第47話 心の行方
涼やかな鈴の音を立て、来客を告げる。そこは世の祖父である月路が営む喫茶店、星ノ尾だ。
「いらっしゃいませ…、おや。夏生くんじゃないか。」
「こんにちは。」
夏生はカウンターの席に座る。人の切れ間で、今は夏生一人が星ノ尾の客だった。
「今日は何にしようか。」
アルバイトの店員ではなく、月路自らが接客に出る。
「アイスティーをお願いします。」
「ちょっと待っていてね。」
作り置きではなくその場で紅茶を淹れ、氷で一気に冷やす。チリチリ、と音を立てて氷が爆ぜていくのがわかった。
「どうぞ。」
提供されたアイスティーは一気にごくごくと飲めるほど美味しく、残暑に熱くなった体に心地よく浸み込むようだった。
店内で流れるBGMは以前、世が放送室で歌って全校に流すという事故を起こした、あの曲だった。彼女の声が流れてこない校内は、とても寂しい。
「…あの、世さんは今…元気ですか。」
元気でいるはずがないのに、世の近況が知りたくて月路に問う。
「世かい?そうだね…、まだ塞ぎ込んでいるようだが。夏生くんは連絡を取れていないのかな。」
「はい。情けない話なんですけど…。」
瞳をそっと伏せる夏生を見て月路は、ふむ、と小首を傾げた。
「そうか…。君は、世のことを気にかけてくれているんだね。」
「俺だけじゃないです。クラスの友人たちや、学校の先生。放送部の先輩や後輩。俺の家族も。たくさんの人たちが、世さんを心配してます。」
月路は夏生の言葉に、苦笑する。
「ありがとう。世にも聞かせてあげたいよ。」
「…。」
夏生は額を軽く打ち付けるようにして、カウンターに突っ伏した。そしてしばらく、身じろぎもしない。
「大丈夫かい?君もつらいんじゃないのか。」
「俺は…、いいんです。ただ、世がまた笑ってくれたら、って。」
「…。」
月路は徐に立ち上がると、星ノ尾の入り口にあるOPENの札をひっくり返してCLOSEにする。
そしてアルバイトの店員に声をかけた。
「今日の営業は終了にしようと思う。悪いけど、帰ってくれるかな。」
「え、いいんですか?」
「うん。時給はつけておくから。」
やった、と店員は喜び、帰り支度をすると裏の勝手口から出ていく。
「お疲れさまでしたー。」
「お疲れさま。気を付けて。」
一連の様子を窺っていた夏生は不思議そうに首を傾げながら、顔を上げた。
「…あの…?」
「ああ、君はゆっくりしていってくれ。アイスティー、おかわりは?奢るよ。」
「いただきます…。」
二杯目のアイスティーは、温かい緑茶と共に出てきた。
「これは?」
「僕の分だよ。年寄りの茶くみに付き合ってくれないか。」
しばらく世間話をしながら、静かに二人はお茶を飲んだ。窓の外で雨音が聞こえ始める。
「通り雨ですかね。」
「どうだろう。」
月路はBGMを流す機器を弄って、音源をラジオに切り替えた。丁度、天気予報を伝えるラジオのDJの声が響く。激しいのは今だけで、雨は直に通り過ぎるだろうと言っていた。
「よかった。すぐに止むようだ。」
「はい。」
一息ついて、月路は緑茶を一口飲んで喉を潤す。
「…僕の大事な人もね、事故で亡くなったんだ。」
「…。」
「だからね、少しは君たちの気持ちはわかるつもりだ。自分のことはいい、と夏生くんは言ったが…そんなことはないよ。君の心も、大切だ。」
病気や老衰なら、せめて心の準備ができたのに。急な別れは心を傷つけ、悲しみに途方に暮れるだろう。それこそ灯台を見失い、大海原に投げ出された小舟のような心細さだと月路は言う。
「…これは、僕のただのわがままなのだけど。ちょっと、いいかな。」
月路は一度席を立ち、店の奥に行くときんちゃく袋を手に戻ってくる。
「これを、君たちに。」
「?」
手渡されたきんちゃく袋を開けてみると、そこには通帳とカード。そして、印鑑が入っていた。
「えっと…、これって?」
「世の名義で、作ったものだよ。暗証番号は彼女の誕生日だ。」
世が生まれてから毎月、決まった額を貯金していたと月路は言う。
「これは、世と夏生くんが笑顔になるために使いなさい。」
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