き出したおれだったが、誤算があったことをすぐ思い知らされる。


「ぜぇ、はぁ、ぜえ……はあ……っ」


 息が苦しい。足が重い。もう、歩けない……!


 歩き出して数分で、あっという間に体力が尽きてしまったのだ。


 マジか……。これほどまでに体力がないなんて……!


 その辺の壁に寄り掛かり、そのまま座り込む。さっきまでいた噴水広場から、全然離れられていない。


「はぁ、はぁ……は、はははっ。あははははっ、げほげほっ」


 なんだこれ、最高じゃん! 街の外に出るだけでも大冒険じゃないか!


 こんなやり甲斐のありそうなクエスト、最強だった頃には一度もなかったぞ!


 この体で困難を乗り越えたとき、どれほどの達成感があるか……。


 きっとが望んだものがそこにある。


 清々しい気持ちで深呼吸で息を整える。


 たぶんこの体に対して、装備や荷物が重すぎるんだ。これらを置いていけば、街歩きくらいは普通にできるだろう。でも冒険者をやるのに、この最低限の荷物を捨てるなんてあり得ない。


 なぁに、何度も休みながら行けば夕方前には外に辿り着けるさ。急ぐ理由もないんだ。のんびり行こう。


 それにしても、こうして注目されず街中にいられるのは、本当に久しぶりだ。最強時代は名も顔も知られすぎて、普通に歩くこともできなかった。ほとんどの通行人が、気にせず通り過ぎていく様子はとても新鮮だ。


「くっそぉ、やっぱおかしいってあの魔物ぉ!」


 気分良く周囲を見渡していると、ふと興味深い会話が聞こえてきた。近くの露店型カフェで、男女ふたり連れの冒険者パーティが愚痴っている。


「なんなんだよ、あのミミズ! 硬すぎて剣が通らねえって、ちょっと強すぎだろ」


「う~ん、魔法も通じなかったし……。あんなの、あのダンジョンにいなかったよね?」


「その魔物、『ロックワーム』でしょ」


 おれは声をかけていた。近づいても萎縮されないのが嬉しくて、つい。


「外皮は岩みたいに硬くて、普通の武器や魔法じゃまず歯が立たないけど、内側は割と弱いんだ。大口開けたところを剣や魔法で攻撃するとか……爆発アイテムを食わせてもいいかな。びっくりするくらい簡単に倒せるよ」


「へっ?」


 その冒険者はふたり揃って目を丸くしていた。


 おっと、初心者にいきなり言われても戸惑うだけか。


「急にごめん。でもまあ、試すだけならタダだからさ。覚えておいてよ」


 それだけ言って、その場を後にする。


「えっと……どうする?」


「試してみる、か?」


「ていうか、今の子、誰?」


 そんな声を背中に受けつつ、ゆっくりと歩いていく。


「はぁはぁ、ぜえ、ぜぇ……ふぅ……っ」


 次は市場の辺りまで来たぞ。


 適当なところに座って、汗を拭って呼吸を整える。


 市場の賑やかな様子を見ていると、特に元気な女の子がいるのに気づく。


「ふんふふん♪ ふんふふ~ん♪」


 どうやら露店を開こうとしているらしく、上機嫌にいそいそと準備している。


 そこに荷車を引いた男がやってきて、大量のアイテムを卸していった。


「うっひひ~、これで大儲け間違いなしッス~!」


 おれは不思議に思って、その露店を覗きに行ってしまう。


 女の子は元気な笑顔を向けてきた。


「お客さんッスか!? えへへ、まだ開店前ッスけど1本どうッスか? 怪我の回復と同時に、体力と筋力を一定時間増強してくれる逸品ッスよ~!」


「でも効果時間が切れたら増強した以上に減衰するし、人によっては中毒症状が出て身動きできなくなるよね? こんな使いどころを選ぶアイテムで大儲けは無理じゃない?」


「へっ!? ま、マジッスか? これ、パワーポーションッスよね?」


「いやこれ、アドバンスポーション。通称、前借りポーション」


「いやでもアタシも試供品飲んだっすけど減衰しなかったッスよ……」


「本当に同じものだった? よくあるよ、試供品とは違うものを売りつけてくるケース。ちゃんと契約書確認した?」


 女の子は青い顔で契約書を確認する。冷や汗が浮かんでいく。


「へ、返品! 返品するッス~! ちょっと業者さん、待ってくださいッスー!」


 すごい勢いで、さっきの卸業者を追いかけていく。


「……大丈夫かな?」


 とはいえ、もうおれにできることもない。


 やがて、また少し進むと、今度は冒険者が鑑定師になにか見せているところに出くわした。


 なかなか貫禄のある、この街では珍しいベテラン風の冒険者だ。持ってきた品も、それに相応しいレア物のようだが……。


「ふむ、ただの石ころですな」


 はあ!?


 通り過ぎようと思ったのに、思わず立ち止まってしまう。この鑑定師、詐欺か!? 安く買い取って高額転売する気か!?


「二束三文にもなりませんので、買い取りもご遠慮させていただきたく……」


 って、本当に分かってないのか。


「そうか。では適当に捨てることに――」


「ちょっと待って!」


 おれはつい口を出してしまう。


「それは高出力の魔力石だ。魔力が出てなくて石ころに見えるのは、蓄積した魔力が漏れ出ないように特殊なコーティングをされてるからだよ。たぶん古代技術で作られた、相当なレア物だ」


「急になんだい少年。魔導器にセットしても動かないんだ。魔力石のわけがないだろう」


「それだけじゃダメなんだ。回路を開放しないと……。えぇと、ちょっと貸して」


 おれは石を手にして、指でササッと開放指令になる印を指でなぞってみせる。


 すると石から魔力の光が漏れ始める。


 それだけでも冒険者と鑑定師は驚いていたが、魔導器にセットしてさらに驚くことになる。


 普通の魔力石なら小さな火が出る程度の魔導器なのだが、強烈な火柱を発生させたのだ。


「すごい! こんな魔石見たことない!」


「ああ、確かに、しかし、本当にすごいのは、これをひと目で見極めた――」


「これだけの物なら大変な価値がありますぞ! ぜひ高額で買い取らせていただきたい!」


「いや待て、今はあの少年に……」


「いえ商談を先に!」


 おれは回路開放した魔力石を返した時点で、もうその場を後にしていた。


 なにやら騒いでいるが、ここはスルーだ。さすがに何度も寄り道をしすぎている。これでは、夕方までに街の外にも出られない。


 さっさとスライム相手に実力を試したいのだ。


 そして何度も休憩を繰り返し、陽も傾きかけた頃。いよいよ街の外に辿り着いた。


 少し探してみれば、都合よく一匹だけのスライムを発見した。


「いざ……尋常に勝負だ!」


 先制攻撃をしかけるべく、おれは短剣に手をかけた。




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次回、最弱の少年 VS 最弱の魔物、その戦いの結果は果たして!?

『第3話 やっべえ、苦戦するの超楽しい!』

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